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交通事故 裁判例・解説

交通事故 裁判例・解説- 後遺障害 -

東京地裁 令和5年8月10日判決

脳外傷等から自賠責1級1号高次脳機能障害及び身体性機能障害等を残す50代主婦の将来入院費等を日額1万8000円で平均余命まで認め、既往症が治療等の長期化に影響を与えたと3割の素因減額を適用した

解説

【事案の概要】

自賠責9級10号左手指巧緻性低下及び軽度体幹バランス障害等の既存障害を有する50代主婦の原告が、店舗駐車場内を歩行中、被告運転の普通貨物車に衝突され、脳外傷等の傷害を負い、485日入院し、高次脳機能障害及び身体性機能障害等から自賠責1級1号認定の後遺障害を残して、既払金を控除し約3億6000万円を求めて訴えを提起しました。

裁判所は、原告の将来入院費等を日額1万8000円で平均余命まで認め、センサス女性学歴計全年齢平均の65%を基礎収入に後遺障害逸失利益を認定し、既往症が治療等の長期化に影響を与えたと3割の素因減額を適用しました(確定。自保ジャーナル2159号1頁)。

【裁判所の判断】

まず将来入院費等の主張について、原告らは、「社会保険給付分の額を含めて将来入院費等を現時点における実費の水準で算定すべきである」と主張していました。

これに対して、裁判所は、「現時点において原告のCホームヘの入居継続を直ちに不相当とする事情が見当たらない・・・一方、Cホームヘの入居を前提とする実費よりも低額であることが見込まれ、被告が指摘する介護療養型医療施設への入院を不相当とする事情もまた見当たらない上、もとより、介護態勢は、原告の病状、家族等の援助及び社会保険給付を含む公的支援の有無・程度等を踏まえて将来にわたって変動し得る流動的な面を有することをも踏まえると、口頭弁論終結後の将来入院費等を算定するに当たっては、現時点における原告の後遺障害の内容及び程度並びに生活・介護状況等を参考としつつも、当該後遺障害等級において一般的な将来入院費等として認められる額とも照らし合わせて、控えめに算定せざるを得ないものと解されるから、必ずしも現時点における実費の水準が認められるわけではない」として、原告らの主張を否認して、日額1万8000円を認定しました。

また裁判所は、後遺障害逸失利益算定につき、基礎収入については、「原告は、本件事故後の後遺障害等級認定手続において、運動機能について左上肢が手指巧緻性低下、体幹が軽度バランス障害等とされていることを踏まえ、既存障害について、別表第二第9級第10号と認定されているところ、本件事故当時原告失等の家族と同居し、通所介護を受けながら、家事の中心的な担い手としてこれに従事していたものの、安定した歩行のためには杖や手すりが必要であるため、家事労働には時間を要し、その一部を原告夫が行っていたということができ、実際の家事労働も、認定された既存障害の影響を受ける状況にあったものと認められる」ことから、「このような既存障害の家事労働への影響を考慮すると、原告の基礎収入は・・・症状固定とされた令和元年女性学歴計全年齢平均賃金388万0100円の65%相当額である252万2065円とするのが相当である」と認定し、労働能力喪失期間については、「原告は症状固定日当時56歳であり、同年当時、56歳の女性の平均余命は32.86年であると認められるから、労働能力喪失期間はその2分の1である16年とするのが相当である」として、センサス女性学歴計全年齢平均の65%を基礎収入に平均余命の2分の1の16年間100%の労働能力喪失により認定しました。

そして裁判所は、以下の通り、3割の素因減額を適用しました。

「原告は、本件事故により頭部に衝撃を受け、気管切開や複数回の手術を要する重篤な状態に陥ったものの、その後の治療により徐々に回復傾向が見られ、本件事故からおよそ1か月後には指示動作、発語や嚥下食の摂取も可能な状態にまで至っていたということができる」が、「原告は、再度脳梗塞を発症し、これによりF病院の医師が説明するように一層重篤な症状を呈することとなったものである上、脳梗塞の状態が落ち着いたとして一旦はリハビリ目的でG病院に入院したものの、その後、大腸癌が発見されたことによりF病院やE大学病院に再度入院して検査や手術を要することとなったのであるから、このような経緯による治療期間の長期化も指摘せざるを得ない」等から、「本件事故以前に罹患したものと認められる大腸癌が、回復傾向を見せていた原告の脳塞栓症の再発及びこれを含む頭部症状に対する治療の長期化に一定の影響を与えたと認められ、その程度に鑑みれば、原告らの弁護士費用を除く全損害を通じ30%減額するのが相当である」としたものです。

大阪地裁 令和5年10月27日判決

自賠責12級6号左肩関節機能障害の他に10級10号右肩関節機能障害を残したとする原告の腱板断裂は本件事故によって拡大悪化し可動域制限等の症状を生じさせたと認め併合9級後遺障害を認定し3割の素因減額を適用した

解説

【事案の概要】

原告(80代男性)が自転車に搭乗し交差点付近を横断中、被告車両に衝突され、右肩腱板断裂、左肩鎖関節脱臼、右鎖骨骨幹部骨折、右上腕骨大結節骨折等の傷害を負い、約260日入院、約50日実通院しました。

自賠責12級6号認定の左肩関節機能障害の他、10級10号右肩関節機能障害が残存し併合9級後遺障害を残したとして、既払金約220万円を控除し約1500万円を求めて訴えを提起しました。

大阪地方裁判所は、原告の本件事故による10級10号右肩関節機能障害を認め、併合9級後遺障害の残存を認定し、3割の素因減額を適用したほか、原告の過失を2割と認めました(控訴後和解。自保ジャーナル2166号20頁)。

【裁判所の判断】

自賠責は、原告の左肩関節の機能障害について、12級6号に該当すると判断する一方で、右肩関節の機能障害については、右鎖骨骨幹部骨折の骨折部は変形なく骨癒合傾向が認められること、腱板断裂については本件事故に起因して生じたものと捉えることが困難であることを理由に、後遺障害には該当しないと判断し、異議申立てに対しても同様の判断をしていました。

これに対して、大阪地方裁判所は、以下の通り、右肩関節の機能障害として10級10号の後遺障害が認められると判断しました。

右肩の傷害及び後遺障害について、原告は、本件事故前には毎日のように自転車に乗るなど右肩を動かすことに支障はなかったが、本件事故後には、右肩に強い痛みを感じるようになり、また、右肩を上げることが困難となり、その原因は右肩の腱板断裂によるものであったとしました。

そして、原告が本件事故によって自転車から地面に投げ出されて全身を強く打っており右肩にも大きな衝撃が加わったこと、医師が本件事故前から存在していた腱板断裂が本件事故により拡大悪化し発症したと考えていることを踏まえると、本件事故前から存在していた腱板断裂が本件事故によって拡大悪化し、強い痛みや可動域の制限等の症状が生じたと認めるのが相当であるとしました。そして、腱板断裂が拡大悪化し発症したことは、本件事故と相当因果関係のある損害であると認められると判断しました。

その上で、主治医により症状固定日と診断された令和2年9月16日において、原告の右肩の可動域は参考可動域角度の2分の1以下に制限されて、その原因は、本件事故前から存在していた腱板断裂が拡大悪化したこと、後上方修復腱板が手術後に再断裂していたこと、前上方修復腱板は維持されているものの動力源である筋腹の萎縮も著しいことなどであるから、前記の可動域制限は器質的損傷によるものであると認められるとしました。

以上をふまえて、大阪地裁は、右肩の可動域制限は、右肩関節の機能障害として10級10号に該当する後遺障害であると認めるのが相当であるとしたものです。

そして、左肩関節の機能障害として12級6号に該当する後遺障害であることから、原告には、併合9級に該当する後遺障害が残存していると判断しました。

一方、大阪地裁は、被告主張の素因減額について、右肩の傷害及び後遺障害については、本件事故前から存在していた腱板断裂が拡大悪化したものであり、また、前記の可動域制限の原因として筋腹の萎縮が著しいことも挙げられているとしました。これらの点は、本件事故以前から原告が有していた素因の影響を受けていると認められ、本件事故後に原告の受けた治療の中での右肩の腱板断裂に対する治療の割合や後遺障害である右肩の可動域制限に与える影響の程度を考慮すると、原告に生じた損害に対して30%の素因減額を認めるのが相当であると判断しています。

名古屋地裁 令和6年3月27日判決

原告主張の12級13号右肩関節痛は右肩に腱板断裂を生じる衝撃が加わったとは認め難く画像所見も認められない等から右肩腱板断裂を否認して本件事故による後遺障害の残存も否認した

解説

【事案の概要】

原告(30代男性)が交差点を走行中、赤信号を看過して右方路から進入した被告車両に衝突され、右肩腱板断裂等の傷害を負い、約7か月間通院しました。

自賠責保険非該当も、原告は右肩関節の疼痛から12級13号後遺障害を残したとして、既払金約70万円を控除し約2470万円を求めて訴えを提起しました。

名古屋地方裁判所は、原告主張の右肩腱板断裂を否認して、本件事故による後遺障害の残存を否認しました(控訴中。自保ジャーナル2166号121頁)。

【裁判所の判断】

裁判所は、外科が発行した本件後遺障害診断書において、傷病名は(右肩腱板断裂ではなく)右外傷性肩関節周囲炎とされていると指摘しました。また、一般に、腱板断裂の場合には、視診で筋委縮(左右差の有無)が確認されるところ、本件後遺障害診断書においては、知覚、反射に左右差はなく、異常所見なし、筋力は握力右50キログラム、左52キログラム、筋委縮なく上腕同座高左ともに34センチメートル、棘上筋、棘下筋委縮像なしとされており、原告の右肩腱板に筋委縮(左右差)があったとも認められず、本件後遺障害診断書の記載から原告の右肩腱板断裂を認めることは困難であると判断しました。

そして、本件事故は、本件交差点内で原告車両前方右側部分と被告車両前方左側部分が衝突し、原告車両はその左前方に逸走し、本件ガードパイプに衝突したものであり、原告はまず右方向から被告車両との衝突による衝撃を受け、その後、本件ガードパイプとの衝突により、前方向からの衝撃を受けたものと推認できるとしました。

原告は、本件事故の際、前のめりになって、頭部をメーターにぶつけたものの、両手は、曲げた状態でハンドルを握っており、肩を車内でぶつけた事実はなかったことが認められ、上記の右方向及び前方向からの衝撃により原告の右肩が直接的な外力(打撃)を受けたとは認めがたいとしました。その上で、原告の右肩に腱板断裂を生じる機序となる衝撃が加わったとは認め難いと判断しました。

肩関節単純MRI検査の報告書には、棘上筋腱付着部に腫大を認め、滑液包面にT2強調像や脂肪抑制T2強調像で高信号を認める旨や、診断名として棘上筋腱部分断裂(滑液包面)と記載されていることが認められるが、前記のとおり、かかる報告書を踏まえてもなお、外科の医師が診療録には、「MRI棘上筋の断裂?」と疑問を呈し、翌年、原告と原告代理人が、同病院の医師に対し、部分腱板断裂の診断がほしいと希望した際もMRIの読影レポート上指摘ありとの記載を検討するとの対応にとどめていたことが認められ、これらの事実から、外科の医師において、画像所見としても、原告の棘上筋腱部分断裂を認めていなかった事実が推認でき、原告の右腱板断裂の画像所見があるとは認められないとしました。

一般に、腱板断裂の診断に際しては、触診により圧痛があるか否かを確認すべきとされるところ、診療録上、本件事故当日には「右肩ROM full、tender-」との記載があり、右肩関節の可動域制限も右肩の圧痛もなかったことが窺え、かかる観点からしても、本件事故により右肩腱板断裂が生じたとは考え難いとしました。

以上により、裁判所は、原告の右肩腱板断裂は認められず、右肩疼痛が将来においても回復が困難と見込まれる障害とは捉え難いことから、後遺障害の残存は認められないと判断したものです。

【ポイント】

交通事故において肩腱板断裂の傷害が争われる事例は少なくありません。例えば、以下の裁判例があります。

東京地裁令和3年1月22日判決(自保ジャーナル2092号)は、歩道を歩行中、被告自転車に追抜き時に右腕を接触され、右肩腱板断裂等の傷害を負ったとする原告(40代男子)につき、一時的に急激な外力が原告の右肩部に加えられたとは認められないとし、原告は腱板の変性が進み易い1型糖尿病の既往症があったことからすると、右肩腱板断裂は加齢性変性を原因とする可能性が高い等から、本件事故と右肩腱板断裂との因果関係を否認しました。

京都地裁令和3年11月2日判決(自保ジャーナル2116号)は、原告の左肩腱板断裂につき、医院において、左肩に関し、画像検査及び神経学的検査は実施されておらず、腱板断裂を示す所見はないし、本件事故当日の左肩の症状として、挙上が困難であるとか疼痛が相当重いとうかがわせる診療録上の記載もないことから、本件事故による左肩腱板断裂の受傷は認められないと否認しました。

東京地裁令和2年9月23日判決(自保ジャーナル2083号)は、原告(60代男子タクシー運転手)の本件事故と右肩腱板断裂との因果関係につき、本件事故後の仕事や生活によって腱板に損傷を受けた可能性も否定できない他、自賠責保険でも腱板断裂等の明らかな外傷所見は認められないとされている等から、本件事故との因果関係を否認しています。

東京地裁 令和5年9月25日判決

30代男性原告主張の12級右足CRPSは骨委縮、皮膚変化の所見は認められない上、日本版CRPSの判断基準で原告ら主張の項目は客観的な所見に乏しい等からCRPSの発症を否認した上、14級9号右足関節痛を認定した

解説

【事案の概要】

原告(30代男性)は、片側2車線道路の第1車線を自動二輪車を運転して走行中、前方の被告運転・被告会社所有のタクシーが第2車線から進路変更してきて衝突され、右足関節捻挫、頸椎捻挫、右肩挫傷・腰部挫傷等の傷害を負い、約9か月間通院し、自賠責非該当も、右足にCRPSが発症したことから12級後遺障害を残したと主張して、既払金を控除し、物損約40万円を含め約2300万円を求めるとともに、原告らに保険金を支払った損害保険会社も求償金として約400万円を求めて訴えを提起した事案です(自保ジャーナル2156号21頁)。

【裁判所の判断】

裁判所は、原告主張の12級右足CRPSの発症を否認し、14級9号右足関節痛の残存を認め、原告車の過失を1割と認定しました。

まずCRPSの発症について、原告らは、「原告の後遺障害はCRPS(複合性局所疼痛症候群)の他覚的所見が認められるから、後遺障害等級第12級の後遺障害に該当する」と主張しました。

これに対して、東京地裁は、「原告らが根拠とする日本版CRPSによる判定指標は、医療分野における臨床用の診断基準とされるもので、自賠責保険における認定基準とは異なるものである」とし、「自賠責の認定基準を全て満たすものでなければおよそ後遺障害として認めることができないと解する理由はないが、CRPSはいまだ医学的説明が困難な原因不明の疼痛症状であり、損害の公平な分担を趣旨とする民事損害賠償の場面において、医療の場面に用いる診断基準をそのまま当てはめて後遺障害を認定することは相当ではない」ことから、本件の原告の症状については、「痛みや若干のむくみ、それに伴う可動域制限の所見が見受けられるものの、骨委縮、皮膚の変化(皮膚温の変化、皮膚の萎縮)の所見は認められない上、日本版CRPSによる判定基準により原告らが主張する項目は、持続性ないしは不釣り合いな痛み、浮腫及び関節可動域制限というものであって、客観的な所見に乏しいものといわざるを得ない」として、「原告らの主張する神経症状及び可動域制限のいずれについても、12級の後遺障害を認めることはできない」と12級CRPSの発症を否認しました。

その上で裁判所は、後遺障害の残存について、「(1)原告が受傷時に受けた右足への外力は相当に強かったことが推認されること、(2)本件事故当日、原告は整形外科医により外側靱帯損傷と診断されていること、(3)原告の外側靱帯損傷の程度は重症とまで認めるに足りる証拠はないものの、本件事故当初の痛みや腫れは相当に強く、事故から2週間近くL字シーネでの固定が必要とされ、事故から1ヶ月近く松葉杖を使用していたこと等からすれば決して軽微なものとはいえないこと、(4)原告の右足関節には痛みや若干のむくみが残存し、階段を下りるなどの動きに支障が生じる程度の動かしにくさが残存していること、(5)原告は、本件事故当日から約9ヶ月間にわたり定期的に整形外科に通院し、痛みやむくみ等の症状について申告しているところ、その経過に特段不自然な点は見受けられないこと等に照らせば、原告の右足関節の痛み及び動かしにくさは、神経系統の障害が他覚的に証明されるものとはいえないものの、右足外側靱帯損傷後に残存する症状として医学的に説明可能なものといえる」ことから、「原告の症状は、「局部に神経症状を残すもの」として後遺障害等級第14級9号の後遺障害に該当するものと認められる」と認定しました。

そして裁判所は、後遺障害逸失利益の算定について、「原告は、役所の職員であるところ、令和3年分の給与収入は約560万円である」と認め、「原告は14級の後遺障害を負い、これにより仕事に支障をきたしていることが認められるのであるから、その労働能力喪失率は5%、喪失期間は5年間と認める」として、実収入を基礎収入に5年間5%の労働能力喪失により認定しました。

過失割合については、以下の通り、原告車の過失を1割と認定しました。

被告には、「進路変更を開始する3秒前までに進路変更の合図を出さず、後方の安全確認を十分に行わず、第2車線から第1車線へと進路変更して原告車と衝突した過失が認められる」とし、一方、原告には、「進路前方を走行している被告車の動静を十分に注視せず、被告車と衝突した過失が認められる」として、「本件事故態様、双方の過失の程度を考慮すれば、双方の過失割合は、原告が10%、被告が90%と認めるのが相当である」と判断しました。

金沢地裁 令和5年1月19日判決

原告主張の12級13号頸椎椎間板ヘルニアは本件MRI画像において椎間板膨隆が外傷性であることを裏付ける出血や浮腫等の所見は窺われない等から本件事故による頸椎椎間板ヘルニアの発症を否認し2割の素因減額を適用した

解説

【事案の概要】

原告(専業主婦)は、片側2車線道路の追越車線を走行中、被告車両が前方の走行車線から車線変更してきたため急制動措置を講じたところ、頸椎捻挫、左大腿部打撲傷、外傷性頸椎椎間板ヘルニア等の傷害を負い約7ヶ月通院しました。

自賠責非該当も、原告は、外傷性頸椎椎間板ヘルニアから12級13号後遺障害を残したとして、既払金を控除した約860万円を求めて訴えを提起しました。

裁判所は、原告主張の本件事故による頸椎椎間板ヘルニアの発症を否認、2割の素因減額を適用しました(確定。自保ジャーナル2158号57頁)。

【裁判所の判断】

裁判所は、原告の治療について、原告のB病院における頸椎捻挫等の治療は、本件事故によるものと認めるのが相当であり、本件事故前から存在した傷病や症状により同病院における治療が長期化したことを認めるに足りる的確な証拠はないとしました。

一方で、原告は、本件事故前からCクリニックに通院して治療を受けていたことが認められ、同クリニックにおける治療内容は、本件事故前後において特に相違は認められないとした上で、本件事故後の同クリニックにおける治療は、本件事故に起因する傷害に対する治療のほか、同人の既往症に対する治療も含まれるというべきであり、原告の既往症が本件事故による損害の拡大に相当程度影響したと認められると判断しました。

そのため、裁判所は、損害の公平な分担の観点から、原告の治療費、文書料、通院交通費及び通院慰謝料の損害について、20%の割合で減額することが相当であると判断しました。

また裁判所は、原告の後遺障害について、原告に頸椎椎間板ヘルニアの後遺障害が生じたとは認められないと判断しました。

つまり、原告の本件事故前に撮影されたMRI画像においてもC4/5の椎間板膨隆が認められ、また、本件MRI画像において、同部の椎間板膨隆が外傷性であることを裏付ける出血や浮腫等の所見は窺われないことからすれば、上記の椎間板膨隆が本件事故により生じたものとは認められないとしました。

原告は、本件事故約10ヶ月前の交通事故によって受傷しており、E病院において外傷性頸部症候群の診断を受けたこと、同日に撮影されたMRI画像においてC4/5の椎間板膨隆が存在し、その頃に行われたSpurlingTestの結果が左陽性であったこと、原告は、同事故後、同病院やCクリニックにおいて、頸部の痛み等を継続して訴えていたことが認められ、これらの事実に照らせば、仮に本件MRIにおいて認められる椎間板膨隆が外傷性のものであるとしても、本件事故約10ヶ月前の交通事故により生じたものというべきであり、本件事故により生じたものとは認められないと判断しました。

なお原告は、原告の自覚症状として、頸部痛、左上肢の痺れがあり、自覚症状に合致する神経学的所見が存在する旨主張するが、これらの自覚症状や神経学的所見もまた、本件事故前から存在していたものというべきであり、本件事故により生じたものとは認められないとしました。

【ポイント】

外傷性頸椎椎間板ヘルニアの発症・因果関係については実務上、争われることの多い事例です。

大阪地裁令和3年12月7日判決(自保ジャーナル2115号)は、乗車中のタクシーが急制動したことから、頸椎椎間板症ヘルニアを発症したとする原告(30代男子)について、本件事故の際、頸部が前後に揺り動かされて過伸展・過屈曲した様子も窺われないことからも、頸部に強い軸力が加わり、あるいは、局所的な椎間の強い狭窄が生じたとは考え難いとして、本件事故による発症を否認しました。

大阪地裁平成24年12月5日判決(自保ジャーナル1887号)は、原告(40代男子)の外傷性頸椎椎間板ヘルニアの発症について、事故前から、加齢性による脊椎の変性があったが、それが通常見られる加齢性の変化の範囲から逸脱するものであったとは認られず、本件事故によって外傷性頸椎椎間板ヘルニアとなったと認定しました。

名古屋地裁平成30年10月2日判決(自保ジャーナル2035号)は、原告(50代男子)の頸椎椎間板ヘルニアの発症につき、原告には、強い脊柱管の狭窄があるところに、経年変化による椎間板の変性・膨隆が加わって発症してきた「頸椎症性脊髄症」と診断することが可能であると本件事故との因果関係を否認しています。

名古屋高裁 令和5年3月7日判決

軽自動車の後部座席に同乗し信号待ち停止中に追突された50代男性主張の頸・胸部痛等は既往症の後縦靭帯骨化症及び黄色靱帯骨化症の症状が出現し12級13号後遺障害が残存したと認め5割の素因減額を適用した

解説

【事案の概要】

後縦靭帯骨化症及び黄色靱帯骨化症を有する被害者(50代男性)は、軽自動車の後部座席に同乗して信号待ち停止中、Y運転の普通乗用車に追突され、既往症の頸椎後縦靭帯骨化症、胸椎黄色靱帯骨化症による症状が発現し、入院含め現在に至るまで通院し、自賠責非該当も、右頸部痛、右上肢の痺れ、腰痛、肩甲骨の痺れ、右胸部痛等から12級13号後遺障害を残したとして、既払金を控除し約1600万円を求めて訴えを提起した事案です(自保ジャーナル2153号18頁。確定)。

【裁判所の判断】

1審裁判所は、本件事故により既往の後縦靭帯骨化症及び黄色靱帯骨化症の症状が発現し12級13号後遺障害が残存したと認定し、5割の素因減額を適用しました。

1審裁判所は、後遺障害認定について、「Xは、平成30年3月には、後縦靭帯骨化症及び黄色靱帯骨化症が神経障害の原因となって日常生活上支障となる著しい運動機能障害を伴うと評価されるに至っているところ、本件事故の翌日から継続して右頸部痛、右上肢の痺れ、右肋骨部の疼痛や肩甲骨辺りの痺れを訴え、Xの訴えに係る症状が上記の評価の前後を通じて継続して生じていることが認められ、同症状は、頸部から肩甲背部、上肢の痺れ、疼痛、感覚障害、前胸部への放散痛といった後縦靭帯骨化症や黄色靱帯骨化症による症状に合致する」他、「Xは、本件事故により、体が後方に引っ張られるような体勢になっており、その同乗者も頸部挫傷と診断されていることから、Xは、本件事故により頸部に外力が加わったとうかがわれるところ、後縦靭帯骨化症や黄色靱帯骨化症による症状は、頸への衝撃等によって発現するとされている」ことから、「Xが元々後縦靭帯骨化症及び黄色靱帯骨化症を患っていたこと、現に本件事故後これらの疾患により神経障害が生じていると診断され、本件事故の翌日から診断までの間、これらの疾患による症状に合致する症状を訴え続けていること、さらに、Xが本件事故によってこれら疾患による症状が発現し得るとされている頸への外力を受けていることに加え、同外力が当時20代、40代の同乗者をして頸部挫傷等により半年程度の通院加療を要する程度のものであったこと、本件事故後に生じたXの症状について本件事故を契機として発症したようと診断されていること、本件事故前にはXに症状がなかったことを踏まえれば、本件事故により、Xには後縦靭帯骨化症及び黄色靱帯骨化症による症状が出現したものと認めるのが相当である」とし、「Xには、右頸部痛、右上肢の痺れ、肩甲骨辺りの痺れ、右胸部痛といった症状が残存しているところ、その症状の程度及びその原因に照らし、後遺障害12級13号に相当するものというべきである」として、12級13号後遺障害を認定しました。

また1審裁判所は、後遺障害逸失利益算定について、Xは、「本件事故以前は、製鉄所構内において、重機やダンプカーを操縦する業務に従事していたところ、本件事故後には、操縦することができる重機がユンボに限られることになり、ユンボを操縦する際にも右上腕に生じる痺れ等により操作レバーが扱いにくくなり、また、長時間労働することができなくなり、残業時間が減少したことが認められる」上、「Xに残存することになった後遺障害の具体的な内容、そして、それが後遺障害等級12級13号に相当するものであることから、Xは、症状固定日から10年間、14%の労働能力を喪失したものと認めるのが相当である」として、事故前年収入を基礎収入に10年間14%の労働能力喪失により認定しました。

さらに1審裁判所は、素因減額について、「本件事故によりXに加わった外力が軽微であったとまではいえないものの、他方で、X車の損傷状況が軽微であり、Xに加わった外力が大きかったともいうことができないこと、そして、治療期間が長期間に及んでいこと等に鑑み、損害の衡平な分担の観点から民法722条2項を類推適用し、Xに生じた人的損害について、その50%を減額するのが相当と解する」として、5割の素因減額を適用しました。

Y控訴、X附帯控訴の2審裁判所は、1審判決を維持し、双方の控訴を棄却しました。

2審裁判所は、後遺障害認定について、「後縦靭帯骨化症や黄色靱帯骨化症に罹患していても、症状が出ないことがあるが、頸を過度にそらす、転倒や頭部への打撲などによる頸への衝撃、交通事故によって、これらの骨化症の症状が発現することがあるのであり、物的損害が軽微な交通事故によってもこれらの骨化症の症状が発現することも十分にあり得るところである」としました。

さらに、「Xが治療を受けた各医療機関の医師らは、Xは本件事故前から頸椎後縦靭帯骨化症及び胸椎黄色靱帯骨化症に罹患していたが、本件事故により発症したとの見解を示しており、本件事故によってこれらの骨化症の症状が発現したと認められることと矛盾するものではない」とした上、「Xの本件事故後の症状が頸椎後縦靭帯骨化症及び胸椎黄色靱帯骨化症によるものであることは、素因減額において考慮すべきことであって、本件事故と本件事故後にXに生じた症状及び後遺障害との因果関係を否定するものではない」として、「本件事故前のXに頸椎後縦靭帯骨化症及び胸椎黄色靱帯骨化症の症状があったとは認められず、本件事故によってXにこれらの骨化症による症状が発現し、その結果、Xに後遺障害等級12級13号に相当する後遺障害が残存したと認められる」と12級13号後遺障害を認定した。

2審裁判所は、素因減額について、「Xが本件事故前から有していた頸椎後縦靭帯骨化症及び胸椎黄色靱帯骨化症は疾病であり、これらの骨化症がXの治療の長期化や後遺障害の程度に大きく寄与したことからすれば、素因減額の割合を50%とするのが相当である」として、1審に続いて5割の素因減額を適用しました。

【ポイント】

最高裁は、無症状の後縦靭帯骨化症の事例について、「加害行為前に疾患に伴う症状が発現していたかどうか、疾患が難病であるかどうか、疾患に罹患するにつき被害者の責めに帰すべき事由があるかどうか、加害行為により被害者が被った衝撃の強弱、損害拡大の素因を有しながら社会生活を営んでいるものの多寡等の事情によって左右されるものではない」として減額を肯定しています(最高裁平成8年10月29日)。

その後の下級審では、後縦靭帯骨化症については、60%の素因減額を認めた仙台地裁平成26年10月15日判決、50%の素因減額を認めた京都地裁平成22年1月21日判決、50%の素因減額を認めた神戸地裁平成16年8月16日判決など多数の判例が出ています。

札幌高裁 令和5年5月30日判決

右下肢切断から自賠責5級5号を残す女児の後遺障害逸失利益をセンサス男女計全年齢平均を基礎収入に算定し、中学卒業までの水泳用義足の必要性を認め、母親の固有慰謝料を150万円と認定した

解説

【事案の概要】

女子小学生のXは、信号交差点の横断歩道を横断中、W運転、Y会社保有の普通貨物車が左方から右折してきて衝突され、右足デグロービング損傷、右脛骨骨折、硬膜穿刺後頭痛等の傷害を負い、右下肢を足首より上で切断し自賠責5級5号認定の後遺障害を残しました。そこでXが既払金を控除し約1億円を求め、Xの母親Vが慰謝料等330万円を求めて訴えを提起した事案です(自保ジャーナル2155号1頁。確定)。

【裁判所の判断】

1審裁判所は、後遺障害逸失利益算定について、Xは、「令和元年賃金センサスの男子(学歴計)全年齢平均賃金である560万9700円とするべきである」と主張するが、「不法行為により後遺症が残存する年少者の逸失利益については、裁判所は、あらゆる証拠資料に基づき、経験則とその良識を十分に活用して、損害の公平な分担という趣旨に反しない限度で、できる限り蓋然性のある額を算出するように努めるのが相当である」とし、「そのような観点からすると、性別による労働能力の差はないこと等を踏まえても、統計資料等に照らして、XがX主張の水準の収入を得る蓋然性があると認めることはできないから、これに反するXの主張は採用できない」としました。

その上で、「男女間には平均賃金の格差があるところ、労働形態や賃金等における男女の格差はXの就労可能期間のうちに概ねその中間に向けて解消するとみるのが相当であるから、Xの逸失利益の算定に用いる基礎収入は、令和元年賃金センサスの男女計(学歴計)全年齢の平均賃金である500万6900円を採用する」と定して、18歳から67歳までの49年間79%の労働能力喪失により認めました。

また1審裁判所は、義足等の買換え費用について、水泳用の義足については、「学習指導要領では、中学校において「水泳」の履修は必須とされていること、Xの通う中学校では水泳の授業が予定されていることに照らせば、水泳用の義足についてはXが15歳になるまでの間は1年ごとに買換えの必要性を認めることができる」と水泳用の義足の必要性を認め、他方、「Xが15歳になって以降(高校入学以降)については水泳用の義足の必要性を認めるに足りる証拠はない」と否認しました。

さらに1審裁判所は、将来医療費について、「C医師は、症状固定後においても、半年から1年に1回程度は、断端部の成長に伴う変化等の経過観察や必要に応じたレントゲン撮影等を予定しているとの意見を有していること、実際にXは、令和3年8月、令和4年1月、同年8月にC医師の診察を受けていること等を踏まえれば、18歳までは半年に1回の頻度でC医師の診察を受ける必要性があると認められる」が、「断端部の成長に伴う変化等の経過観察の必要性が減じるとみられる18歳以降は定期的にC医師の診察を受ける必要性があると認めるに足りる証拠はない」他、「Xの年齢を踏まえれば、母親Vが通院に付き添うことを前提にした2名分の交通費もまた本件事故と相当因果関係のある損害と認められる」として、「JとH間の移動にかかる公共交通機関の運賃等を踏まえると、交通費を含めた将来医療費は、年に8万円と認めるのが相当である」と将来医療費を認定しました。

また、将来介護費について、「Xは、症状固定後、義足を使用して基本的な日常生活動作を行うことができていること、日常生活動作(ADL)がFIM(機能的自立度評価)という評価で126点満点中119点であり、セルフケア・排泄・移乗・移動のいずれの項目においても介助を要しないと評価されていること等を踏まえれば、Xに将来介護が必要であるとは認められない」として、将来介護費を否認しました。

そして、自賠責5級5号右下肢切断を残すXの母親の固有慰謝料について、「娘が右下肢切断という重大な後遺障害を負ったということに加え、V自身もXと共に歩行中に本件事故に遭遇し、Xの右足が轢かれる様や、皮膚が剥がれて骨がむき出しとなったXの負傷状況を目の当たりにしたこと、Vは心的外傷後ストレス障害と診断され、定期的に精神科を受診していることなどを踏まえれば、Vは、Xの生命が侵害された場合に比して著しく劣らない程度の精神上の苦痛を受けたと認めることができるから、Vは、Yらに対し、慰謝料を請求することができ、その額は150万円が相当である」と固有慰謝料150万円を認定しました。

2審裁判所は、1審判決を維持し、双方の控訴を棄却しました。

2審裁判所は、将来介護費については、「Xは、自宅内では義足を装着していないで生活していることが多く、断端部の状態が悪い場合には外出時にも義足を装着しないことがあること、断端部の負担軽減のため、母親Vが送迎をしたり、マッサージをしたり、義足装着時や入浴時の介助をするなど、日常生活の様々な場面で介助をしていること、そのため、Vは、拘束時間が短い仕事に転職し、大幅な減収となったことが認められる」が、「Xは、義足を使用すれば自ら基本的な日常生活を送る上で必要な諸動作を行うことが可能であり、介助の必要性について医師の指示がある等の格別の事情を認めるに足りる証拠はないこと、義足を使用しない場合を想定した家屋改造費やキャスター付き車椅子の費用が別途損害として認められていることからすると、Xが主張する将来介護費につき相当因果関係を認めるのが相当な程度にまで介助の必要性、相当性を認めることは困難であり、他にこの点を認めるに足りる証拠はない」として、将来介護費を否認しました。

そして、Xの母親の固有慰謝料については、「Xの後遺障害の程度は重大であり、Vは、娘の負傷状況を目の当たりにし、心的外傷後ストレス障害と診断されて精神科に通院していること、Vは、Xの介護のため、時間的な拘束の少ない職場に転職し、収入が減少したことなど、本件に現れた諸事情を考慮すると・・・Vの慰謝料は150万円と認めるのが相当」と判断してます。

【ポイント】

女子年少者の逸失利益については、最高裁昭和56年10月8日判決(8歳の女子につき、パートタイム労働者を除く女子の平均給与額を基礎収入として逸失利益を算定したとしても不合理ではない)もふまえて、基礎収入について賃金センサスの女子平均賃金を用いてきました。

しかしながら、若年者について男女間格差をそのまま適用するのは不合理ではないかという問題意識が広がりました。
そして平成11年の東京地裁・大阪地裁・名古屋地裁の民事交通部の「交通事故による逸失利益の算定方式についての共同提言」において、「幼児・生徒・学生の場合は、賃金センサスの全年齢平均賃金又は学歴別の平均賃金による」とされました。
現在の実務では、女性労働者の全年齢平均賃金ではなく、男女を含む全労働者の全年齢平均賃金で算定するのが一般的です(赤本など)。

東京地裁 令和5年2月13日判決

ジョギング中に右母趾を自転車の前輪に衝突された原告の自賠責12級12号右母趾関節機能障害の認定を14級9号右母趾痛等とし、歯科医師の事故前年報酬の8割を基礎収入に10年間5%の労働能力喪失で後遺障害逸失利益を認定した

解説

【事案の概要】

原告(40代男性)は、ジョギング中、被告が道路右側の縁石に駐輪していた自転車を道路中央付近に進行させた際、自転車の前輪が原告の右趾に衝突し、右長母趾伸筋腱断裂、右膝関節挫傷、右膝打撲等の傷害を負い、4日入院を含め、約1年7ヶ月通院しました。そして、自賠責保険において、右長母趾の関節機能障害から12級12号の後遺障害が認定され、約3900万円を求めて訴えを提起した事案です(自保ジャーナル2151号54頁)。

【裁判所の判断】

東京地裁は、後遺障害につき、原告が本件事故により右長母趾伸筋腱断裂の傷害を負い、腱縫合術を受けた結果、右母趾が他動では健側の左母趾と可動域に違いはないが、自動では可動域に違いがあることが認められるが、原告の右母趾は、伸筋腱断裂したとはいえ、抹消神経の損傷があることは認められず、シビレが残存したとはいえ、自動による可動はでき、MMTの数値を考慮しても、直ちに、自動地により可動域制限の有無を判断することが適当とはいえないと判断しました。

また、後遺障害診断書は、底屈を屈曲、背屈を伸展としても、母趾のどの関節の可動域を測定したか明らかではないし、健側の測定値が参考可動域角度と整合的でないことからも、その測定値が正確とはいい難く、直ちに、可動域に制限があると認めることはできないとしました。

さらに、医師による医療照会の回答についても、原告の右母趾の自動の可動域が回復しない原因について説明したものであり、本件事故による受傷及び腱縫合術による末梢神経損傷の可能性まで指摘するものではないから、上記認定を覆すに足りないとして、原告の右母趾について、本件事故により可動域制限が生じたことによる後遺障害が残存したとは認められないと可動域制限による後遺障害の残存を否認しました。

その上で、上記認定の原告の受傷内容及び治療経過をふまえると、原告は、本件事故により、右足背部、右母趾の痛み、シビレが継続して残存しているといえることから、14級9号に相当する後遺障害は残存したと認められると14級9号後遺障害を認定しました。

後遺障害逸失利益算定については、原告には、本件事故の受傷により、右母趾に後遺障害が残存したことで、労務に影響が生じ、経営する歯科医院の売上に減少が生じたといえ、逸失利益があると認められるとしました。

そして、原告の受傷の内容と歯科医の労務の内容を考慮すると、本件事故による後遺障害に基づく労働能力喪失率は5%が相当である他、労働能力喪失期間は、右母趾の伸筋腱の断裂に伴う痛みやシビレであることから馴化に相当期間を要することが見込まれ、10年とするのが相当であると認めました。

原告の本件事故前の年収は、報酬の約1500万円であるが、原告の経営する歯科医院には、原告の他に、月2、3回、矯正歯科の専門医が代診することを考慮すると、原告の報酬の大半が労務対価性を有するといえると判断し、報酬の8割に当たる約1200万円を基礎収入とするとして、事故前年報酬の8割を基礎収入に10年間5%の労働能力喪失により認定しました。

過失割合については、本件事故は、原告が本件道路の車道部分をジョギングのため走行中、被告が、本件建物の軒先の縁石上から被告車両を下し、被告車両の前部を転回しながら、本件道路の車道上に進出しようとした際、原告の右趾と被告車両の前輪が衝突した事故と認められるとしました。

そして、被告は、駐輪していた被告車両を転回して発進させるに際し、本件道路上の歩行者の有無及び動静を注視し、それらの進行を妨害しないようにして発進すべき注意義務があるところ、原告が本件道路を走行してきたことを認識せずに、漫然と被告車両を本件道路に進行させようとしたことから、上記注意義務を怠った過失があると認めました。

他方、原告は、進行方向の右側の建物の縁石上に被告及び被告車両がいたことを認識していたことから、被告が被告車両を下して、本件道路に進出してくることは予見できたといえ、走る速度を落としたり、一時停止したりすれば、本件事故を回避することはできたといえることから、原告にも、本件事故について過失があるといえるとして、原告の過失割合は、被告が被告車両に乗っておらずハンドルを持って押していた状態であったこと、原告が本件道路の車道上を走っていたことを踏まえれば、少なくとも原告に1割の過失があるといえると原告に1割の過失を認定しました。

なお、本判決は確定しています。

【ポイント】

歩行者と自転車の衝突について事故が増えていますが、過失については事案によって様々な判断が見受けられます。

例えば、大阪地裁平成31年1月31日判決(自保ジャーナル2046号)は、道路横断のために車道に入った原告歩行者と被告自転車の衝突につき、原告にも後方から進行してくる被告者の動静を注視して安全を確認すべき注意義務があったとしても、考慮するような過失があったとは認められないと原告の過失を否認しました。

福岡高裁宮崎支部令和2年6月3日判決(自保ジャーナル2079号)は、マンション出入口から自転車を押しながら歩道に進出した原告と右方から進行してきた被告自転車の衝突につき、原告は自転車に乗っていたわけではないから、歩行者として歩道で保護されるべきではあるが、十分に右方確認をしてから歩道に出る義務があったとして、原告に3割の過失を認定しました。

東京地裁令和2年6月15日判決(自保ジャーナル2077号)は、車道を歩行中の原告(80代女性)が後方から走行してきた被告自転車に衝突された事案につき、原告は、歩道ではなく車道を歩行しており、後方から車両が走行してくることが予想されるのであるから、その動向に注意する義務を怠った過失が認められるとして、原告歩行者に2割の過失を認定しています。

札幌地裁 令和3年8月26日判決

自賠責1級1号遷延性意識障害を残す19歳男子の将来介護料を職業介護と近親者介護を併せ日額2万円平均余命まで認定した

解説

【事案の概要】

原告(19歳・男性)は、片側2車線道路の第2車線を自動二輪車で走行中、道路左側の路肩から転回してきた被告タクシーに衝突され、外傷性くも膜下出血、脳挫傷、びまん性軸索損傷等の傷害を負い、自賠責1級1号の後遺障害を後遺しました。原告は、後遺症逸失利益、後遺症慰謝料、将来介護費用、住宅改修費用等、約5億2000万円の支払いを求めて訴えを提起した事案です。

【裁判所の判断】

札幌地裁は、将来介護料として職業介護と近親者介護を併せて日額2万円で平均余命まで認定しました。また後遺症慰謝料2800万円のほか原告両親の固有の慰謝料として各400万円を認定し、住宅改修費用としては主に介護する1階部分の取得費用3100万円の半額である1500万円について認定しました。(自保ジャーナル2108号1頁。確定)。

将来介護料について、札幌地裁は、「本件における原告の後遺障害の内容及び程度並びにそこから必要と考えられる介護の内容等に照らすと、介護福祉士の資格を有する原告姉が将来的に同居するとしても、入院中を除いて、自宅において、職業介護を主とし、近親者介護を補助的、部分的に行うことを前提委、算定するのが相当である」と判断しました。

そして口頭弁論終結後の介護については、過去の自費及び公費負担額の合計が約4126万円であり、1日あたりの負担額が日額5万6456円であることを指摘した上で、「口頭弁論終結後の介護状況については、長期間に渡る流動的なものであり、今後、施設入所や医療機関への入院、短期入所の利用も否定できないこと、将来的に姉が同居する蓋然性があることなども考慮すると、職業介護と近親者介護を併せ、日額2万円(年額730万円)の介護料を認めるのが相当である」と判断しました。

また原告は事故当時大学2年生であり、休業損害として就職遅れの損害を請求しています。

これに対して、裁判所は、「原告は本件事故当時大学2年生であったことからすると、平成27年3月31日に大学を卒業して同年4月1日から就職する蓋然性があるから、就職遅れ損害を認めるのが相当である」として、平成27年大卒男子(20歳から24歳)の平均賃金である327万1700円を基礎として、就職していたと見込まれる平成27年4月1日から平成28年4月30日(症状固定日)までの396日間について、約354万円の損害を認定しています。

その他、路肩に停止していたタクシーが転回して後続バイクと衝突した事案であり、被告は過失相殺も主張しましたが、裁判所は原告の過失0と判断しています。

札幌地裁 令和3年3月25日判決

信号待ち停車中に追突された男子主張の右第3、4中足骨頸部骨折と追突との因果関係を認め、自賠責非該当も12級13号右第3、4趾痛等及び14級8号右第4趾機能障害の併合12級後遺障害を認定した

解説

【事案の概要】

原告(症状固定時30歳代)は、普通乗用車を運転して信号待ち停止中、被告運転の普通乗用車に追突され、頸椎捻挫、腰部捻挫、右第3、4中足骨頸部骨折等の傷害を負い、約8ヶ月間通院しました。自賠責非該当も、12級13号右第3、4趾痛、14級8号右第4趾機能障害の併合12級後遺障害を残したと主張して、既払金を控除し、約1800万円を求めて訴えを提起した事案です。

【裁判所の判断】

札幌地裁は、本件事故と右第3、4中足骨頸部骨折との因果関係を認め、12級13号右第3、4趾痛等及び14級8号右第4趾機能障害の併合12級後遺障害を認定し、事故時給与収入を基礎に36年間14%の労働の力喪失で逸失利益を認めました(自保ジャーナル2099号21頁。控訴後和解)。

まず、本件事故と右第3、4中足骨頸部骨折との因果関係については、以下の通り判断しました。

「原告は、本件事故前、前方信号機に従って原告車両を停車させている間、右足でブレーキペダルを踏み続けていたということからすると、このように中足指節(MTP)関節が伸展し前足部が固定された状態で追突されたことによって足部に軸圧がかかり、中足骨にせん断力として介達外力が加わった可能性が高い」として、「本件骨折は本件事故によって生じたものと認めるのが相当である」と本件事故と右第3、4中足骨頸部骨折との因果関係を認定しました。

次に、原告の後遺障害認定については、以下の通り判断しました。

右第3、4趾の屈曲伸展時の痛み、違和感、圧痛等については、「本件骨折後、右第3、4中足骨には頸部(骨頭)変形が残存したとされていることや、原告を直接診察した医師も、上記の症状は本件骨折による後遺症を考える旨の意見を述べていることに鑑みれば、この症状は本件骨折によるものであることが医学的に証明できるものと認めるのが相当である」として、「この症状は後遺障害等級12級13号に該当する」と認めました。

また、右第4趾の機能障害については、「原告の右第4趾の近位指節間関節の可動域が健側の2分の1以下に制限されていることが認められるところ、この症状は右第4中足骨頸部骨折によるものであると認めるのが相当である」として、「この症状は後遺障害等級14級8号に該当する」と認定しました。

その結果、「原告に残存した後遺障害は併合12級に該当する」と認定したものです。

その上で、後遺障害逸失利益については、以下の通り判断しました。

「原告に残存した症状に照らせば、原告が陳述する職務遂行上の支障が生じたことは優に認めることができるから、平成29年の給与収入が平成28年と同程度であったのは、原告本人の努力や、原告が陳述するような周囲の支援によるものであると認められる」としました。

そして、「原告は、本件事故後、看護師としての仕事がこなせなくなり、同僚の負担となってしまったとして、本件事故当時に勤務していた医療機関を退職したとの事情のほか、後遺障害の内容及び程度に照らせば、労働能力喪失率は14%、労働能力喪失期間は36年と認めるのが相当である」と判断して、事故時給与収入を基礎収入に36年間14%の労働能力喪失により認定したものです。

【ポイント】

自賠責保険が非該当と判断した症状について裁判所が後遺障害を認定した事案です。

後遺障害12の労働能力喪失期間としては10年前後とする裁判例も少なくありませんが、札幌地裁は、67歳まで36年間という長い期間を認定しています。

大阪地裁 令和3年2月25日判決

12級7号右股関節機能障害を残す減収のない公務員(30代女性)の逸失利益を今後の職務や異動の範囲が制限される可能性等から事故前年収を基礎収入に34年間10%の労働能力喪失で認定した

解説

【事案の概要】

公務員の原告(30代女性)は、交差点の横断歩道を歩行横断中、右方から進入してきた被告運転の普通乗用車に衝突され、骨盤骨折等の傷害を負い、110日入院、約1年3カ月間通院し、自賠責12級7号認定の右股関節機能障害を残して、既払金を控除し約780万円を求めて訴えを提起しました。

【裁判所の判断】

大阪地方裁判所は、原告の後遺障害を自賠責同様12級7号認定し、事故前年収を基礎収入に34年間10%の労働能力喪失で後遺障害逸失利益を認め、原告歩行者の過失を7割と認定しました(自保ジャーナル2093号・32頁、確定)。

大阪地裁は、事故後減収のない原告の後遺障害逸失利益算定につき、「仮に原告に減収がなかったとしても、それは、業務内容等についての職場からの配慮や原告本人の努力によるものであるというべきであるし、原告の職種(保健師)に照らし、今後の職務や異動の範囲が制限される可能性もあること等にも鑑みると、一定の逸失利益を認める」として、「原告は、本件事故による後遺障害のため、症状固定時から67歳に達するまでの34年間、10%の労働能力を喪失した」と事故前年収を基礎収入に34年間10%の労働能力喪失で認定しました。

【ポイント】

減収のない公務員に後遺障害逸失利益が認められるかが争われた裁判です。

伝統的な見解であるいわゆる「差額説」に立つと逸失利益を否定する方向になり、「労働能力喪失説」に建つと肯定する方向になります。ただし実務では被害者の主張立証をふまえて個別具体的に判断しています。主張立証のポイントとしては、「本人の努力」、「勤務先の配慮」、「業務への支障」、「昇進昇級等における不利益」などがあります。

本件は、本人の努力・職場の配慮にくわえて、原告が市役所勤務の保健師であるところ、保育園に移動になった場合には俊敏で活発な動きができず園児の生命・身体の安全を守られず退職せざるを得ない事情なども考慮されたものです。

同種裁判例としては、12級7号右膝関節機能障害を残す減収のない公務員(50代男性)の逸失利益算定につき、定年退職後に再任用以外の転職を試みた場合、後遺障害が不利益をもたらす可能性があるとして、実収入を基礎に14年間14%の労働能力喪失を認めた大阪高裁平成31年1月22日判決などがあります。

神戸地裁 令和2年12月3日判決

自賠責非該当の30歳女性の左足部痛について14級9号を認定した

解説

【事案の概要】

横断歩道を横断中、同一方向後方から右折してきた普通乗用車に衝突され、左第2中足骨骨折、左下腿挫傷、頚椎捻挫の傷害を負って約10か月通院した事案です。

自賠責は非該当。左下肢痛、左足部痛から12級13号を主張して、被害者が既払い金を除いて約1500万円の損害賠償請求訴訟を提起しました。

【裁判所の判断】

神戸地裁は、左足部痛について14級9号を認定し、物損含めて約435万円の支払を命じました(自保ジャーナル2088号59頁。確定)

神戸地裁は、「左第2中足骨骨折については癒合しているものの、原稿は本件事故当初から左足部の痛みを訴えており、その症状は症状固定後も現在に到るまで残存しているものと認められる。そうすると、原告の左足部の痛みについては、本件事故と相当因果関係のある後遺障害であると認めるのが相当である」と認定しました。

その上で、「その程度としては、骨折が癒合していることに照らして、別表14級9号相当である」と認定しました(労働能力喪失率5%、喪失期間5年)。

なお物的損害については(バック、ピアス、化粧品、コート)、「これらの物品については、いずれも原告が日常使用していたものと認められるから、平均して購入価格の3割を時価額と認め、本件事故と相当因果関係のある損害と認める」と判断しました。

【ポイント】

本件は、自賠責非該当、被害者12級主張という事案について、裁判所が後遺障害14急を認定した事案です。

診療録(カルテ)の内容や法廷証言が不明ですが、恐らく一貫した痛みの主張があり、裁判所としても信用できると判断したものと思われます。

自賠責非該当で後遺障害12級ないし14級が争われる事案は少なくありませんが、事故内容、診療録の内容などによって、判断も種々ありうるところです。

物損の認定については、購入時期から減価償却したり、購入額の一定割合を認定したり、様々な認定方法があります。

本件の物損は購入時期は事故から1年以内のものですが、バック・ピアス・化粧品・コートという女性の原告が日常かなりの頻度で使用していたものと思われることから、裁判所は、比較的控えめに、購入価格の3割(12万9075円)を認定したものと思われます。

神戸地裁 令和2年6月11日判決

自賠責12級の顔面醜状の30代会社員の後遺障害逸失利益を67歳まで7%で認定した

解説

【事案の概要】

タクシーが赤信号で交差点に進入して訴外車両と衝突し、タクシーの乗客であった被害者が顔面挫創、左7、8肋骨骨折、左目瞼裂傷等の傷害を負った事案です。
自賠責12級14号の顔面醜状の後遺障害の認定を受けた被害者は、既払金約328万円を控除した残金約1163万円の支払いを求めて提訴しました。

自賠責は、顔面肥厚性瘢痕等に伴う左目下部の線状痕、左頸部の2か所の線状痕について、人目につく程度以上のものと認められ、左目下部の線状痕は長さ3cmメートル以上と捉えられるとして、後遺障害12級14号と認定していたものです。

被害者(原告)は、自賠責認定に基づき12級の喪失率14%、67歳まで30年間の後遺障害逸失利益を求めました。

【裁判所の判断】

被告は後遺障害の存在自体を争いましたが、裁判所はまず後遺障害12級を認定。

そして喪失率については、原告の業務内容(配達業務)、仕事関係者と接した際に顔の瘢痕について指摘されることがあり心理的に他人の目を気にするようになっていたこと、線状痕を目立たなくするために伊達メガネを着用したり、帽子をかぶったりするようになったこと、転職活動では接客や営業の仕事は避けるようになったこと等から、7%の喪失率として認定したものです(自保ジャーナル2081号73頁)。

【ポイント】

外貌醜状については、後遺障害等級表の改訂がありました。平成22年(2010年)以降に発生した事故については、まず男女の区別がなくなりました。
そして、外貌に醜状を残すものが「12級」、外貌に相当程度の醜状を残すものが「9級」、外貌に著しい醜状を残すものが「7級」とされることになりました。

12級については男女問わず相当数の裁判例があります。

被害者の置かれた状況・職業、瘢痕の場所・程度などを総合考慮して、裁判所は労働能力喪失率を認定しています。

また喪失率とともに後遺障害慰謝料についても、労働能力への直接的な影響は認めがたいとしても間接的に労働能力に影響を及ぼすおそれがある場合には、自賠責よりも増額することもあります。逆に減額することもあり、事案に応じたバランスを取っています。

本件の神戸地裁判決も後遺障害慰謝料としては、原告請求額である290万円から減額して280万円と認定しています。

大阪地裁 令和2年8月27日判決

自賠責14級肩痛を12級肩関節機能障害とし、減収ない公務員に23年間・14%労働能力喪失の5割の限度で後遺障害逸失利益を認めた

解説交差点を自動二輪車で直進中、左側車線を先行していた被告車両が左折して衝突し、頚椎捻挫・腰椎捻挫、左肩挫傷・左肩腱板損傷・左肩鎖関節炎の傷害を負い、自賠責では14級認定されていた事案です。

被害者は12級13号左肩痛・12級6号左肩関節機能障害の併合11級の後遺障害が後遺したと主張して提訴しました(自保ジャーナル2080号34頁)。

これに対して、大阪地方裁判所は、「左肩上方痛等の疼痛は、左肩腱板損傷及び左肩鎖関節炎に起因し、これらの症状が画像所見によって裏付けられていることや疼痛の程度からすると、局部に頑固な神経症状を残す」として後遺障害12級13号に該当すると判断しました。

なお左肩関節の可動域制限については、左肩腱板損傷及び左肩鎖関節炎に起因する左肩上方痛が残存するために生じたものであることからすれば、後遺障害等級を併合11級とは評価できないと判断したものです。

また後遺障害逸失利益の算定にあたっては、被害者(原告)が公務員であり、平成29年の年収が約860万円であり、事故後減収が生じていない点が争点になりました。

この点については大阪地裁は、「14%の労働能力を23年にわたって(注67歳まで)喪失したものとして算定される額の損害が生じたと当然に認めることはできない」とした上で、他方、「原告の年収は減少していないものの、後遺障害があるため業務に支障は出ており、職場や職員の配慮により対処することができている状態であり、今後も業務への支障が継続することは避けられない見通しである上、後遺障害があるため、災害時に本来想定されるだけの活動も見込めないこともあって、将来の人事考課に影響を及ぼす」として、事故時実収入を基礎収入にして、67歳までの23年14%の労働能力喪失を認めつつ、その5割の限度で後遺障害逸失利益を認定したものです。

減収がない場合にも本人・家族の努力、職場の配慮などで維持できている場合や何らかの影響が見込まれる場合には、後遺障害逸失利益が認められます。

裁判例も多く、後遺障害の喪失率でバランスを取る場合も多いですが、本件は、総額の割合認定という判断を取っています。当事者の主張立証や被害者の置かれた状況によって様々な判断が見受けられるところです。

千葉地裁 令和2年6月17日判決

自賠責8級認定の脊柱変形障害を8級と11級の間と認め32%の労働能力喪失で後遺障害逸失利益を認めた

解説兼業主婦(60代女性)が交差点横断歩道を歩行中、右折してきた被告車両と衝突転倒し、腰椎圧迫骨折による自賠責8級脊柱変形障害認定を受け、その後訴訟を提起した事案です。

千葉地裁(自保ジャーナル2078号24頁)は、まず労働能力喪失率について32%と認定しました(*8級45%、11級20%)。

自賠責の認定を前提にしつつ、胸腰椎部の可動域が、参考可動域角度の2分の1以下には制限されていないことから、8級(*脊柱に運動障害を残すもの)と11級(*脊柱に変形を残すもの)の中間の事例と認定したものです。

基礎収入は平成28年女性学歴系により376万2300円と認定してます。

有職主婦の場合、実収入(本件では120万円)が平均賃金を下回る時には平均賃金により算定します。具体的には賃金センサス学歴系女性労働者の全年齢平均賃金額となります(最高裁昭和49年7月19日判決)。本件も基礎収入についてはこの見解により賃金センサスを採用したものです。

脊柱変形障害については裁判例の争いの多い類型になります。被害者の年齢・職業・後遺障害の程度などを具体的に主張・立証することが一つのポイントになります。

例えば自賠責8級脊柱変形障害の事案について、大阪地裁平成30年11月20日判決は「35%」の労働能力喪失率(39歳男子飲食店経営)、東京地裁平成29年5月29日判決は運動障害が認められないとして「14%」の労働能力喪失率(54歳専業主婦)、名古屋地裁平成29年6月23日判決は「45%」の労働能力喪失率(63歳主婦)を認定しています。

最高裁 令和2年7月9日判決

4歳児が市道を歩行横断中、大型貨物車両に衝突された結果、脳挫傷・びまん性軸索損傷等から自賠責3級3号認定の高次脳機能障害を後遺した事案です。

解説最高裁は、下記の通り、交通事故の被害者が後遺障害逸失利益について定期金賠償を求めている場合に,同逸失利益が定期金賠償の対象となると判断しました。

また、交通事故に起因する後遺障害逸失利益につき定期金賠償を命ずるに当たり、被害者の死亡時を定期金賠償の終期とすることを要しないとも判断しました。

まず最高裁は、後遺障害の逸失利益の性質について説明します。

上記損害は、不法行為の時から相当な時間が経過した後に逐次現実化する性質のものであり、その額の算定は、不確実、不確定な要素に関する蓋然性に基づく将来予測や擬制の下に行わざるを得ないものであるから、将来、その算定の基礎となった後遺障害の程度、賃金水準その他の事情に著しい変更が生じ、算定した損害の額と現実化した損害の額との間に大きなかい離が生ずることもあり得る。

その上で、最高裁は、民法722条1項・民訴法117条の解釈論を展開します。

民法は、不法行為に基づく損害賠償の方法につき、一時金による賠償によらなければならないものとは規定しておらず(722条1項、417条参照)、他方で、民訴法117条は、定期金による賠償を命じた確定判決の変更を求める訴えを提起することができる旨を規定している。同条の趣旨は、口頭弁論終結前に生じているがその具体化が将来の時間的経過に依存している関係にあるような性質の損害については、実態に即した賠償を実現するために定期金による賠償が認められる場合があることを前提として、そのような賠償を命じた確定判決の基礎となった事情について、口頭弁論終結後に著しい変更が生じた場合には、事後的に上記かい離を是正し、現実化した損害の額に対応した損害賠償額とすることが公平に適うということにあると解される。

そして不法行為の制度趣旨である損害の公平な分担の概念から、定期金賠償が可能と判断したものです。

そして、不法行為に基づく損害賠償制度は、被害者に生じた現実の損害を金 銭的に評価し、加害者にこれを賠償させることにより、被害者が被った不利益を補填して、不法行為がなかったときの状態に回復させることを目的とするものであり、また、損害の公平な分担を図ることをその理念とするところである。このような目的及び理念に照らすと、交通事故に起因する後遺障害による逸失利益という損害につき、将来において取得すべき利益の喪失が現実化する都度これに対応する時期にその利益に対応する定期金の支払をさせるとともに、上記かい離が生ずる場合には民訴法117条によりその是正を図ることができるようにすることが相当と認められる場合があるというべきである。

以上によれば、交通事故の被害者が事故に起因する後遺障害による逸失利益について定期金による賠償を求めている場合において、上記目的及び理念に照らして相当と認められるときは、同逸失利益は、定期金による賠償の対象となるものと解される。

なお、交通事故に起因する後遺障害逸失利益につき定期金賠償を命ずるに当たり被害者の死亡時を定期金賠償の終期とする必要はないと判断しました。

また,交通事故の被害者が事故に起因する後遺障害による逸失利益について一時金による賠償を求める場合における同逸失利益の額の算定に当たっては,その後に被害者が死亡したとしても,交通事故の時点で,その死亡の原因となる具体 的事由が存在し,近い将来における死亡が客観的に予測されていたなどの特段の事情がない限り,同死亡の事実は就労可能期間の算定上考慮すべきものではないと解するのが相当である(最高裁平成5年(オ)第527号同8年4月25日第一小法廷判決・民集50巻5号1221頁,最高裁平成5年(オ)第1958号同8年5月31日第二小法廷判決・民集50巻6号1323頁参照)。上記後遺障害による逸失利益の賠償について定期金という方法による場合も,それは,交通事故の時点で発生した1個の損害賠償請求権に基づき,一時金による賠償と同一の損害を対象とするものである。そして,上記特段の事情がないのに,交通事故の被害者が事故後に死亡したことにより,賠償義務を負担する者がその義務の全部又は一部を免れ,他方被害者ないしその遺族が事故により生じた損害の填補を受けることができなくなることは,一時金による賠償と定期金による賠償のいずれの方法によるかにかかわらず,衡平の理念に反するというべきである。したがって,上記後遺障害による逸失利益につき定期金による賠償を命ずる場合においても,その後就労可能期間の終期より前に被害者が死亡したからといって,上記特段の事情がない限り,就労可能期間の終期が被害者の死亡時となるものではないと解すべきである。

そうすると,上記後遺障害による逸失利益につき定期金による賠償を命ずるに当たっては,交通事故の時点で,被害者が死亡する原因となる具体的事由が存在し,近い将来における死亡が客観的に予測されていたなどの特段の事情がない限り,就労可能期間の終期より前の被害者の死亡時を定期金による賠償の終期とすることを要しないと解するのが相当である。

横浜地裁 令和2年1月9日判決

後遺障害1級1号を後遺する48歳男性の将来介護費用を65歳から平均余命まで日額1万円で認定し、自宅建設費用を1267万円認めた

解説高速道路を大型自動二輪車で走行中、前方の被告乗用車が車線変更してきたため転倒し、第1腰椎圧迫骨折、腰髄損傷等の傷害を負い、完全対麻痺、膀胱直腸傷害等から自賠責1級1号の後遺症を認定されたケースです。

自宅建設関連費用について、裁判所は、「旧宅については、これをリフォームすることは困難であり、車いすで生活できるように新たに改築する必要があったことから、旧宅解体工事費用、設計費用、測量費用及び新宅建設費用は、本件事故と相当因果関係が認められる」とした上、「原告は、新宅建設費用について、新宅の建築代金から、福祉設備を除いた形で同規模の住宅を建築する場合に要する費用との差額を請求しているところ、このような請求方法は、まさに車いすでの生活のために必要となった付加的部分を限定的に請求しようとする正当なものということができる」として約1267万円を損害として認定しました。

また将来介護費用について、「加齢による上半身の筋力低下等によって、現在できている日常生活動作などについて介助が必要になっていくことは十分に予想される」、「医師が原告の介護の必要性について、およそ65歳頃、遅くとも70歳頃には、更衣・移乗の動作介助、入浴時の洗体・移乗介助、排便時の座薬挿入、浣腸、適便などの介助、家事援助、外出の付添といった介助が必要になるとの意見を述べている」ことから、65歳以降の職業介護費とによる介護の必要性認めて、平均余命までの17年間につき日額1万円の将来介護費用を認定したものです。

後遺障害の程度によっては家屋や自動車の改造費が損害として認定されることがあります。
本件のように新築工事費と介護設備のない新築工事費の差額を認定する裁判例(例えば、神戸地裁平成31年3月27日判決は、1級1号後遺障害について1143万円認定)や、工事費用の一定割合を損害として認定する裁判例などがあります(仙台地裁平成27年3月30日判決は、四肢麻痺による1級1号後遺障害について、工事費用の70%・1956万円認定)。

熊本地裁人吉支部 令和元年5月29日判決

59歳男子の歯牙障害を10級既存障害と認定し、事故による歯牙障害の発生・加重は認められないとして2割の素因減額した

解説交差点を普通貨物車で進行中、一時停止道路から進入してきた被告車両に衝突され、歯牙喪失、腰部打撲、頚椎捻挫等の傷害を負ったとする事案です。

裁判所は、「原告には、本件事故当時、既存障害として14歯以上の歯牙が喪失欠損歯であったことが認められ、これは、自賠責後遺障害等級別表第二の10級4号に相当する既存障害であるとみるべきである」と判断しました。

その上で、「本件事故によって生じた原告の歯牙障害は、左上2の喪失及びブリッジないしその前装部の破損にとどまっており、本件事故によって、後遺障害の発生ないし加重は認められない」としました。

そして、素因減額について裁判所は、「本件事故に起因する歯牙障害の機序は、原告の既存障害により、臼歯の多くが欠損しており、本件事故の衝撃による急激な上下顎の噛みこみによって、咬合圧が分散せずに前歯部に集中したことによる欠損であると考えられ、原告が既存障害が大きく寄与していたとみるべきであるから、20%の素因減額を認める」と判断しました。

歯牙欠損による素因減額事例としては、横浜地裁平成22年1月27日判決が、「事故前に10歯を喪失、さらに少なくとも11歯に治療をしていたのが全義歯になったことは、体質的な素因にも起因することを否定することはできない」として、素因減額4割を認定してます。

大阪地裁 平成31年1月30日判決

54歳男子の四肢麻痺について後遺障害2級1号を認定し、職業介護人による将来介護費は日額8000円を認めた

解説被害者が自動二輪車で走行中、路外駐車場から左折進入してきた加害車両に衝突され、頚髄損傷及び肺挫傷等の傷害を負い、四肢麻痺及び膀胱直腸傷害等の後遺障害を後遺した事案です。

裁判所は、四肢麻痺の程度について、「原告は本件事故直後は、頚髄損傷等により日常生活全般を行うことができず、その全てについて介助が必要な状態であった」が、「現在の原告の状態をみても、少なくとも、電動ベットの操作や座位の保持、支持による立位保持及び自宅での車椅子での移動等の基本的な動作、食事、自己導尿による排尿等を行うことができているうえ、公的サービスの利用状況も、原告姉が不在の場合の自宅と病院との移動支援を受けているのみで、短時間であれば一人ですごせることがうかがわれる」と事実認定しました。

その上で、「原告の四肢麻痺の程度は、高度の麻痺の基準である『障害のある上肢又は下肢の運動性・支持性がほとんど失われ、障害のある上肢又は下肢の基本動作ができない』程度のもとはいえず、中程度の麻痺基準の程度であると認められるとして、「本件事故により原告に残存している後遺障害の程度は、2級1号(神経系統の機能または精神に著しい障害を残し、随時介護を要するもの)に該当する」と2級1号後遺障害を認定したものです。

そして、後遺障害逸失利益については、「原告は、症状固定時から12年間にわたり、その労働能力を100%喪失したものと認められる」として実収入を基礎収入に12年間100%の労働能力素質を認めました。

介護費用については事故後から現在に至るまでの介護実態に照らして、現在、原告の在宅介護を担っている原告姉が59歳であるから、以後8年間は、姉による介護が期待できるとして日額6000円を認めるとともに、その後の17年は、職業介護人による介護を要するとして日額8000円を認定したものです。

2級1号後遺障害を残す被害者の将来介護費用については、大阪地裁平成30年1月15日判決が、妻が67歳に達するまでの3年間は日額4500円、それ以降の平均余命までの17年間は職業介護人による日額9000円を認定したものなどがあります。

横浜地裁 平成30年3月19日判決

重度意識障害による後遺障害1級の被害者について、入院雑費として日額1500円を平均余命まで認め、付添費用として隔日、日額6500円を平均余命まで認めた

解説父親所有の車両を酩酊した友人が運転している際に事故にあった事案であり、過失相殺・運行供用者など多数の論点がある事案ですが、ここでは損害論について説明します。

被害者(20代)は遷延性の重度意識障害のため、意識がない上、生命を維持するために必要な措置を医療機関において実施している状態です。

被害者の状態に照らして、裁判所は、症状固定後の入院雑費(将来の雑費)の必要性を認めて、日額1500円を平均余命まで58年間分についてに止めました。

また、将来の付添介護費についても、看護体制の整っている医療機関に入院しているものの、両親が極めて頻繁に病院を訪問し、身体を摩ったり声かけを行い、被害者が開眼して眼球が動く、笑顔を見せるという変化が生じていることから、「少なくとも隔日程度の割合で付添看護する限度では必要性・相当性を認めるのが相当である」と判断しました。

その他の損害としては、後遺障害逸失利益について男性学歴計・全年齢平均賃金を基礎として67歳まで約9500万円、後遺障害慰謝料として3200万円(本人2800万円、両親各200万円)、過失相殺(20%)後の本人分損害額として1億6500万円余りを認定したものです。

東京地裁 平成30年6月22日判決

男子医学部生の自賠責12級右頬部瘢痕の後遺障害逸失利益を否認し、後遺障害慰謝料320万円で考慮した

解説男子医学部生の原告が、交差点一時停止路から自転車で進入した際、左方道路から進行してきた普通貨物車に衝突されて、顔面瘢痕を後遺して自賠責12級4号に認定されたケースです。

裁判所は、「本件事故による原告の右頬部の瘢痕は、その場所や色、形状等からすると、人目につきやすいものではあるが、本件証拠上、原告が研修医として勤務を開始するまでの過程や研修医として勤務中に、醜状障害を理由に不利益をうけた様子はうかがわれない」として、「医師の業務の内容、原告が研修医として勤務していた際、消化器外科か整形外科になることを考えていたことを考慮すると、原告の醜状障害が原因で医師としての就職に支障が生じたり、失職や転職を余儀なくされたり、業務の遂行に具体的な支障が生じたりするとは認めがたい」として、「原告の右頬部の瘢痕が労働能力の喪失をもたらすものとは認められず、原告の後遺障害による逸失利益が発生したと認めることはできない」と後遺障害逸失利益を否認したものです。

一方において、「医師の業務は、患者等とのコミュニケーションを伴うものであり、原告の年齢も考慮すると醜状障害の存在による精神的な影響は否定できないところ、このような事情は慰謝料の算定において考慮する」として320万円の慰謝料を認定しました。後遺障害12級の後遺症慰謝料は290万円とされていますので(赤本。本件原告の請求も290万円)、30万円加算したものになります。

後遺障害が認められるものの逸失利益が認定されない場合に、若干慰謝料に加算する判断は見受けられます。

例えば、東京地裁平成26年1月14日判決は、12級14号の顔面醜状を後遺する20代の演劇研修生・アルバイトの後遺障害逸失利益について、右眉部の線状痕によって俳優としての将来得べかりし収入が減少したとは認められないとして、後遺障害逸失利益を否認して慰謝料で考慮しています。

神戸地裁明石支部 平成29年12月22日判決

歩行中に乗用車に衝突して右膝後十字靱帯損傷による後遺障害12級について、事故前の治療歴から4割素因減額した

解説男子会社員の原告が、店舗駐車場を歩行中、後退してきた被告乗用車に衝突され、右膝後十字靱帯損傷を後遺して自賠責12級7号の後遺障害認定を受けた事案です。

一方、原告は2年前、右膝後十字靱帯損傷による治療歴がありました。

裁判所は「2年前の膝の症状は保存的治療を継続せずに短期間で軽快し、その後、日常生活への支障も認められていないのに対して、本件事故後の右膝の痛みは長期間継続し、本件事故後の症状の方がより重いと認められ、これを既存の後十字靱帯損傷によって全て説明することは困難であり、本件事故により原告の右膝従事靱帯に新たな損傷が生じたものと推認するのが相当である」として事故と後遺障害との因果関係を認定しました。

一方において、「原告の右膝十字靱帯訴訟により生じた損害は、既存の靱帯損傷と本件事故による靱帯損傷とが共に原因となって生じていると認められ、原告の損害の内容及び額、既存の靱帯損傷の寄与度等を勘案すると、被告に損害の全部を賠償させるのは公平を失する」として4割を素因減額しました。

従前事故による素因減額が争われた裁判例は多く、例えば、京都地裁平成27年9月16日判決は、交通事故によって10級右肩関節機能障害を残したケースについて、本件事故の3年5月前に右肩関節機能障害を残しており、重篤化・難治化する素因があったとして5割減額しました。

神戸地裁 平成29年7月12日判決

12級右肩関節唇損傷はラケットボール全国大会に出場していることから否認した

解説自賠責保険が後遺障害14級認定していたところ、被害者が、右肩痛等から12級後遺障害の後遺を主張したという事案です。

裁判所は、「関節唇損傷は、外傷性のものだけではなく、肩を挙上して振りかぶる動作や肩関節を捻転する動作を繰り返すことにより発生する場合がある」という医学的知見を認定した上、「右肩関節唇損傷の所見が初めて得られたのは事故から6か月以上が経過したMRIによるものであること」、「原告は、本件事故から同日まで、ラケットボールの全国大会に出場するなど右肩関節唇損傷の機序となりうる動作を行っていることなどをあわせ考えると、右肩関節唇損傷が本件事故に基づくものとは認めるに足りない」と本件事故による右肩関節唇損傷の受傷を否認しました。

被害者の生活歴やスポーツ歴から受傷の事実や後遺障害の有無について疑義が生じるケースは少なくありません。

横浜地裁 平成29年7月14日判決

自賠責14級認定を受けた32歳女性が事故1週間後から約1年9ケ月渡航していたこと等から後遺障害の残存を否認した

解説乗用車に同乗中、被告車両に出会い頭に衝突あされて、頸椎捻挫後の頸部痛から自賠責14級9号の後遺障害認定を受けた事案です。

しかしながら、被害者には事故前から腰部痛等の症状があったにもかかわらず、医師が作成した後遺障害診断書においては、既存障害が「無」とされていました。

また、被害者は事故から1週間後には外国へ出国しており、医師が再度受診できたのは1年9か月後で、その数日後に症状固定と診断されました。
自賠責保険に提出された後遺障害診断書には、外国出国中にも通院治療が継続したと理解できるような記載がされており、「このような後遺障害診断書等を基にして作成された、損害保険料率算出機構による後遺障害の判断は採用することができない」と横浜地裁は認定したものです。

医師作成による後遺障害診断書の信用性・証明力が否定された事案になります。

後遺障害認定が否定された裁判例としては、事故から7年以上が経過してから通院を開始して後遺障害の診断が下された事案において、札幌地裁平成28年11月1日判決は、「仮に同障害の残存が事実であるとしても、本件事故により生じたとは認められない」と判断しています。

東京高裁 平成29年4月13日判決(最高裁平成29年9月15日決定)

要介護3の50歳代男性が追突された症状は軽微で1か月程度で治癒と認定し、休業損害も否認した

解説要介護3の男性が自車車両を運転して停止中、普通貨物車両に衝突されて5級後遺障害を後遺したと主張した事案です。

東京高裁は「原告の後縦靱帯骨化症は平成10年より前に発症し、緩徐に進行していったもので、原告は既に事故前に要介護3に認定され、主に上肢の筋力が低下して上肢全体に知覚鈍麻があるなどの症状が出ていた」、「本件事故は軽微で、原告の受傷も比較的軽症であったと認められること、診療録にも事故を起こす前のレベルまで筋力ほぼ回復傾向とあること」等から、原告の本件事故による受傷は、事故から1か月程度で治癒したものであると症状固定日を認定しました。

また原告の請求する休業損害について、年収を算定できる資料を提出しないこと、確定申告をしていないと述べながら保険会社には所得税の申告内容確認票を提出するなど矛盾した行動を取っていることから、「原告が本件事故による休業損害があったと認めるに足りる証拠はない」と認定しました。

収入が認められず休業損害を否認した裁判例は少なくなく、例えば大阪地裁平成24年3月23日判決は、背部痛から自賠責14級9号の後遺障害を後遺した女性ピアノ講師について、市民税・府民税証明書において収入0円とされていることから、「本件事故前に得ていた収入の存在を認定する証拠がない」として休業損害を否認しています。

なお被害者は最高裁判所に上告および上告受理申立てを行いましたが、平成29年9月15日決定にて上告棄却となっています。

横浜地裁 平成29年7月18日判決

後遺障害1級1号の四肢麻痺等を残す50歳男性の人身損害額として4億3328万円を認定した

解説50歳の男性コンサルト業を営む男性が交差点を自動二輪車で進行中、被告車両に衝突されて、外傷性くも膜した出血、急性硬膜下血腫等の傷害を負った結果、四肢麻痺等の後遺障害を後遺したという事案です。

過失相殺する前の人身損害額として4億円を超える損害を認定した裁判例です。コンサルト業の収入として年2400万円を認定して同額を基礎とした上、休業損害と後遺症逸失利益を算定しているため総損害額が高額になっているものです。休業損害としては3228万円、後遺症逸失利益としては67歳まで15年間・100%の労働能力喪失率にて2億4911万円を認定しています。

その他の損害項目としては、家屋改造費770万円が認定されています。原告が提出した見積額は1106万円でしたが、「本件事故がなくても相当期間経過後には修繕が見込まれたこと、家屋改造によって原告以外の家族も一定の利益を受ける」ことから見積額の約7割を損害として認定しました。

さいたま地裁 平成29年6月1日判決

追突事故によって12級13号後遺障害が残存したとの原告の主張に対し事故との因果関係を否認し、頸椎・腰椎の身体的素因から3割素因減額した

解説30代の運転代行業の男性が追突事故によって頸椎捻挫等から12級後遺障害が残存したとして約1200万円の損害請求訴訟を提起した事案です。

さいたま地方裁判所は、事故直後に診察した病院では四肢にしびれはないと診断されていること、その後の別の病院への通院期間中も、診療録にはしびれの症状記載は一切ないこと、事故から5か月後の診断書で初めて両上肢のしびれ感の記載が現れていること等から後遺障害の残存を否認しました。

そして、原告は事故によって頸部打撲捻挫、むち打ち症、左胸背部打撲、腰部打撲捻挫等の傷害を負って、受傷から6か月経過して症状固定したと主張していました。

これに対しても、裁判所は、上記傷害が本来、軟部組織の損傷であって、一般的には3か月程度で治癒するものであることからすれば、受傷から症状固定まで6か月の長期間を要したことや、症状固定後も痛み症状が残存したことなど、原告の損害が拡大したことには、原告の頸椎・腰椎の既存の身体的素因による影響があったものと推認できるとして3割素因減額して合計約160万円の損害のみ認定した判決です。

判決文を子細に読みますと、医療機関にもかなり問題があったようです。患者が通院していた7か月間に渡って診療録にいっさい「しびれ」を記していないにもかかわらず、後遺症診断書には「患者はしびれを訴えている」と記載していました。また通院期間中に歩行障害があった旨の記載がないにもかかわらず、後遺障害診断書には「歩行障害」とも記していました。

いつも言うのですが、交通事故の真の被害者を適切に救済するためには、一方において、長期間の治療が不必要なケースにおいては、医療機関も不要な治療は毅然として行わない等のプロフェッショナルな姿勢が求められます。「交通事故だからどうせ保険会社が支払ってくれるだろう」という一部医療機関にうかがえる安易な姿勢が、医療費がなかなか減っていかない構造の一要素になっています。

なおこの事案は治療が長期化したため、加害者側から債務不存在確認訴訟を提起したため、損害保険料率算出機構による自賠責保険における後遺障害の認定は受けていない事案でした。

札幌地裁平成28年3月30日判決

1級1号遷延性意識障害を残し余命期間にわたって入院の30歳男子の将来医療費を年額840万円で認定した

解説30歳男子公務員が交差点を歩行横断中、被告運転の普通貨物車に衝突されて、外傷性脳内出血、外傷性くも膜下出血等の傷害を負い、遷延性意識障害の1級1号後遺症を後遺したとして、既払金1億2209万円を控除して4億6379万円を求めて訴えを提起した事案です。

札幌地裁は、原告の将来医療費を余命期間にわたって年額840万円で認め、将来介護費は年額219万円で認めました。

将来医療費については、「原告が症状固定時から引き続き46年の余命期間にわたって入院する必要があり、1年当たり840万円の医療費が生じることになったものである」、「原告は平成28年1月まで、国民健康保険法に基づく保険給付等による助成を受け、入院に伴う医療費を支払っていないが、その後は、同様の保険給付等の存続が確実であるということができないから、損害から控除すべき保険給付等は、当初の3年のものである」と判断したものです。

将来の医療費については重篤な後遺障害を後遺した場合に特に論点となります。

同様の裁判例としては、1級1号高次脳機能障害を残す62歳男子の将来入院費について、月額12万円で平均余命の21年間に渡って認めた東京地裁平成25年8月6日判決や、1級1号遷延性意識障害を残す74歳女子について、平均余命12年間について毎年108万円の治療費を認定した大阪地裁平成27年5月27日判決などがあります。

大阪地裁平成28年8月29日判決

1級四肢麻痺を残す47歳男子の将来介護費を職業付添人と近親者合わせて日額1万8000円で認定した

解説47歳男性が自動二輪車で走行中、対向右折車を避けて転倒し、頸髄損傷等による四肢麻痺障害を後遺したものです。

大阪地裁は、将来介護費について、職業付添人と近親者合わせて日額1万8000円を認定しました。

原告(被害男性)は常時会介護を要する状況であり、妻がその一部を担っていましたが、大半は介護サービスを利用して職業付添人が行っていました。

裁判所は、職業付添人とともに妻による在宅介護を合わせて行う必要性・相当性があると認定した上、合わせて1万8000円の介護費を損害として認定したものです。

交通事故の損害賠償額算定基準(いわゆる赤い本)によると、「職業付添人は実費全額、近親者付添人は1日につき8000円」とされますが、裁判例は、各介護の実情に応じて柔軟に認定しています。

例えば、大阪地裁平成19年1月31日判決は、高校生女子が遷延性意識障害を後遺した事案において、現在介護に当たっている母が67歳までは母も補助を行う可能性を考慮して日額1万4000円、母の67歳以降は日額1万8000円、合計1億977万円の損害を認定しています。

横浜地裁平成28年6月30日判決

左大腿切断等から2級後遺障害を残す66歳男子の自宅付添費を日額3500円で認め、将来介護費は日額1000円で平均余命分認定した

解説66歳男子会社員が原付自転車を運転中、先行する中型貨物が路外施設に左折して衝突されたものです。

横浜地裁は、左大腿切断等から2級後遺障害を残した被害者の自宅付添費を日額3500円で認め、将来介護費は日額1000円で平均余命分認定しました。

被害者は日常生活はほぼ独力で行うことが可能な状況でしたが、呼吸苦・動悸によって100メートル以上の報告が困難な状態であり、今後も外出時や入浴には近親者の介助が必要でした。裁判所は、「介護が必要な場面は限定されたものにとどまり、将来職業介護者を依頼する必要性が生じる蓋然性があるとは認められない」として、日額1000円という認定をしたものです。

脳機能障害など1級後遺障害の場合は、近親者付添人として1日8000円程度が認められますが、本件は、症状に照らして1000円という認定をしたものになります。

なお2級障害であっても、高次脳機能障害の場合には日額7000円を認めた判例もあります。

そのほか、右大腿骨切断等によって3級後遺障害を残すケースについて日限1000円・31年間を認めたもの(福岡地裁小倉支部平成25年5月31日判決)、10歳男子が遷延性意識障害、13級左眼視力障害、7級神経障害の併合3級を残した将来介護料について、「相応の介護がなければ生活していくことは困難」として日額5000円を認めたもの(平成12年2月9日大阪地裁判決)などもあります。

大阪地裁平成28年3月28日判決

研修医の事故1か月半後に弾発股が発生したとの主張について因果関係を否認して後遺障害の残存も認められないと否認した

解説30代の男性(研修医)が交差点を直進中、右側一時停止道路から進入してきた加害車両に出会い頭衝突され、後遺障害11級(自賠責被害等)を主張して7400万円強の損害を請求した事案です。

大阪地裁は、原告が主張する弾発股及び股関節唇損傷の発生と事故との因果関係を否認しました。

つまり、弾発股の発生機序として「腸脛靭帯が損傷した場合に、治癒の過程で肥厚化し、大転子と接触して弾発股が生じること、及び弾発股が受傷後3週間以降、徐々に進行することを認めるに足りない」としました。

そして、「少なくとも本件事故から10日以上の間、原告には目立った股関節痛が認められなかったことや、原告に弾発股の症状が現れたのは本件事故から約1か月半が経ってからであることに照らすと、本件事故の際に、原告の右半身側面が原告車の右ドアの内側に衝突したことが認められるとしても、弾発股の原因となるような損傷があったとは認められない」と判断しました。

大阪地裁は、後遺障害に関する損害は認めず、休業損害・通院慰謝料等として既払い金を除き、約120万円の損害を認定しています(過失1割)。

弾発股(だんぱつこ・snapping hip)とは、股関節の運動に伴って弾発現象(パキンと音が聞こえる等)を生じる複数の病態の総称をいいます(「今日の整形外科治療指針・第6版)。スポーツをする小児から青年にみられる股関節周辺の筋腱や靱帯による弾発と疼痛を来す疾患とされ、運動による繰り返される機械的負荷が発生原因と考えられています(医学大事典・第2版)。

本件のように、事故と受傷との因果関係が争われる場合、主張する障害の発生機序、事故から障害発生までの時間、障害の治療経過等が問題になります。

大阪地裁平成28年2月5日判決

第1事故で左膝痛12級を受ける28歳男子の第2事故による左膝可動域制限を10級認定し、加重部分を第2事故と因果関係のある後遺障害と認めた

解説タクシーとの衝突事故によって28歳男性が、左膝可動域制限を10級の後遺障害を負った事案です。

裁判所は、「原告は、第1事故によっても同じ左膝前十字靱帯を損傷しており、第2事故以前に、左膝の可動域がすでに12級7号に相当する程度に制限されていた」と認定した上、「第2事故と相当因果関係のある後遺障害としては、左膝可動域制限のうち、12級相当から10級相当に加重された部分というべきである」と判断しました。

その一方において、「第1事故による後遺障害の存在により第2事故後の治療が増大したとまでは認められず、積極損害について、第1事故による寄与度減額をするのは相当でない」と判断したものです。

当該交通事故によって被害を被る前から後遺障害が存在する場合、既存後遺障害部分を損害としては控除すべきかが争点になります。本判決は左膝という同一部分であることから既存後遺障害部分を控除、つまり既存の12級から10級に重くなった部分に限定して、本件事故と因果関係があると判断したものです。

また裁判所は、逸失利益については、原告が症状固定時に30歳と若年であることから、後遺障害による影響が長期に渡るとした上、67歳までの37年間の労働能力の喪失期間を認定し、10級の27%から、12級の14%を控除した13%の労働能力喪失率を認定したものです。

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