東京地裁 令和5年8月10日判決
脳外傷等から自賠責1級1号高次脳機能障害及び身体性機能障害等を残す50代主婦の将来入院費等を日額1万8000円で平均余命まで認め、既往症が治療等の長期化に影響を与えたと3割の素因減額を適用した
解説
【事案の概要】
自賠責9級10号左手指巧緻性低下及び軽度体幹バランス障害等の既存障害を有する50代主婦の原告が、店舗駐車場内を歩行中、被告運転の普通貨物車に衝突され、脳外傷等の傷害を負い、485日入院し、高次脳機能障害及び身体性機能障害等から自賠責1級1号認定の後遺障害を残して、既払金を控除し約3億6000万円を求めて訴えを提起しました。
裁判所は、原告の将来入院費等を日額1万8000円で平均余命まで認め、センサス女性学歴計全年齢平均の65%を基礎収入に後遺障害逸失利益を認定し、既往症が治療等の長期化に影響を与えたと3割の素因減額を適用しました(確定。自保ジャーナル2159号1頁)。
【裁判所の判断】
まず将来入院費等の主張について、原告らは、「社会保険給付分の額を含めて将来入院費等を現時点における実費の水準で算定すべきである」と主張していました。
これに対して、裁判所は、「現時点において原告のCホームヘの入居継続を直ちに不相当とする事情が見当たらない・・・一方、Cホームヘの入居を前提とする実費よりも低額であることが見込まれ、被告が指摘する介護療養型医療施設への入院を不相当とする事情もまた見当たらない上、もとより、介護態勢は、原告の病状、家族等の援助及び社会保険給付を含む公的支援の有無・程度等を踏まえて将来にわたって変動し得る流動的な面を有することをも踏まえると、口頭弁論終結後の将来入院費等を算定するに当たっては、現時点における原告の後遺障害の内容及び程度並びに生活・介護状況等を参考としつつも、当該後遺障害等級において一般的な将来入院費等として認められる額とも照らし合わせて、控えめに算定せざるを得ないものと解されるから、必ずしも現時点における実費の水準が認められるわけではない」として、原告らの主張を否認して、日額1万8000円を認定しました。
また裁判所は、後遺障害逸失利益算定につき、基礎収入については、「原告は、本件事故後の後遺障害等級認定手続において、運動機能について左上肢が手指巧緻性低下、体幹が軽度バランス障害等とされていることを踏まえ、既存障害について、別表第二第9級第10号と認定されているところ、本件事故当時原告失等の家族と同居し、通所介護を受けながら、家事の中心的な担い手としてこれに従事していたものの、安定した歩行のためには杖や手すりが必要であるため、家事労働には時間を要し、その一部を原告夫が行っていたということができ、実際の家事労働も、認定された既存障害の影響を受ける状況にあったものと認められる」ことから、「このような既存障害の家事労働への影響を考慮すると、原告の基礎収入は・・・症状固定とされた令和元年女性学歴計全年齢平均賃金388万0100円の65%相当額である252万2065円とするのが相当である」と認定し、労働能力喪失期間については、「原告は症状固定日当時56歳であり、同年当時、56歳の女性の平均余命は32.86年であると認められるから、労働能力喪失期間はその2分の1である16年とするのが相当である」として、センサス女性学歴計全年齢平均の65%を基礎収入に平均余命の2分の1の16年間100%の労働能力喪失により認定しました。
そして裁判所は、以下の通り、3割の素因減額を適用しました。
「原告は、本件事故により頭部に衝撃を受け、気管切開や複数回の手術を要する重篤な状態に陥ったものの、その後の治療により徐々に回復傾向が見られ、本件事故からおよそ1か月後には指示動作、発語や嚥下食の摂取も可能な状態にまで至っていたということができる」が、「原告は、再度脳梗塞を発症し、これによりF病院の医師が説明するように一層重篤な症状を呈することとなったものである上、脳梗塞の状態が落ち着いたとして一旦はリハビリ目的でG病院に入院したものの、その後、大腸癌が発見されたことによりF病院やE大学病院に再度入院して検査や手術を要することとなったのであるから、このような経緯による治療期間の長期化も指摘せざるを得ない」等から、「本件事故以前に罹患したものと認められる大腸癌が、回復傾向を見せていた原告の脳塞栓症の再発及びこれを含む頭部症状に対する治療の長期化に一定の影響を与えたと認められ、その程度に鑑みれば、原告らの弁護士費用を除く全損害を通じ30%減額するのが相当である」としたものです。