東京高等裁判所 令和6年3月13日判決
BMWで走行中に用水路に転落し全損になったとする保険金請求は、故意に無人状態で用水路に進入させたものと原告の故意を認め請求を棄却した
解説
【事案の概要】
原告は被保険車両のBMWに友人を同乗させ走行中、ハンドル操作を誤り、右側の路外に逸脱し、用水路に転落して全損になったとして、自動車保険契約を締結している損害保険会社に対し、保険金570万円を求めて訴えを提起しました。
一審裁判所は、本件事故が原告の故意によるものであることを優に推認させるとして、原告の故意事故を認め、保険金請求を棄却しました。
原告が控訴しましたが、控訴審の東京高等裁判所も控訴を棄却しました(確定。自保ジャーナル2175号155頁)。
【裁判所の判断】
一審の千葉地裁は、自動車が着水した場合、車内外に水位差が生じて車外から相当程度の水圧がかかるため、ドアは容易に開かなくなるところ、水が本件車両内へ流入し始めて間もなく原告のひざ下程度に水位が達したことからすれば、車外の水位はこれより高いものであったと考えられるにもかかわらず、原告が運転席ドアを開くのに困難を要したとはうかがわれないと指摘しました。
また、原告に続いて脱出したという友人は自らドアを開けていないというのであるから、友人が脱出するまでに本件車両には相当量の水が流入したものと考えられるところ、自動車は開口部から水が流入しなければ徐々に浸水しながらもしばらく浮いているが、流入し始めると間もなく水没するから、原告らの脱出後も本件車両が本件用水路に浮かんで流されていくとは考え難いと指摘しました。
このように一審裁判所は、原告の主張する事故状況は、非常時のため記憶が不十分となり得ることを差し引いても、水没に関する状況という本件事故の経緯に関する重要な点において客観的な経験則に反していると判断しました。
その上、一審裁判所は、翌日のバーベキューのために鉄板を取りに行ったとの運行目的も、片道1時間程度かかる本件事故現場付近まで夜間でかけることは相当の負担である上、バーベキューを予定していたのは本件事故現場から23分程度の地点であるから、当日に同所に向かう途上で鉄板を取りに行くのが合理的であるといえることに加えて、当該鉄板の使用は本件事故の2週間程度前から予定されていた上、友人は、当該鉄板を原告に対してもサプライズとして準備しようとしており、かつ、本件事故当日にも事前にバイクで鉄板の所在を確認しに行っていたというのであるから、友人が事前に1人で鉄板を取りに行かず、あえて本件事故当日に本件車両を用いて原告とともに夜間鉄板を取りに行くというのも不自然であるとも指摘しました。
さらに、本件車両の全損時の車両保険金額は、本件車両購入時の価格よりも相当程度高額であり、また、原告は本件車両を主にレジャーに使用し、他に日常的に使用する車両を有していたというのであるから、本件車両を売却するよりも全損事故により保険金を取得する方が経済的に有利であるといえるとも指摘しました。
以上をふまえて、一審裁判所は、本件事故が原告の故意によるものであることを優に推認させるものであると判断して、原告の請求を棄却しました。
二審の東京高裁も、本件車両は、程度はともかくとして、左前部ドアが開いて浸水が続いていた状態で本件用水路に存していたと考えるのが自然であるが、ドアが開いた状態においては、車内の水位が上がるにつれて金属製の車体の重みにより急激に沈没が進むはずであるから、本件車両が浮かんだまま本件用水路の右側まで進み、右前後輪が本件用水路の柵渠の右側上端部に乗り上げた状態で沈没したという結果と整合するとはいえず、極めて不自然な事実経過といわざるを得ないと指摘しました。
そして、本件車両が本件用水路の中に入って浮かんだまま右端方向に進み、かつ、左側を下にして傾いたまま徐々に水没したという経過を合理的に説明するためには、左側前部ドアが開けられることなく本件用水路に進入し、そのまま浮かんだ状態で右側に進み、本件車両の右前後輪が柵渠右側の上端にかかった状態から車内への浸水が本格化したことにより、左前後輪が柵渠の底部まで沈み、その結果、本件車両内の喫水線は右側から左側にかけて斜め上方向になったものと考えるほかなく、本件車両は、故意に、無人の状態で本件用水路に進入させられたものと推認するのが相当であると判断しました。
【ポイント】
故意事故を争う車両保険金等の請求事例は多数あります。
京都地裁令和4年7月14日判決(自保ジャーナル2138号)は、午前3時頃、被保険乗用車の助手席に知人を同乗させ走行中の原告(男性)が、道路に隣接する河川に落下して、被保険車両等が損傷したとする保険金請求につき、本件事故は、原告らが偽装して故意に発生させたと推認できる他、原告らが乗車中であったと認めるのは困難であるとして、原告の保険金請求を棄却しました。
福岡地裁八女支部令和4年8月17日判決(自保ジャーナル2139号)は、妻が自動車保険契約を締結する被保険車両のレクサスを夫が運転中、小動物が飛び出してきたため、ハンドルを左に切ったところ、道路脇のクリークに落下し全損になったとする車両保険金請求につき、運転手である夫の事故態様等の供述の信用性は低く、夫婦両者に本件事故を発生させる経済的動機があった等から、運転手である夫の故意事故を認定しました。