高次脳機能障害とは
高次脳機能とは、社会生活を営む人間において発達した「理解する」「判断する」「論理的に物事を考える」等の認知機能をいいます。
この人間が人間として生活を送るために必要不可欠な高次脳機能が、何らかの原因で異常を来した状態が高次脳機能障害になります。
そして高次脳機能障害の76%が頭部外傷によるものと報告されています。
自賠責の高次脳機能障害の判断とは
自賠責保険では、以下の項目から高次脳機能障害があるか、判断していきます。
①交通外傷による脳の受傷を裏付ける画像検査結果があること(CT、MRI画像)
②一定程度の意識障害が継続したこと
③一定の異常な傾向が生じていること
自賠責保険が高次脳機能障害と認定した件数は、年間約3000件です。
9級が約25%、1級および7級が約20%、2級・3級・5級が約10%となっています。
高次脳機能障害の裁判例とは
自賠責保険で高次脳機能障害が認定されず裁判で争うケース、自賠責保険の認定よりも重たい障害であるとして裁判で争うケース、逆に加害者側が自賠責保険の認定は認められないと争うケースなど、事案に応じて様々な裁判例があります。
高次脳機能障害の有無については、裁判例は、脳の器質的損傷があるか否かを重視しているといえます。
その際、CTやMRIの画像所見の評価についても、争いになるケースが少なくありません。
例えば、脳室拡大・脳萎縮等びまん性軸索損傷を示す画像所見と評価できるか、局在性脳損傷を示す画像所見といえるとして、脳の器質的損傷といえるか等です。
福岡地裁 平成31年3月25日判決
3級高次脳機能障害の将来介護費について、67歳まで妻5000円、平均余命まで職業付添人8000円を認めた
解説63歳トラック運転手が、大型貨物車に追突されて頚髄損傷等の障害を負い、自賠責3級3号の高次脳機能障害の障害を負ったものです。
裁判所は、将来介護費について、67歳まで妻5000円、平均余命まで職業付添人8000円を認めました。
付添介護費について、「(入院中)菅の抜去を防止するために原告にはミトンが装着されていたが、原告はこれを嫌がっており、家族が付き添っている間はこれを外すことが許されていたこと、看護師が常に付き添っているわけではないことが認められる」から、原告には入院中、妻を含む家族の付添いが必要であったと認定しました。
そして将来介護費については、「原告の高次脳機能障害については、やや増悪傾向にある印象であること、原告には無気力等が認められること、原告の生活すべての局面で、妻による見守り、声掛け、準備等が必要であり、妻による介護が難しい場合は、介護の専門家による介護が必要であることが認められる」から、原告には症状固定時の年齢である65歳から平均余命まで介護が必要であるといわざるをえないと認定しました。
なお自宅改造費48万8500円については、「原告の寝室を1階にするための改修工事を行い、原告は通院している際もふらつきや転倒が認められており、現在も状況が同様であることからすると、上記改修は本件事故と相当因果関係のある損害である」と認定しています。
同種裁判例としては、さいたま地裁平成29年7月25日判決が、3級高次脳機能障害を残す17歳男子の将来介護費について、母親が67歳になるまでの18年間は日額4000円、平均余命までは職業付添人による日額6000円を認定しています。
横浜地裁 平成30年11月2日判決
高次脳機能障害について、4能力のいずれか1つ以上の能力の半分程度が失われているとして後遺障害7級を認定した
解説60代の女性が交差点を歩行横断中、丁字路交差点を右折してきた車両に衝突されて、急性硬膜下血種、頭蓋骨骨折、脳挫傷等の傷害を負った事案です。
裁判所は、被害者に後遺した高次脳機能障害について以下の通り判断しました。
「症状固定時における原告の社会行動能力の喪失の程度は、その大部分が失われているとまでは言い難く、その半分程度が失われているにとどまるものと認められる」、「(問題解決能力については)症状固定時における原告の問題解決能力の喪失の程度は、その相当程度が失われているにとどまるものと認める」としました。
また、「(意思疎通能力については)いかに重く見ても、その半分程度以上が失われていると認めることはできない」、「(作業負荷に対する持続力・持久力については)、いかに重く見てもその半分程度以上が失われていると認めることはできない」としました。
以上の事実認定を前提に、裁判所は、「原告は、症状固定時において、4能力のうちの社会行動能力についてはその半分程度が失われていることが認められるものの、それ以外の能力については、いずれもその半分程度以上が失われているとは認められないから、結局のところ、原告の高次脳機能障害の程度は、「後遺能機能障害のため、軽易な労務にしか服することができないもの」として後遺障害7級が相当であると判断しました。
同種裁判例としては、「原告は記憶障害や問題解決能力の低下により、一般就労を維持できるが、作業の手順が悪い、約束を忘れる、ミスが多い等から一般人と同等の作業ができない」として後遺障害7級を認定した平成29年11月28日東京地裁判決、「仕事は家族などのかなりの補助がないと不可能と思われる」ことから7級の高次脳機能障害を認定した平成29年9月26日金沢地裁判決などがあります。
札幌高裁 平成30年6月29日判決
3級高次脳機能障害を残す4歳児の後遺障害逸失利益及び将来介護費用を定期金賠償で認定した
解説被害者が歩行中に大型貨物車に衝突され、脳挫傷・びまん性軸索損傷から自賠責3級の高次脳機能障害を残した事案です。
被害者が4歳児ということから、将来介護費用とともに後遺障害逸失利益についても定期金賠償を求めました。
まず裁判所は、「将来介護費用については、定期金賠償の方法が問題なく認められるところ、将来介護費用と後遺障害逸失利益とを比較した場合、両者は、事故発生時にその損害が一定の内容のもとして発生しているという点に加えて、請求権の具体化が将来の時間的経過に依存している関係にあるような損害であるという点においても共通している」と判断しました。
そして、「後遺障害逸失利益についても定期金賠償の対象になり得るものと解され、定期金賠償を命じた確定判決の変更を求める訴えについて規定する民訴法117条も、その立法趣旨及び立法経過などに照らして、後遺障害逸失利益について定期金賠償が命じられる可能性があることを当然の前提にしているものと解すべきである」と判断しました。
その上で、裁判所は、「本件においける後遺障害逸失利益については将来の事情変更の可能性が比較的高いものと考えられることや、被害者側が定期金賠償によることを強く求めていること、これは後遺障害や賃金水準の変化への対応可能性といった定期金賠償の特質を踏まえた正当な理由によるものであると理解することができること、本件において後遺障害逸失利益について定期金賠償を認めても、保険会社の損害賠償債務の支払管理等において特に加重な負担にはならないと考えられることなどの事情を総合考慮すれば、本件においては、後遺障害逸失利益について定期金賠償を認める合理性があり、これを認めるのが相当である」と判示したものです。
将来介護費用については、被害者側の意向で通常の一時金ではなく将来にわたる定期金での支払を求めることはありますが、後遺障害逸失利益についても求めた珍しい事案になります。
さいたま地裁熊谷支部 平成29年7月5日判決
頭蓋底骨折の傷害により高次脳機能障害2級の後遺障害を後遺した女子高校生の損害について2億3000万円余りの賠償を命じた
解説交差点歩道で佇立中に乗用車に衝突され、頭蓋底骨折の傷害により高次脳機能障害2級の後遺障害を後遺した事案です。
被害者が17歳の女子高校生だったことをふまえ、裁判所は、「本件事故当時、原告が就職するか進学するかは未定であり、多様な就労可能性があったといえることから、逸失利益算定の基礎収入賃金センサス男女計・学歴計の平均賃金が相当である」とした上、労働能力喪失期間は症状固定時の20歳から就労可能な67歳までの47年間・100%労働能力喪失を認定しました。
また将来介護費については被害者の症状・家族関係、さらに介護に休息をとるための時間(レスパイト)等も詳細に認定して、年間335日は近親者介護・日額8000円、30日は職業人介護・日額2万円を認定するなどし、即額2億3000万円余りの賠償を命じました。
東京地裁 平成30年3月29日判決
8歳男児の高次脳機能障害について2級1号と認定した上、将来介護費用を日額9000円で認めた
解説小学生が片側1車線道路を自転車で横断中、軽貨物自動車に衝突されて外傷性脳損傷等の傷害を負って、自賠責2級1号認定の高次脳機能障害を後遺したという事案です。
将来介護費用については、裁判所は、「原告が必要とする介護は声掛けや看視を主としたものであるが、原告母が今後就労を再開する可能性があること、原告母が高齢となった時期には職業付添人による介護が必要となることを考慮すると、近親者による介護と職業付添人による介護を合わせた費用として、70年間を通じて日額9000円を認めるのが相当である」と認定しました。
名古屋地裁 平成30年3月20日判決
事故後に意識障害が生じ情緒障害・行動障害が認められる15歳女子に高次脳機能障害を認め、労働能力20%喪失の逸失利益を認定した
解説丁字路交差点を自転車で右折中に車両に衝突され、頭部挫創・全身打撲の傷害を負い35日間入院した事案です。
被害者は15歳女子で、自賠責は非該当でしたが後遺障害5級の高次脳機能障害を主張して提訴したものです。
裁判所は、「車両のフロントガラスには凹みとひびが生じたこと等に鑑みると、原告の頭部には相当は衝撃が加わったと推認され、外傷性高次脳機能障害の原因となり得る頭部の外傷を受傷したと認められる」と判断しました。
その上で、事故後に撮影された「頭部CT画像上、原告の脳には小出血痕があったことが疑われるとともに、PETによれば酸素消費量は脳全般で低下している」、「本件事故後、原告には、暴力、暴言、コミュニケーション障害、家事や育児に困難を来すなどの種々の情緒障害・行動障害がみられる」ととして高次脳機能障害を認定しました。
逸失利益については賃金センサス・女性・短大卒・全年齢の平均額を用いた上、事故後の状況を詳細に認定し、労働能力喪失率は20%と認定したものです。
高次脳機能障害の残存が争われたケースとしては、大阪地裁平成28年4月14日判決が、自賠責9級認定に対して5級を主張したケースについて、性格や人格変化が認められ、他者とのコミュニケーションに困難を来すが、インターネットオークションを手広く手がけていることから自賠責9級と認定したものがあります。
また東京地裁平成25年1月11日判決は、新しいことを覚えられない、複数の作業を同時に行えない、感情の変動が激しく、気分が変わりやすい、感情や言動をコントロールできないといった症状が時々起こるなどから9級を認定しています。
金沢地裁 平成29年9月26日判決
高次脳機能障害7級の認定は、家族の補助なければ仕事不可能であるから十分信用できると判断した
解説大型自動二輪を運転中、対向普通貨物車両に衝突され、脳挫傷・胸椎破裂骨折等の傷害を負って自賠責7級4号の高次脳機能障害を後遺したという事案です。
これに対して被告は診療録の記載などから後遺障害は高くとも12級が相当と主張したものです。
裁判所は、後遺障害診断書や神経系統の障害に関する医学意見書、被害者が作成した日常生活状況報告の記載が診療録の記載と整合すること、その他被害者の供述・被害実態をふまえて、7級の認定が相当と判断したものです。
高次脳機能障害については、自賠責の認定があっても後遺障害の程度について争いが生じることが少なくありません。
例えば、仙台地裁平成28年9月29日判決は、自賠責5級の高次脳機能障害認定の40代男性の事案において、易怒性と物忘れは顕著で、他にも反応が鈍く動作が遅い、言葉がうまくでてこない、収入もかなり減少していることから、自賠責同様5級を認定しました。
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