福岡高等裁判所 令和6年2月21日判決
原告主張のびまん性脳損傷は事故後の意識障害認められずMRI検査及びCT画像も異常はなかったと否認し、14級9号言語障害及び記憶障害は将来にわたって残存するものとは認められないと後遺障害の残存を否認した
解説
【事案の概要】
原告(男性・看護師)は、平成30年5月、丁字路交差点の優先道路を直進中、左方路から左折進入してきた車両に衝突され(第1事故)、頸椎捻挫、頭部打撲、びまん性脳損傷等の傷害を負い、平成31年3月症状固定して、言語障害及び記憶障害から14級9号後遺症がを残したとしました。
その約1年6ヶ月後の令和2年9月、原告が車両を運転して路外から道路に右折進入したところ、コンクリート製の縁石に衝突し(第2事故)右頭頂部打撲傷、頸椎捻挫等の傷害を負い、第1事故で負っていたびまん性脳損傷を悪化させたとして、既払金約310万円を控除し約430万円を求めて訴えを提起したものです。
1審福岡地方裁判所は、原告主張の第1事故によるびまん性脳損傷を否認、14級9号言語障害及び記憶障害の残存も否認し、第2事故による受傷も否認しました。
原告控訴の2審福岡高等裁判所は、1審判決を維持し、原告の控訴を棄却しました(確定。自保ジャーナル2172号16頁)。
【裁判所の判断】
1審裁判所は、意識障害について、原告は帰宅後に自宅で意識を失ったとして、救急車でC病院に搬送されたことや、救急車到着時からC病院に搬送されるまでの間の意識レベルについてはグラスゴー・コーマ・スケール(GCS)でE1(開眼なし)・V1(言語性反応なし)・M1(運動反応なし)であり、同病院に到着後はジャパン・コーマ・スケール(JCS)でⅢ-3(刺激に対して覚醒しない状態)と評価されていたことが認められるとしました。
他方で、原告は、C病院において、意識はあるようと判断されたほか(なお、同病院で原告を診察した医師は、「頭部外傷後の意識障害についての所見」において、原告の来院前の意識障害の有無は不明であるとしたうえで、初診時の意識障害があったとは記載していない。)、医師が開眼しようとすると抵抗し、故意に強く閉眼し、無理に開けると両瞼を細かく瞬かせていたところ、意識を失った者が他動的な開眼に抵抗することは医学的に説明できない旨の医師の意見書が存在すると指摘しました。
また原告は、病院に搬送されてから約20分後の14時17分(第1事故発生から約3時間、自宅で意識を失ったとされてから約1時間程度)には、覚醒し話し出し、14時27分には自力で起き上がりトイレにふらつくことなく歩行して移動し、15時には独歩で帰宅しているなど、意識消失に陥っていたとする事実とは整合しない状況であったことが認められるとも指摘しました。
さらに、同日にC病院の後に赴いたD病院においても、一過性意識消失はないことが確認されていたことに照らすと、原告が第1事故現場から帰宅後に意識消失に陥っていたと直ちに認めることはできないとしました。
そのため、第1事故により原告が意識消失や意識障害の状態に陥ったという事実を認めることはできず、他に同事実を認めるに足りる的確な証拠はないとしました。
また1審裁判所は、画像所見について、びまん性脳損傷の傷害を負った場合、一般的には受傷から約3ヶ月以内には脳室拡大や脳萎縮の所見がみられるとされるところ、証拠によれば、本件事故から約3ヶ月後の平成30年8月にD病院において撮影されたCT画像は正常であるとされたほか、平成31年1月にE大学病院で行われたMRI検査においても明らかな異常所見は見られなかったことや、第2事故後に行われたMRI検査及びCT画像においても異常はなかったことが認められるとしました。
以上を踏まえると、第1事故により原告がびまん性脳損傷の傷害を負ったことを認めるに足りる証拠はなく、この点に関する原告の主張を採用することはできないと判断しました。
原告は、第1事故によって原告がびまん性脳損傷の傷害を負っていないとしても、第1事故によって発生した頭部打撲等の傷害の結果、原告には、吃音症状及び記憶障害が残存しており、これらの症状は局部に神経症状を残すものとして、後遺障害等級表14級9号に該当する旨主張するが、原告が第1事故によって受傷した頭部打撲及び頸椎捻挫によって吃音症状や記憶障害といった症状が発生する機序は明らかでなく、これらの症状と本件事故との因果関係は認めがたいとしました。
吃音症状については、原告自身が平成30年7月には、言語訓練よりも理学療法を主として実施してもらいたいと申し出ており、平成31年3月の段階では、しばらく言語聴覚士と会話をしていると徐々に軽減してくる傾向があるとされ、以前よりも出現頻度が減少していたと指摘しました。また、第2事故後に行われた同病院でのリハビリにおいても、吃音症状はほとんど見られなかったことに加え、原告自身が状態も安定していることからST(言語療法)は希望しない旨話していたことが認められるほか、本人尋問においても特段の吃音症状はみられなかったとしました。
記憶障害についても、原告がD病院で記憶力の低下等を訴えていたことは認められるものの、そのような障害が起きていたことを裏付ける客観的な証拠はなく(なお、原告についてはWAIS-Ⅲ検査が行われたものの、同検査を実施した言語聴覚士自身が検査の信頼性は低いことを認めている。)、第2事故後にはメモを取らずとも訓練時間を覚えていたことが認められる。
医師も、平成31年3月には、原告の吃音症状及び記憶障害についてかなり改善してきているとの診断をしていたことを併せて考慮すると、原告の吃音症状や記憶障害が将来にわたって残存するものであるとは認められず、他に原告に第1事故による後遺障害が残存したことを認めるに足りる証拠はないとしました。
【ポイント】
画像所見にくわえて事故後の状況・被害者の言動などを丁寧に事実認定して、後遺障害の残存を否定した裁判例です。
後遺障害の残存が争われた事例として、以下のものがあります。
大阪地方裁判所令和5年3月17日判決(自保ジャーナル2152号)は、頸椎椎間板症ヘルニア等の傷害を負い、両上肢の軽度麻痺から労災認定同様に5級2号後遺障害を残したとする原告(40代男性)につき、原告が本件事故約2ヶ月経過後に訴えた各症状は、専ら既存の頸椎疾患に由来するものと考えられ、本件事故に起因する症状とは認められないとして、本件事故と後遺障害の残存との因果関係を否認しました。
広島高等裁判所平成31年2月21日判決(自保ジャーナル2037号)は、頸部神経症状及び耳鳴から労災併合14級認定を受ける原告(20代女性)の後遺障害につき、画像上本件事故による外傷性変化が認められず、骨傷等の外傷による器質性の損傷も認められない等から、自賠責でいう後遺障害には該当しないと否認しました。