名古屋地裁 令和6年2月14日判決
原告主張の3級高次脳機能障害は脳挫傷痕認められず、意識障害が軽度であることからびまん性軸索損傷やびまん性脳損傷も考え難く、本件事故による高次脳機能障害の残存を否認した
解説
【事案の概要】
原告(40代女性)は、丁字路交差点を自動二輪車で直進中、右折してきた被告車両に衝突され、頭部外傷、外傷性健忘症、左鎖骨骨幹部骨折、外傷性右動眼神経麻痺等の傷害を負い、約10日入院、約2年9か月間通院しました。
原告は、自賠責の認定した11級右眼球障害、同12級6号左肩関節機能障害以外にも、3級3号高次脳機能障害が残存し併合1級後遺障害を残したものであると主張して、既払金約380万円を控除し、約1億2800万円を求めて訴えを提起したものです。
名古屋地方裁判所は、原告主張の本件事故による高次脳機能障害の残存を否認し、原告車両の過失を1割と認定しました(確定。自保ジャーナル2172号1頁)。
【裁判所の判断】
裁判所は、画像を見た医師の見解が分かれているところ、C病院が脳挫傷と記載しているものの、画像を見たうえであるかも含め、その具体的根拠は不明であること、実際に原告の診察を担当したB大学病院、D大学病院、H病院、及び自賠責保険の後遺障害事前認定(異議申立て後も含む。)、一般財団法人自賠責保険・共済紛争処理機構の紛争処理委員会いずれも、頭部のMRI、CT画像から脳挫傷や脳萎縮の進行等の外傷性の異常所見が認められないと判断しており、丙川意見書が一般的な医学的知見として採用できるだけの根拠となる証拠はないとしました。
そして、丙川意見書及びC病院の診断書によって原告に、本件事故により外傷性脳挫傷が残存したと認めることはできず、ほかにこれを認めることのできる証拠はないと判断しました。
原告は、当初こそ記憶障害があったものの、退院時までに、医療従事者の前では病状や以前のICを覚えている旨述べるなど記憶障害は減退し、日常生活に支障はないと思われると判断されていたこと、退院時も多弁で、退院後本件事故について詳細に供述して被害者供述調書作成に耐えていたと指摘しました。
反面、入院中から、原告は原告一郎や看護師に対し、記憶障害があるような言動をすることがあったものの、これについて、人によって態度を変えていること、人目があると依存的になると担当医師が診療録等に記載しており、真実記憶障害があったのか疑問が残るとも指摘しました。
その上で、原告の記憶障害の症状は退院時にはかなり軽快し、意思疎通能力、社会的行動能力に欠如があると評価できるだけの状況であったと認めることはできないと判断しました。実際に、原告は退院後に一定程度の料理、洗濯を行えるようになっていき1人でリハビリに行くことができるようになるなど回復していったと指摘しました。
症状固定とされた日よりも後の平成29年頃から慣れない場所では急に話さなくなり、急に眠るなど、コミュニケーションがほぼ取れなくなるなど、病状が急激に悪化したことは、この時期に検査をしたH病院の検査で「無言、無動で指示に従え」ないと記載していることからも認められるとしました。このように退院時の状況と平成29年の状況を比較すると、明らかに同年時点に悪化しており、外傷性高次脳機能障害の症状の最も重いのは受傷時で、経時的に軽快した後症状が固定するという通常の病状の変化と異なると指摘しました。
原告の症状とその変化を見ると、本件事故による高次脳機能障害の症状とするには疑問が残るとしました。
さらに、原告は本件事故直後にJCS3、JCS1、GCS14点、平成25年5月時点もGCS14点ではあるものの、外傷後5日で意識清明と担当医が記載していることから、意識障害や健忘症は軽度といえると判断しました。
以上から、原告には脳挫傷痕があるということはできず、また、意識障害が軽度であることからびまん性軸索損傷、びまん性脳損傷も考え難いし、症状も本件事故による高次脳機能障害とするには疑問が残るとし、原告の症状が本件事故による高次脳機能障害により引き起こされたものと認めることはできないと判断したものです。
結局、裁判所は、原告の後遺障害としては、自賠責の判断と同様に併合10級相当である((1)眼球の障害(第11級相当)、(2)左肩の機能障害(第12級6号))と認定したものです。
【ポイント】
高次脳機能障害の残存が争われる事例は様々な類型があります。
本件は自賠責が認定していない高次脳機能障害の認定を求めた事例になります。逆に、自賠責が高次脳機能障害を認めていたにもかかわらず、裁判所が否定する事例も少なくありません。
東京地裁令和4年5月26日判決(自保ジャーナル2129号)は、原告(20代男性)主張の高次脳機能障害につき、脳の器質的損傷を裏付ける画像所見は認められず、意識障害は、遅くとも本件事故から約1時間半後にはGCS15まで改善していた他、記憶障害、記銘障害、見当識障害、注意力低下等の認知・行動・情緒障害も確認されていない等から、高次脳機能障害の残存を否認しました。
東京高裁令和4年3月16日判決(自保ジャーナル2118号)は、原告(20代女性)の自賠責7級4号認定の高次脳機能障害を明確に裏付ける所見はない上、原告の社会生活状況からも原告に認知障害、行動障害、人格変化等が残存しているということもいえず、原告の症状の経過も高次脳機能障害に起因する症状の一般的経過と整合しないことから、高次脳機能障害の発症を否認しました。
仙台高裁令和3年9月30日判決(自保ジャーナル2110号)は、原告(30代男性)主張の高次脳機能障害の発症につき、WHOのMTBIの基準によっても、診断基準である混乱や見当識障害、30分以下の意識消失、外傷後健忘、一過失の神経学的異常のいずれも認められないから、原告に本件事故により脳の器質的損傷ないし高次脳機能障害が生じたとは認められないと高次脳機能障害の発症を否認しました。