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交通事故 不正請求・請求棄却裁判例解説

古賀克重法律事務所 交通事故 不正請求・請求棄却裁判例解説

年間50万件を超える交通事故ですが、うち1万件以上が裁判になっています。その背景には権利意識の高まり、交通事故の解決情報の広まり、弁護士特約の普及など様々な要因が指摘されています。

誰でも被害者・加害者になりえる交通事故について、法の支配を徹底して十分な被害弁償をすることは交通社会の信頼を確保するためにも必要不可欠なこと。訴訟が増えること自体には何ら問題はないと思います。

一方、任意保険会社の顧問弁護士として交通事故の処理に当たっていると、必ず直面するのが不正請求という「負の側面」です。一般の人が考えるよりも不正の疑われる請求が少なくありません。また「不正」とまでいえなくとも、余りにも過大な請求によって逆に加害者が精神的に追い詰められることもあります。

交通事故をその規模に応じて適正に解決することが、法律家の一つの役割と言っても過言ではありません。

ここでは請求棄却の裁判例を解説することによって、交通事故の適正な解決の一助になればと存じます。

※なおここで解説する裁判例の事案が全て不正請求という趣旨ではありません。保険金請求の要件に該当しなかったもの、因果関係が認められなかったものなど、あくまで公刊物に掲載された請求棄却判決のうち、目を引くものを集めたものになります。

交通事故 不正請求・請求棄却裁判例解説

東京地裁 令和5年6月30日判決

いまだ症状固定せず嚥下障害及び脳脊髄液漏出症から9級10号後遺障害を残存したとの主張に対して、後遺障害の残存を否認し事故後約6ヶ月で症状固定と認め、損害は既払金で填補済みと認定した

解説

【事案の概要】

X(女性・看護師)は、信号のない交差点を普通乗用車を運転して走行中、右方路から進入してきたY運転の普通乗用車に衝突され、中心性頸髄損傷、右肩打撲傷、頭部挫傷等の傷害を負い、いまだ症状固定に至らないが、嚥下障害及び脳脊髄液漏出症から9級10号後遺障害を残したとする主張に対し、YがXに対する損害賠償債務が存在しないことの確認を求めて訴えを提起した事案です(自保ジャーナル2156号35頁。確定)。

裁判所は、Xの症状固定時期を本件事故後約6ヶ月で症状固定と判断した上、後遺障害の残存を否認して、Xの損害は既払金で填補済みと認定しました。

【裁判所の判断】

まず症状固定時期について、「Xは、本件事故当日に右頸部から肩の自発痛、肩から指先のしびれ及び右側頭部の鈍痛を訴え、その後腰部や足部等の疼痛や吐気をも訴えていたところ、令和2年6月までに実施された各種画像検査上明らかな外傷性の所見は認められず、C整形外科クリニックの診断書上は令和2年3月以降Xが当初訴えていた疼痛等の症状が軽減し、同年7月には疼痛が間歇性のものになり、その後は特段の変化が見られない上、神経学的所見上も特に問題が見られないとされている」上、「本件事故の態様が減速していた車両同士の衝突であることを併せ考慮すれば、本件事故と相当因果関係を有する受傷内容は身体各所の打撲、捻挫及び挫傷であり、本件事故から6ヶ月間程度の令和2年6月末日までには症状固定に至ったと認めるのが相当である」として、本件事故後約6ヶ月で症状固定したと認定したものです。

またX主張の嚥下障害及び脳脊髄液漏出症の残存について、「Xは、嚥下障害やめまいを訴えて医療機関を受診し、後者に関連して脳脊髄液減少症と診断されているものの、主治医がX訴訟代理人からの照会に対しMRI画像上は漏出が見られなかった旨回答している上、本件証拠上、Xが起立性頭痛を訴えたのが令和4年7月に至ってからと認められることを踏まえると、Xが本件事故によって脳脊髄液減少症を発症したと認めることはできない」他、「嚥下障害の主訴については、検査の結果明らかな異常が認められていない」として、後遺障害の残存を否認しました。

さらに、過失割合については 、「Xが減速した上で交差点に進入したところ、右方から減速した上で進行してきたY車がX車と衝突し、Y車には左前部バンパー擦過痕等の損傷が、X車には右側面凹損等の損傷が、それぞれ生じた」と事故態様を認め、X及びYとも「交差点に進入するに際し、交差道路から進行してくる車両の有無に留意し安全を確認して進行すべきであるのにこれを怠った過失があると認められるところ、Y車の走行する道路に一時停止規制が設けられていたことからすれば、本件事故の発生に関する主要な過失はYにあるというべきであり、過失割合をY80、X20とするのが相当である」として、X車の過失を2割と認定しました。

そして、被告の損害は全て填補済みと認定したものです。

【ポイント】

事故状況や受診状況等と被害者の訴える損害(後遺障害)が整合しない可能性がある場合、いわゆる加害者側から債務不存在確認訴訟を提起することもあります。

債務不存在確認訴訟の提起を受けて、通常は、被害者側から反訴を提起します。そして債務不存在確認訴訟については取り下げて、反訴について審理されることが通常です。

本件は、反訴提起されずに、債務不存在確認訴訟について審理され、裁判所は、症状固定時期を認定して具体的損害額も確定しているとして、「本件訴えには確認の利益が認められる」と判断したものです。

東京高裁 令和5年8月23日判決

保険会社は接骨院で施術を受けたとする被害者の請求に一部でも不正なものが含まれていれば,施術費全体の支払を拒絶していたことから支払った施術費全額が保険会社の損害になるとして、接骨院の不法行為を認定した

解説

【事案の概要】

保険会社は、被保険車両が追突事故を起こし、被害者が接骨院で施術を受けたことから接骨院に保険金を支払いました。

ところが、接骨院は施術をしていなかったにもかかわらず、虚偽の施術証明書及び施術費明細書等を作成して被害者に交付し、施術をしたかのように装って本件施術費を不正に請求させたとして、保険会社が接骨院に対し約110万円を求めて訴えを提起した事案です。

1審裁判所は、保険会社は被害者の保険金請求に一部でも不正なものが含まれていると認識していれば施術費全体の支払を拒否していたことから、保険会社が支払った施術費の全額が保険会社の損害となると認定しました。

接骨院が控訴しましたが、控訴審の東京高裁も1審判決を維持し、接骨院の控訴を棄却しました(確定。自保ジャーナル2162号169頁)。

【裁判所の判断】

裁判所は、本件請求については1ヶ月単位での各請求行為それぞれについて不法行為が成立すると判断しました。

保険会社は、被害者の各請求行為を受けて同人に本件施術費を支払ったものであるが、この支払の実質は、本件交通事故により被害者に生じた損害の範囲及びその額が確定していない中で、被害者の便宜を図るためにされた任意の仮払に過ぎないと認定しました。

このような任意の仮払にすぎない以上、保険会社としては、仮に被害者の請求の中に一部でも不正なものが含まれていると認識していたのであれば、その請求に係る施術費全体の任意の支払を拒絶していたものというべきであるとしました。本件においては、保険会社が支払った施術費(本件施術費)につき、その全額が保険会社の損害となるものと認めるのが相当であるとしました。

接骨院は、保険会社の被害者に対する本件施術費の支払は損害賠償債務の履行であり、支払義務に基づくものであるから、被害者の本件施術費の請求のうち不正な部分以外については支払に応じる義務があると主張しました。

これに対して、裁判所は、保険会社の被害者に対する本件施術費の支払は、本件交通事故により被害者に生じた損害の範囲及びその額が確定していない中で、被害者の便宜を図るためにされた任意の仮払にすぎないと認定しました。その上で、被保険車両運転者と被害者との示談に先立って送付された本件損害積算表においては、本件交通事故による損害金として認める治療費の中に接骨院での施術費(本件施術費)は含まれておらず、被保険車両運転者と被害者はこれを踏まえて示談をしているのであって、この点からも保険会社に本件施術費の支払義務が法的に生じていたとは言えないと判断しました。

接骨院は、(1)本件示談書により、保険会社の支払った本件施術費については、被保険車両運転者の被害者に対する損害賠償金であることが確認された、(2)そのため、この本件施術費を接骨院が保険会社に返還するということになれば、接骨院の負担をもって被保険車両運転者ないし保険会社の被害者に対する損害賠償債務が弁済されたことになり、不公平極まりなく、信義則に反するとも主張しました。

これに対して、裁判所は、本件示談書には、保険会社の支払った本件施術費が損害賠償金であることを確認する旨の記載はないと認定しました。むしろ、これに先立って送付された本件損害積算表の記載と併せれば、本来、被害者は約90万円(本件施術費を含む)の過払金を保険会社に返還すべきところ、示談に当たり、被害者に対し、その返還が宥恕されたと解するのが相当であって、接骨院の主張はその前提を欠くものであると判断しました。

【ポイント】

接骨院の不正請求が判明した場合に、保険会社が損害賠償請求ないし不当利得返還請求するケースがあります。

本件では、日計メモ(受付簿)に記載がないにもかかわらず、日計ノートに記載されている者が複数おり、しかもそれらは全て交通事故の患者だったということを認定しています。

名古屋地裁 令和5年12月22日判決

自賠責9級10号高次脳機能障害を残す原告の人身傷害保険金請求権は保険会社の債務承認及び信義則違反等認められず2年の経過をもって時効により消滅したと請求を棄却した

解説

【事案の概要】

原告(20代女性)は、平成22年11月、交差点を自転車で走行中に、右方の交差路から左折進入してきた自動二輪車に衝突され、脳挫傷、頭蓋骨骨折、急性硬膜外血腫、両網膜周辺部変性等の傷害を負い、入院含めて約2年8ヶ月間通院しました。

原告は自賠責9級10号認定の高次脳機能障害を残したことから、被告に対し約2980万円の損害賠償請求するとともに、保険会社に対しては人身傷害保険金として約2100万円の支払いを求めて訴えを提起しました。

裁判所は、人身傷害保険金請求権は、保険会社の債務承認及び信義則違反等認められず、2年の経過をもって時効により消滅したとして、請求を棄却しました(控訴中。自保ジャーナル2162号149頁)。

【裁判所の判断】

消滅時効の起算日について、原告は、(1)自身が後遺障害を有していることを知らなかったこと、(2)本件保険契約の存在すら知らなかったこと、(3)訴外父親に抵抗することができず、自ら保険金請求をすることができなかったことから、人身傷害保険金請求権の消滅時効は、原告が現実に保険金請求をすることが期待できるようになった平成31年2月まで進行を開始しない旨主張しました。

裁判所は、本件保険契約に基づく原告の人身傷害保険金請求権の消滅時効は、脳神経外科において後遺障害診断がされ、その後、眼科における治療も終了した平成25年7月9日の翌日を起算日として進行すると認めるのが相当であると判断しました。

また裁判所は、原告は、平成25年4月24日時点で、脳神経外科における治療が同日をもって終了することを認識していたといえるとも認定しました。

保険会社の承認の有無について、原告は、平成31年2月以降に、保険会社担当者が、(1)「本件について裁判を起こさないでほしい」と発言したり、(2)障害年金の請求に必要な書類を自賠責保険会社に取り次いだりしたことによって、債務の承認(時効援用権の喪失)をした旨を主張しました。

裁判所は、仮にこれらの言動を認定できた場合であっても、いずれも、保険会社が人身傷害保険金の支払義務を負っていないとの認識を有していたとしても矛盾なく説明できる言動といえ(すなわち、(1)は、保険会社が本件保険金を既に支払ったために更なる保険金支払義務がないという認識を前提とした言動とも解し得るほか、(2)も人身傷害保険金の支払とは無関係に顧客対応の一環として原告に協力をしたものと解し得る。)、これらの言動により保険会社が、原告に対する人身傷害保険金の支払義務を承認したとは認め難いと判断しました。

したがって、原告の主張を前提としても、本件において、保険会社による債務承認があったとは認められないとしました。

さらに、信義則違反・権利濫用の有無については、原告は、保険会社は原告に適切な保険金額を受領するよう促す必要があるにもかかわらず、それを怠り、本件訴訟において消滅時効を援用することは信義則に反し、権利濫用に当たる旨を主張しました。

しかしながら、時効制度の趣旨に照らせば、消滅時効の援用に先立ち、債務者が債権者に対し、権利行使を促す必要があるなどと解することはできず、そうである以上、債務者が債権者の権利行使を積極的に妨害したのであればともかく、単に権利行使するよう促さなかったからといって、時効援用権の行使が信義則に反するとか、権利濫用に当たるとはいえないと判断しました。

したがって、本件保険契約に基づく原告の人身傷害保険金請求権は、遅くとも平成26年2月14日から2年を経過した平成28年2月14日の経過をもって、時効により消滅したものと認めるのが相当であるとしました。

【ポイント】

本件は人身傷害保険金の請求兼の消滅時効が争われた事例ですが、加害者に対する損害賠償請求権について消滅時効が争われる事例は少なくありません。

横浜地裁令和5年3月27日判決(自保ジャーナル2157号)は、男子原告(50代男性)の消滅時効の完成につき、原告には本件事故に起因する後遺障害の残存は認められないから、人身損害についても、消滅時効の起算日は、物的損害と同様、不法行為時である本件事故日と認めるのが相当であるとし、第1事件が提訴された時点で、既に本件事故日から3年以上経過しているとして、消滅時効の完成を認めました。

名古屋地裁令和4年3月30日判決(自保ジャーナル2128号)は、現在も症状が固定していないとする原告の消滅時効につき、原告は、本件訴訟が提起された3年前の時点で症状固定に至っていたことは当然認識していたと認められるとし、原告の損害賠償請求権は時効により消滅したとして、消滅時効を認定しました。

さいたま地裁 令和5年3月22日判決

自賠責10級11号認定の左足関節機能障害は、草野球の試合に複数回出場し年30回もゴルフのラウンドをしている等から抜釘後も階段降段に必要な可動域角度はあったとして左足関節機能障害の残存を否認した

解説

【事案の概要】

原告(20代男性)は、原付自転車で信号のない丁字路交差点を直進中、突き当たり路から右折進入してきた被告車両に衝突され、左肋骨多発骨折、左足関節開放性脱臼骨折、左腓骨開放骨折等の傷害を負い、17日入院、約1年間通院しました。そして、自賠責保険において、10級11号認定の左足関節機能障害の後遺障害が認定され、既払金約500万円を控除した約3000万円を求めて訴えを提起した事案です(自保ジャーナル2152号56頁)。

【裁判所の判断】

原告は、「可動域制限が生じた原因は、抜釘の手術による関節拘縮又は軟部組織の変性にある」と主張していました。

これに対して、裁判所は、「(病院の医師は)抜釘の手術前に、原告に対し、手術に伴う危険性等の1つに関節拘縮があることを説明したものの、同手術によって、実際に、靱帯、腱、軟部組織が傷つけられ、関節拘縮が生じたのだとすれば、同手術後、原告に対し、リハビリ治療を受けるよう指示するのが通常であると考えられる」とした上で、「しかし、病院の医師が、そのような指示をしなかったことに照らすと、抜釘の手術によって、靱帯、腱、軟部組織が傷つけられたとは認めることができない」と判断しました。

その上で、自賠責10級11号認定の左足関節機能障害について、「一般的に、足関節の参考可動域角度は背屈が20度、底屈が45度であり、人が正常に歩行するためには、背屈10度、底屈20度、階段の昇段には、背屈11度、底屈31度、降段には、背屈21度、底屈40度が必要であるといわれているとし、原告は、抜釘後の令和2年1月、歩行、走る、駅の階段等を下りた際に、上体が左右に揺れたり、跛行したりしていなかった他、原告は、抜釘後、草野球の試合に野手として複数回出場し、年20~30回もゴルフのラウンドをしていることから、抜釘前の平成29年11月17日に原告の左足関節の可動域が背屈20度、底屈50度であったことも考慮すると、左足関節は、抜釘後も、少なくとも階段の降段に必要な可動域角度の背屈20度、底屈40度程度はあったと認められるとして、原告の左足関節の可動域が右足関節の2分の1以下に制限されたという左足関節機能障害の後遺障害が残存したとは認めることができない」として、左足関節機能障害の残存を否認しました。

なお、本判決は確定しています。

【ポイント】

足関節機能障害等の残存については、残存の有無・程度・因果関係が争われることも少なくありません。

例えば、名古屋地裁令和2年8月21日判決(自保ジャーナル2080号)は、8級7号右足関節機能障害、9級15号右足指機能障害を残したとする原告(40代男性)について、本件事故によって原告の右腓骨神経麻痺が生じたとすることについては、通常人が疑いを差し挟む余地があるというべきであり、高度の蓋然性が証明されているとはいえないとして、本件事故との因果関係を否認しました。

東京地裁令和元年10月29日判決(自保ジャーナル2064号)は、自賠責保険非該当も14級9号の左手の痺れ、12級7号左足関節機能障害から併合12級後遺障害が残存したと主張する家事従事者の原告(60代女性)につき、左母指の痛みがなく、痺れについても軽減していて、関節機能障害は、患側が健側と比較して、4分の3以下に制限されているとは認められないとして、後遺障害の残存を否認しています。

東京地裁 令和5年3月20日判決

車両に急後退され右足を轢過され11級9号右足背痛等を残したとする原告の右足には骨折等の器質的変化は認められず、事故態様は右足の状態と整合しないとして轢過を否認した

解説

【事案の概要】

原告は、路上で原告車両を後退中、後方に駐車していた被告車両にクラクションを鳴らされたことから、降車して抗議していたところ、被告が被告車両を急後退させて右足を轢過され、右足リスフラン関節捻挫、右足部挫傷等の傷害を負ったとして、約1年2ヶ月間通院しました。自賠責は後遺症非該当でしたが、原告は、右足背痛、右足背の知覚過敏等から11級9号後遺障害を残したとして、約1900万円を求めて訴えを提起しました。

裁判所は、原告の右足には骨折等の器質的変化は認められず、原告主張の事故態様は右足の状態と整合しないと右足の轢過を否認して、請求を棄却しました(控訴後和解。自保ジャーナル2157号125頁)。

【裁判所の判断】

事故態様について、原告は、「被告が被告車の右フロントタイヤで原告の右足を蝶過し、乗り上げた状態でハンドルを切ったことにより、原告の右足の上でタイヤが横になじられ、ぐりぐりと原告の右足を踏みにじった」と主張していました。

これに対して、裁判所は、「本件事故が発生したとされる時刻の直後に撮影された原告の右足の写真では、原告が着用していた白色スニーカーの右足甲部分や先端部付近に、黒色の筋状の跡が薄く印象されていたのみであり、確かに黒色の筋状である点で被告車のタイヤに刻まれた溝による可能性は否定できないものの、本件事故当日が雨天であったことを考慮しても、本件事故以前に同スニーカーに存在していたと考えられる汚れと明確に判別することができない」と指摘しました。

また、「原告は、本件事故直後、B病院に搬送されたが、原告の右足について、レントゲン撮影結果では明らかな骨折はなく、軽度の腫脹はあるものの、左右差はほぼなく、発赤もないこと、外果上方に軽度圧痛を認めるがその他に明らかな圧痛はないこと、運動障害、感覚障害、末梢冷感及び活動性出血はないことが確認されている」とし、「具体的な重量は判然としないものの、相当の重量がある被告車が、柔らかい布地のスニーカーを着用しただけの足に乗り上げた場合、乗り上げられた患部にはその後に腫脹や発赤等の変化が生じる蓋然性は高いが、本件事故直後の原告の右足の状況は上記のとおりであり、被告車の右フロントタイヤが乗り上げたことによることと整合していない」と判断しました。

さらに、裁判所は、「原告は、被告車の右フロントタイヤが右足に乗り上げただけでなく、右足の上でタイヤが横になじられて、ぐりぐりと右足を踏みにじったと主張するのであるから、被告車の右フロントタイヤが右足に乗っていた時間は一定程度あっただけでなく、被告車がかかる動きをとった場合、原告の右足が受ける衝撃は相当に大きいものであり、その結果として原告の右足には骨折等の器質的変化が生じる蓋然性がより高いものといえるが、上記のとおり、原告の右足には骨折等の器質的変化は認められておらず、原告が主張する事故態様は原告の右足の状態と一層整合しないものとなっている」等から、「被告車が原告の右足を轢過したことは認めることができない」と右足の轢過を否認して、請求を棄却しました。

【ポイント】

事故による受傷を否認した裁判例では、事故状況(軽微性)、被害者主張の傷害発生の機序、事故態様と傷害との整合性、以上をふまえた当事者供述の信用性などを総合的に判断しています。

例えば、大阪地裁令和3年7月9日判決(自保ジャーナル2107号)は、駐車場内の通路を歩行中、被告乗用車に右足を轢過され、後方に仰け反る動作をしたことから、頚椎捻挫、右足捻挫、両肩捻挫の傷害を負ったとする原告の受傷の有無につき、被告車両に右足趾を轢過され、負傷したとする原告の供述は信用できないと否認して、請求を棄却しました。

東京高裁令和4年3月9日判決(自保ジャーナル2125号)は、歩道上で佇立中の原告(40代男子)が、自転車を押して歩行してきた女子の左肘に、原告の左上腕部を接触され、頸椎捻挫及び上腕挫傷の傷害を負ったと主張する事案につき、接触は相当軽微なものと認められ、診断の根拠は原告の愁訴のみ等から、本件事故による受傷を否認しました。

大阪高裁平成27年10月9日判決(自保ジャーナル1959号)は、ランニング停止時の原告(10代男子)が失神・転倒した際に、被告車両に接触されたとする主張につき、原告の右顔面全体が車輪に接触したなら、車輪にその痕跡が残らないのは不可思議であり、左顔面が無傷というのも不自然極まりないとして、被告車両との接触を否認しました。

大阪地裁 令和5年3月3日判決

自転車搭乗中に車両に接触され転倒しないよう地面に足を着いて踏ん張ったことにより12級13号右膝痛を残したとの主張について、過度の負荷が生じたとは考え難いとして本件事故による受傷を否認した

解説

【事案の概要】

原告は、信号のない交差点を自転車にて進行中、左方から右折進入してきた被告車両に接触され、転倒しないよう右手でハンドルを強く握って地面に足を着いて踏ん張ったことにより、頸椎捻挫、両膝関節打撲傷、右手関節部打撲傷、右膝外傷性軟骨損傷の傷害を負い、約1年4ヶ月通院しました。

原告は、自賠責で後遺障害非該当でしたが、12級13号右膝痛を残したとして、既払金約15万円を控除し約1800万円を求めて訴えを提起しました(自保ジャーナル2157号117頁)。

裁判所は、本件事故による原告主張の受傷を否認し、本件事故との間に相当因果関係のある人的損害が発生したとは認められないとして請求を棄却しました(控訴後和解)。

【裁判所の判断】

大阪地方裁判所は、右膝軟骨損傷について、以下の理由にて本件事故との因果関係を否認しました。

まず、裁判所は、「本件事故は、原告自身の再現によっても被告車両が原告の身体に衝突・接触したものではなく、原告自転車の前輪付近が被告車両の右側面後部付近に接触し、ハンドルが右側に回転して転倒しそうになったため、地面に着いた足で踏ん張ったところ、原告及び原告自転車が転倒することはなかったというものである」ことから、「本件事故の際、原告の右膝に原告自身の体重を大きく超える過度の負荷が生じたとは考え難く、そのような日常生活上も生じる程度の負荷によって膝蓋軟骨等に亀裂が生じて損傷するとは直ちにいえないというべきである」と判断しました。

さらに、裁判所は、「本件事故の際、原告の右膝に一回的な外力により膝蓋軟骨等に亀裂を生じさせるような負荷が生じたのであれば、膝蓋軟骨等のみならず右膝周囲のその他の組織にも損傷が生じてしかるべきであるが、レントゲン検査により明らかな骨折等は確認されず、MRI検査において十字靭帯や内側側副靭帯に断裂などの異常所見はなく骨挫傷などの所見も指摘されていないし、本件事故当日の診察所見は「あきらかな熱感、腫脹なし 膝蓋跳動十-/-」というもので、他覚的な外傷所見は確認されていない」として、「原告の右膝につき本件事故の際に過度の負荷が生じたとは考え難く、そのような負荷が生じたことを裏付ける右膝周囲の靭帯・骨等の異常所見や腫脹などの他覚的所見がないことに加え、膝蓋軟骨等の損傷の形態から直ちに外傷性の軟骨損傷であるとは判断できないことによれば、原告の膝蓋軟骨等の損傷が本件事故に起因する外傷性のものと認めるには足りない」と本件事故による右膝軟骨損傷を否認しました。

また、両膝関節打撲傷及び右手関節部打撲傷についても、「原告はB病院受診時に「独歩」していて歩行困難を訴えた形跡がなく、本件事故後、自転車でF病院まで行っていることも踏まえると、右膝に強い痛みがあったとは窺われないし、仮に、原告が右膝の痛みを自覚していたとしても、原告の右膝には膝蓋軟骨等の損傷があり、これは加齢による既往疾患である可能性があって右膝痛はそのことにより説明可能な症状であるから、そのことをもって直ちに本件事故の際に原告が右膝に打撲等の受傷をしたと認められるものではない」としました。

さらに、「原告は、B病院において左膝の痛みも訴えているが、本件事故の態様によれば負荷がかかったのは右下肢であったはずで左膝を受傷する機序を合理的に説明できず、右手関節疼痛についても、本件事故翌日にC整形外科を受診した際の主観的症状は「右膝カクカクいう」「頸部に違和感」というもので右手関節疼痛の訴えはなく、同整形外科においては右手関節につき消炎鎮痛等処置すら行われていない」ことから、「原告の主観的症状に基づいて上記診断がされていることをもって、原告が両膝関節打撲傷、右手関節部打撲傷の傷害を負ったと認めるには足りず、他にこれを認めるに足りる証拠はない」として、両膝関節打撲傷及び右手関節部打撲傷の受傷を否認しました。

【ポイント】

本件事故態様は、車両が原告の身体に衝突・接触したものではなく、原告自転車の前輪付近が被告車両の右側面後部付近に接触し、ハンドルが右側に回転して転倒しそうになったため、地面に着いた足で踏ん張ったところ、原告及び原告自転車が転倒することはなかったものです。 原告は、意見書等も提出したようですが、裁判所は、本件事故態様、そして医学的知見から丁寧に論述して、本件事故による受傷を否認しています。

さいたま地裁越谷支部 令和5年2月21日判決

原告主張の7級右上肢CRPSは行動撮影したビデオの画像等から原告が右手で水道蛇口を開け、右手でごみ袋を持ち収集場まで運んでいる等から日常生活に支障は認められないとCRPSの発症を否認した

解説

【事案の概要】

原告は、信号のある交差点を左折し終えたところ、対向車線から右折してきた被告車両に衝突され、頸椎捻挫、外傷性頸椎神経根症、右肩鎖関節脱臼、右上肢CRPSの傷害を負い、約9ヶ月半通院しました。そして、7級4号右上肢神経系統機能障害、併合9級右上肢各関節機能障害等から7級の後遺障害を残したとして、既払金約200万円を控除し約4300万円を求めて訴えを提起した事案です(自保ジャーナル2150号18頁)。

裁判所は、原告主張のCRPSの発症を否認しました(本判決後に控訴後和解)。

【裁判所の判断】

裁判所は、原告のCRPSの診断につき、CRPSの診断基準としては、CRPSに係る国際疼痛学会(IASP)の診断基準(臨床用)及び厚生労働省CRPS研究班の判定指標(臨床用)が存するところ、これらの診断に用いられる項目のうち、皮膚色の変化、浮腫及び発汗異常については、それらの項目だけが存在したとしても、直ちに日常生活の支障となるものではないから、本件のような損害賠償請求訴訟においては、それらの項目だけを満たす病態を想定することは意味がなく、その他の項目を充足する病態の存否を検討しなければならないとしました。

そして、その他の項目のうち本件で充足の有無が問題となるのは、感覚異常、運動異常、関節可動域制限、持続性ないし不釣合いな痛み、しびれたような針で刺すような痛み、知覚過敏、アロディニアないし痛覚過敏となり、結局のところ、原告が主観的に訴える痛みや原告の意思に左右され得る関節可動域制限・筋力低下が真に存在するかの問題に帰結することになると認定しました。

その上で、CRPSの発症につき、原告は右上肢の強い痛み、右手指のしびれ、右上肢の各関節の可動域制限等が存在し、これらによって、日常生活において多大なる支障を抱えていると主張し、これと同趣旨の内容の陳述書を提出するとともに、原告本人尋問においても、右腕を頭上に挙げることはできない、右腕を胴から20度から30度位までしか挙げられない、常に右手全体が痛い、右の指をグーにして折り込むことはできない、パーも開かない、掴んだりする作業ができないといった供述をしているが、被告が提出した令和2年9月10日から同月23日にかけて自宅付近での原告の行動を撮影したビデオの静止画像及びビデオのデータによれば、原告は、数日にわたって、右手で水道の蛇口を開けることができ、右手で上呂を持って水を入れ、草花に水をやり、右手で箒を使って玄関前を掃除し、右手で重さのあるごみ袋を持ち、収集場まで運び、収集場のネットを持ち上げて、ごみ袋を出し、右手でネットを畳むという動作を円滑に行っており、その中で、右腕を挙げて顔を拭く、右手を口に当てる、脇の角度が90度程度になるまで右腕を挙げる、右手で手すりを持ちながら階段を降りるといった動作を問題なく行っていることが認められ、日常生活に支障が生じているとは到底認めることができないとしました。そして、現時点において、原告に原告主張に係る右上肢の強い痛み、右手指のしびれ、右上肢の各関節の可動域制限等が存在するとすることには、疑義があり、したがってまた、本件事故後の経緯において、原告にこれらの症状が存したとすることにも疑義があるといわざるを得ないのであって、原告が本件事故を起因としてCRPSを発症したと認めることはできず、また、原告の主観的訴えを根拠とする外傷性頸椎神経根症の存在も認めることができないとして、本件事故によるCRPSの発症を否認しました。

【ポイント】

原告の行動調査から訴えと整合しない行動が散見されている事案です。裁判所もその点から心証を形成したことがうかがわれます。

CRPSの発症を否認した裁判例としては以下のものもあります。

横浜地裁平成30年7月17日判決(自保ジャーナル2034号)は、原告(30代男性)主張の両上下肢CRPSにつき、行動調査によれば、原告は歩行や階段の昇降をしたり、座席で胡坐をかいたり、携帯電話やタッチパネル付きの電子機器を操作したり、これらの挙動からすると関節拘縮があるとは考え難い等と発症を否認しました。

大阪地裁令和4年11月29日判決(自保ジャーナル2145号)は、自転車で走行中に後退してきた被告車両に右下肢を接触され、自賠責7級4号認定のCRPSを残す原告(30代女性)の事案につき、被告車両は原告の右下肢等の身体に接触していないと認められると被告車両と原告の接触を否認し、右下肢痛等の主訴自体が虚偽(詐病)であった疑いが払拭できない等から、本件事故によるCRPSの発症を否認しました。

高松地裁 令和5年2月28日判決

男性の自賠責9級難聴は標準純音聴力検査結果が事故直後よりも1ヶ月後に悪化しているのは不自然である他、ABR検査が1回のみで他覚的聴力検査による裏付けがない等から本件事故による右耳難聴を否認した

解説

【事案の概要】

男性(30代)は、信号のない交差点を走行中、一時停止規制のある左方路から進入してきた普通貨物車に衝突され、頭部外傷、脳震盪、頸椎捻挫、右外傷性難聴、右外傷性急性感音難聴等の傷害を負い、約10カ月間通院しました。そして、自賠責保険において、9級9号右耳難聴、14級9号項頸部痛、右前腕しびれ等の併合9級認定の後遺障害が認定され、男性に人身傷害保険金を支払った損害保険会社が、求償金約2500万円を求めて訴えを提起した事案です(自保ジャーナル2150号34頁)。

裁判所は、自賠責9級9号認定の右耳難聴の残存を否認し、損害保険会社の求償金請求を棄却しました(確定)。

【裁判所の判断】

裁判所は、男性の右耳難聴につき、男性は、本件事故直後から本件事故により頭部に衝撃を受けた旨述べるとともに、本件事故当日から右聴力の低下を訴えている他、男性に対する合計8回の標準純音聴力検査では、いずれも、右耳について、高度難聴に当たる81.0dB以上の結果となっているし、病院において、本件ABR検査結果を踏まえて、右90dB無反応との所見が述べられているところであるが、男性の標準純音聴力検査の結果は、本件事故直後よりも、その1ヶ月後にに悪化し、その約半年後にさらに悪化しているのであって、このような経時的変動は、外傷に起因する難聴に対する検査結果としては不自然と言わざるを得ないとしました。

その上で、本件ABR検査の結果は、その波形が少なくとも一般的に認められるものと異なっており、検査の手技的な問題点に基づくアーチファクト混入の可能性が否定できないところ、本件においては、ABR検査を含めた他覚的聴力検査が本件ABR検査の1回しか行われていないため、検査の再現性が確認できていないとしました。

したがって、男性の右耳の難聴について、他覚的聴力検査による裏付けがあるものとみることはできないとして、男性の右耳難聴については、実施された標準純音聴力検査の結果及び本件ABR検査の結果によっても、男性に生じ、それが現在まで残存していると認めるに足りる証拠もないことから、本件事故により男性の右耳に高度難聴の後遺障害が残存したと認めることはできないと本件事故による右耳難聴の残存を否認しました。

【ポイント】

交通事故によって耳鳴り・難聴を訴え、後遺症の有無が争われる事例は少なくありません。

難聴残存が争われた事例としては下記のような判例があります。

大阪地裁令和4年4月13日判決(自保ジャーナル2127号)は、原告(20代男性)の両耳難聴及び耳鳴りにつき、原告に対する検査の結果と実際の聴力が大きくかけ離れている上、標準純音聴力検査(オージオグラム)は、被験者の意図が入り得ることも併せ考えれば、同検査が、原告の意図を反映したものであるとの疑いをぬぐえないことから、難聴及び耳鳴り等による後遺障害の残存を否認しました。

東京地裁平成29年3月27日判決(自保ジャーナル2011号)は、原告(50代男性)の耳鳴り及び難聴につき、両側高音漸傾型難聴と診断されているものの、チェック式の問診票には、耳の聞こえにくさにはチェックがなく、原告が高音の聴力低下を自覚していたとは認められない等から、本件事故との因果関係を否認しました。

神戸地裁令和3年8月26日判決(自保ジャーナル2105号)は、原告(70代女性)の自賠責14級3号認定の右感音性難聴及び耳鳴りにつき、原告の右純音聴力レベルは平均で40dBを下回るものであり、後遺障害に該当する難聴ではなく、事故後約2年後の検査で老年性難聴の診断等からも、本件事故との因果関係を否認しました。

京都地裁 令和5年1月17日判決

頸髄損傷から労災2級認定の中枢神経障害を残したとする傷害保険金請求はインスタに投稿した動画等から四肢麻痺等の中枢神経障害による後遺障害の残存は認められないと請求を棄却した

解説

【事案の概要】

原告(30代男性)は、普通貨物車を運転中、電柱等に衝突し、右脛骨腓骨開放骨折等の他、頸髄損傷の傷害を負い、約1年間入院、約2年間通院しました。そして労災12級右膝関節機能障害、労災8級右足関節用廃等の併合7級後遺障害の他、労災2級中枢神経障害から併合1級認定の後遺障害を残したとして、傷害保険契約を締結する損害保険会社に対し、保険金348万円を求めて訴えを提起した事案です(自保ジャーナル2149号161頁)。

【裁判所の判断】

裁判所は、平成28年10月までの病院の入通院治療において、原告が頸髄損傷による両上肢の軽度麻痺及び両下肢の中等度麻痺を生じ、医学的に日常生活が制限され介助を要するような状態にあるとは診断されていないことが明らかであり、主治医は、原告の主訴は医学的所見と整合しないものと判断し、信ぴょう性に疑問をもっていたことが認められるとしました。

その上で、原告は、平成29年に中型免許等を更新し、現在まで普通乗用自動車を所有、運転していること、令和2年及び3年には、物につかまるなどせずに直立し、虫取り網を手に持って振り回す動作をする動画、腕組みをして自立した姿勢での写真、店内で踊っている動画、旅行先で両手にそれぞれ物を持って歩行する写真などをインスタグラムに投稿したこと、令和3年3月28日には、自ら経営する会員制ラーメン店に1人で普通乗用自動車を運転して赴き、荷物を手に持って、自動車から乗り降りしたり歩行したりした上、ラーメンの調理及び給仕などの接客を自ら行ったことが認められ、画像等からは、四肢麻痺などといった中枢神経障害により不自然な体勢等を余儀なくされていることは窺われないとしました。

このような原告の行動は、原告が頸髄損傷による四肢麻痺を生じており、後縦靭帯骨化症の進行により症状が悪化しているとの原告の主張と整合しないとしました。

そして、原告に四肢麻痺があり、右手巧緻運動障害、右下肢は起立歩行不能、左下肢はつかまり立ち短時間可能などとする医師の診断書及び意見書が実態に即したものとは到底認めることができず、これらに基づく労災認定がされていることをもって、原告に本件等級表第2級に該当する中枢神経障害の後遺障害があると認定することはできないと判断して、請求を棄却したものです。

なお、本判決は確定しています。

【ポイント】

労災の認定は、労働者保護の観点から自賠責や裁判実務よりもやや緩やかに後遺障害を認定していることがあります。

本件も、労災は2級を認定していたものの、裁判所は、原告がインスタに投稿した動画等から労災2級認定の中枢神経障害による後遺障害の残存を否認して、保険金請求を棄却しました。

昨今はSNSに様々な情報を投稿する人が多く、その中には、交通事故の受傷内容と整合しなかったり、主張と相反するような生活を送り、裁判の証拠として提出されることも少なくありません。

札幌地裁 令和5年1月18日判決

レンタカーを運転中に衝突された原告が、レンタカー会社にノンオペレーションチャージを支払ったが、レンタカー会社に休車損害が発生したとは認められないと本件事故とノンオペレーションチャージの支払いとの因果関係を否認した

解説

【事案の概要】

原告は、レンタカー会社所有のレンタカーを運転していたところ、被告運転の普通乗用車に衝突され、レンタカー会社にノンオペレーションチャージを支払いました。そこで、原告が、本件事故とノンオペレーションチャージの支払いには因果関係があるとして、約10万円(うち、ノンオペレーションチャージは2万円)を求めて訴えを提起した事案です(自保ジャーナル2149号154頁)。

ノンオペレーションチャージとはいわゆる休業補償のことです。「ノン・オペレーションチャージ」や「NOC」と表記することもあります。

貸し出しを受けたレンタカーが事故にあって営業できない期間、レンタカー会社が当該車両を使用できないことによる損害を意味します。

レンタカー会社と契約を結んだ被害者が契約に基づいて支払義務を負うとして、被害者がレンタカー会社に支払ったノンオペレーションチャージについて、加害者が賠償義務を負うかが問題になるものです。

【裁判所の判断】

裁判所は、被告の不法行為(本件事故)により直接発生した結果は原告車両の損傷であるから、被告の不法行為の被侵害利益は原告車両の所有権又は同車両を使用できる利益であると解され、レンタカーである原告車両においては、本件事故時に原告車両を運転していたのは原告であるものの、上記被侵害利益の主体は原告車両の所有者又は使用権原の帰属主体と推認されるレンタカー会社であるとしました。

その上で、本件ノンオペレーションチャージは、借受人等がレンタカー利用中に生じた事故によるレンタカー会社の休車損害についての借受人等の無過失賠償責任を義務付けるとともに、レンタカー会社と借受人等との間で休車損害についての賠償額の予定を定めたものと解されるから、原告による本件ノンオペレーションチャージの支払は、原告車両の所有者又は使用利益の主体であるレンタカー会社が被告に対して賠償請求し得る休車損害を、原告が肩代わりする形で原告に転嫁された反射的損害の実質を有するものであり、また、原告にも本件事故の発生について過失がある場合には、共同不法行為者(原告及び被告)の1人(原告)によるレンタカー会社に対する休車損害の賠償の実質を有するものであると解されるとしました。

この点、被侵害利益の主体(直接被害者)とは異なる者に生じた反射的損害であっても、当該反射的損害を被った者は、加害者に対して賠償請求ができる余地があるが(例えば、被用者(被害者)が加害者の不法行為による受傷のため就労不能となったが、雇用主が、就業規則等に基づき、就労不能期間中も被用者に賃金を支払っていた場合の、雇用主の加害者に対する被用者への支払済み賃金についての損害賠償請求等)、被侵害利益の主体(直接被害者)において反射的損害の基となる損害の発生が認めらない場合には、反射的損害を被ったと主張する者が、被侵害利益の主体(直接被害者)に対して当該反射的損害の基となる損害についての出捐をしたとしても、当該出捐は不法行為と相当因果関係のある損害とは認められないというべきであるとしました。

そして、本件では、被侵害利益(原告車両の所有権、又は、使用の利益)の主体であるレンタカー会社について休業損害が発生したことを認めるに足りる証拠はないから、原告の本件ノンオペレーションチャージの支払いを被告の不法行為と相当因果関係のある損害と認めことはできないと判断しました。

なお、本判決は確定しています。

【ポイント】

ノンオペレーションチャージを損害として認容した判決として、大阪地裁平成12年10月4日判決があります。

しかしながら、同判決は、ノンオペレーションチャージの損害性について争われた事案ではないため(判決の被告の主張欄には別論点(代替作業員の派遣費用については特別損害であり因果関係がない)の記載があるだけで、ノンオペレーションチャージについては記載なし)、実質的な判断としては、今回の判決が参考になるでしょう。

東京高裁 令和4年11月29日判決

駅改札内のを歩行中に転倒しTFCC損傷を負い通院したとする保険金請求は、原告の供述は信用できず約11年間に15回の保険金請求は余りに不自然である等から事故発生を否認し請求を棄却した

解説

【事案の概要】

原告(30代男性)は、駅改札内コンコースを歩行中に転倒し、左手三角線維軟骨複合体(TFCC)損傷の傷害を負い、整形外科と接骨院に通院し、傷害保険契約を締結する損害保険会社に対し、約130万円を求めて訴えを提起したものです。

【裁判所の判断】

1審東京地裁は、本件事故の発生についての原告の供述は信用できず、約11年間に15回の保険金請求歴は余りに不自然である等から、本件事故の発生を否認し、保険金請求を棄却しました。

まず東京地裁は、本件事故発生についての原告の供述の信用性につき、原告の「事故態様についての供述は、一瞬の出来事とはいえ、真に事故に遭った者の供述としては、記憶にない点が余りに多く不自然といわざるを得ない」他、原告の供述する駅の混雑状況に照らせば、「周囲の歩行者に地面に着けた左手が踏まれそうになったか否かや、原告にぶつかりそうになった周囲の歩行者がよける様子などについて、より具体的な説明があって然るべきところ、具体的な説明ができていない」上、「接骨院においては、左手をひねって痛めた旨の訴えを前提として施術を受けている」が、「損保の調査員に対しては明確に捻っていない旨説明しており、また、法廷においては、強く打った旨の本件申告や強い衝撃であった旨の供述しており、接骨院における訴えの内容との間で齟齬がある」等から、原告の供述は信用することができないとしました。

また、本件TFCCに係るMRI検査の結果についても、「画像診断医が骨挫傷を疑うような異常信号は認められないとしているのにもかかわらず、整形外科の診察医は、カルテに骨挫傷と記載している。このことはやや不自然といわざるを得ない」他、「整形外科の診察医は、骨挫傷を伴わないからTFCC損傷ではないとは言い切れないという知見を前提にして、原告については、臨床所見と併せて、例外的に骨挫傷は無いけれどもTFCC損傷であるとの診断をしている」等から、「本件TFCCに係るMRI検査の結果は、本件TFCC損傷の発生、ひいては本件事故の発生及び本件事故との因果関係について高い証明力を有するとまでは評価できない」としました。

さらに、原告は損保に対し、「約11年間に15回の保険事故が発生した旨申告し、損保から、傷害保険契約に基づく保険金として、合計約1300万円の支払を受けている」等の、「頻回の保険金請求歴はその頻度それ自体からして余りに不自然であって、本件事故が真実発生したことを疑わせるものであることや、原告は、前回事故について、事故現場や事故態様を直ちに思い出せないなど不自然な供述をしており、前回事故が真実発生したことについても疑わしく、そのような前回事故に係る保険金請求により比較的高額の利得を得ている」等から、「本件事故が真実発生したとは、証拠上、認められない」と本件事故の発生を否認して、保険金請求を棄却しました。

そして2審東京高裁も、1審と同様に、事故状況の矛盾を指摘し、原告の供述は信用することができないとしました。

MRI検査による画像診断について、原告の供述をからめて以下のように判断しました。

「本件MRI検査による画像を読影した画像診断医は、撮像範囲の骨髄に骨挫傷や骨折を疑うような異常信号は認められない旨、左手関節TFCC手背側部に浮腫を認め、背側線維や背側関節包、ECU腱鞘などの軟部組織の腫脹や損傷の可能性が考えられるが、臨床所見との対比を要する旨、TFCCの尺骨付着部については一部観察不良で微細な損傷についての判断は困難である旨の所見を述べている」とし、「上記所見は、一方では臨床所見との対比を必要とし、他方では微細な損傷についての判断は困難というものであって、それだけでは相応の蓋然性をもってTFCC損傷と判断できる所見には当たらない」としました。

そして、「本件MRI検査の結果は、本件TFCC損傷が発生したこと、ひいては、本件事故が発生したことの積極的な裏付けとなるものではない」と判断し、「整形外科の診察医は、原告の訴えを基礎とする臨床所見を重要な材料として、本件TFCC損傷が発生したとの診断をするに至ったと認められる」が、「原告の訴えの信用性については疑問があるといわざるを得ず、このことに鑑みれば、本件TFCC損傷が発生したとの上記診察医の診断も、本件事故が発生したことの積極的な裏付けとなるものとはいえない」等から、「本件事故が発生したことについて、原告の原審本人尋問における供述その他の証拠を信用することはできず、他にこのことを認めるに足りる証拠はない」として、「本件事故が発生したと認めることはできない」と本件事故の発生を否認しました。

なお、本判決は確定しています。

【ポイント】

短期間に複数の保険金請求があり、供述(事故状況・前後の状況)の信用性にも疑問がある場合に、原告の請求を棄却している裁判例があります。

例えば、神戸地裁平成30年2月27日判決は、8件の保険事故が発生したとし、うち5件の保険事故について、傷害保険金等を請求する原告について、約2年間に8回の保険事故の発生は通常考えられず、事故履歴自体が極めて不自然であり、合理的疑いが残るとして請求を棄却しました。

また、福岡地裁小倉支部令和3年4月26日判決は、原告が2階屋根から転落し、受傷したとする傷害保険金請求につき、原告が4か月前の事故で保険金請求書に添付した診断書は、原告が偽造したものであり、詐欺を行おうとしたことから、本件解除条項「重大事由による解除」に該当するとして、請求を棄却しています。

金沢地裁 令和4年7月28日判決

頸椎捻挫等から自賠責14級9号認定の後遺障害を残す原告の人身傷害保険金請求は、本件事故により原告に医学的他覚所見を伴う後遺障害が生じたとは認められないとして保険金請求を棄却した

解説

【事案の概要】

原告(50代男性)は、普通乗用車を運転して走行中、電柱に衝突する自損事故を起こし、頸椎捻挫等の傷害を負い、約1年間通院し、頸部症状から自賠責14級9号認定の後遺障害を残したことから、自動車保険契約を締結する損保に対し、人身傷害保険金約126万円を求めて訴えを提起したものです。

裁判所は、本件事故により原告に医学的他覚所見を伴う後遺障害が生じたとは認められないとして、保険金請求を棄却しました。

【裁判所の判断】

裁判所は、B病院の医師は、初診時及び終診時のいずれの時点においても他覚的所見が認められない旨の意見を述べ、また、同病院における診療録からも原告の訴える症状を裏付ける異常所見は窺われないことに加え、原0告は、本件事故の前から疼痛を訴えていることからすれば、B病院診断書に記載された傷病名や症状等が本件事故により生じたもので医学的他覚所見を伴うものとは認められないとしました。

そして、B病院診断書から、本件事故により原告に医学的他覚所見を伴う後遺障害が生じたと認めることはできないとしました。

また原告は、C大学病院診断書を提出して異常所見を主張しましたが、裁判所は、C大学病院診断書は、本件事故から約1年が経過した時点で作成されたものであり、それ以前に作成されたB病院診断書からは、原告に医学的他覚所見の伴う後遺障害が生じたと認められないことからすれば、C大学病院診断書に記載のある傷病名、自覚症状及び検査結果等が本件事故により生じたものとは直ちに認められないとしました。

そして、B病院の診療経過において、握力、背筋力、立位体前屈、挙上検査についての異常所見は認められず、むしろ、同病院診断書には、頸椎部の運動障害として、前屈30度、後屈0度、右屈20度、左屈20度、右回旋40度及び左回旋40度と記載されており、C大学病院診断書作成時点における頸椎部の運動障害の程度は、B病院診断書作成時点より悪化していることからすれば、C大学病院診断書作成時点の運動障害は、本件事故後の事由によるものである可能性も否定できないとしました。

さらに、C大学病院診断書に理学的検査において異常所見が認められる旨の記載があるとしても、それらの所見が本件事故によるものであるとは認められず、同診断書から本件事故により原告に医学的他覚所見を伴う後遺障害が生じたと認めることはできないとしました。

以上により、裁判所は、本件事故により原告に医学的他覚所見を伴う後遺障害が生じたと認めることはできず、原告の後遺障害についての人身傷害保険金の請求は認められないと判断したものです。

なお、本判決は確定しています。

【ポイント】

人身傷害保険金において、請求者は医療機関の後遺障害診断書に基いて請求するものの、治療経過に整合しなかったり、診療録の記載と矛盾していたり、他の医療機関の診断と整合しないケースは少なからずあります。

本件も「医学的他覚所見」ないと認定して、保険金請求を棄却したものになります。

東京高裁 令和3年11月17日判決

右折のため停車中の車両(右折車両)の左側を通過した車両が、右折車両の前方で他車と衝突し、その際の破片により生じたとする右折車両の損傷は、物理法則から右折車両の方向に飛ぶことは考え難いと損傷を否認した

解説

【事案の概要】

原告が路外施設に右折するため停車中、原告車両の左側を通過して原告車両の前方に出たY車両と、路外施設から右折進入してきたZ車両が衝突し、飛散したY車両らの破片が4mから6m後方の原告車両に当たり損傷したとして、修理費用約84万円を求めて訴えを提起した事案です。

一審の千葉地裁は本件事故で飛散した破片によって損傷したとして、原告の請求を認容しました。それに対する控訴審判決になります。

【裁判所の判断】

東京高裁はまず、①本件事故は被控訴人車両(原告車両)の左前方で発生していること、②本件各損傷のうち目立つのは、被控訴人車両の前面左下部を中心に生じた擦過痕であること、③本件事故は、被控訴人車両の新規登録から2ヶ月以内に発生しており、その間、被控訴人車両は事故にあっていないこと、④本件事故の約1か月前、被控訴人車両は納車後1ヶ月点検を受け、その際、損傷の指摘を受けなかったこと、⑤本件事故当日、被控訴人は、保険会社の担当者に対し、控訴人Y車両の破片が飛んできて被控訴人車両に傷がついたと述べていること、⑥警察官作成に係る本件事故の物件事故報告書に、控訴人Y車両と控訴人Z車両とが衝突し、その破片が被控訴人車両に衝突したとの記載があることが認められるとしました。

以上の事実に加え、裁判所は、本件事故の態様等からみて、本件事故により車両の破片が発生しても不自然ではないことを考慮すると、本件各損傷は、本件事故によって飛散した車両の破片が被控訴人車両に当たったことにより生じた可能性があるとも考えられると指摘します。

その上で、裁判所は、仮にそうであったとすると、被控訴人車両が停止していた位置ないしその後方付近に少なからぬ量の車両の破片が落ちていたはずであり、被控訴人または被控訴人から申告を受けた警察官において収集、保存されるのが自然であるとしました。

ところが、本件全証拠を検討しても、そうした破片は一切証拠として提出されていないばかりか、控訴人ら(Y車両及びZ車両運転手)はもとより、被控訴人においても、このような破片の存在を目にしていない事実が認められるとしました。

また、裁判所は、本件各損傷は、非常に微小な傷であることに加え、本件事故までの被控訴人車両の走行距離は優に2000Kmを超えていたというのであるから、飛石などが原因で生じた自然損傷の類とみる余地も十分にあるとしました。

そして、裁判所は、そもそも、本件事故の態様からも明らかなとおり、本件事故時、控訴人Y車両は右折待ちのため停止中の被控訴人車両を追抜き、その前方を被控訴人から離れる方向に直進しており、一方、控訴人Z車両は、同じく停止中の被控訴人車両の前方を横切り右折して被控訴人から離れる方向に直進しようとしていたのであるから、被控訴人車両の前方を被控訴人車両から離れる方向に移動中の2台の車両が衝突したことになるとしました。

そうすると、その2台の車両の衝突によって車両の破片が生じたとしても、物理法則によれば、その破片は被控訴人車両から離れて行く方向に飛ぶはずであり、被控訴人車両の方向に飛ぶことは考え難いとして、本件事故によって生じた車両の破片によって被控訴人車両に損傷が生じたとは認められないと判断したものです。

なお、被控訴人(原告)が上告しましたが、最高裁は上告を棄却しています。

【ポイント】

東京高裁が指摘するように、各間接事実(事情)からは1審のように事故による損傷とみなす余地もありますが、一方において、物理法則を重視したシンプルかつ説得的な判断と言えるでしょう。

交通事故においてまず重視されるのは、「事故現場の道路状況」と「車両の損傷状況」という動かしがたい事実になります(「簡易裁判所における交通損害賠償訴訟事件の審理・判決に関する研究」法曹会など)。車両の損傷状況がそもそも発生しうるものなのか、物理法則としてどうなのかという視点で判断した裁判例ということができるでしょう。

福岡高裁 令和4年6月30日判決  高次脳機能障害

28年後症状固定とする3級高次脳機能障害は画像所見に脳萎縮や脳室拡大が認められないとして事故による高次脳機能障害の発症を否認した

解説

【事案の概要】

3歳男児が平成元年4月、福岡市内の住宅街道路を歩行横断中、自動車に衝突され、脳挫傷・右鎖骨骨折・顔面・両膝部挫傷等の傷害を負った事案です。

平成6年8月、双方弁護士が受任していったん示談成立し、示談書には示談成立後、予見できない後遺障害が発生した時は損害賠償請求できると付記されていました。

被害者は平成6年9月、後遺障害9級「神経系統の機能又は精神に障害を残し、服することができる労務が相当な程度に制限されるもの」と認定されました。

被害者は、平成29年8月30日が症状固定日であるとの診断を受け、平成30年9月、既払金を控除し約1億4000円の支払いを求めて福岡地方裁判所に訴えを提起した事案です。

【裁判所の判断】

福岡地裁、そして控訴審である福岡高裁ともに、本件事故と高次脳機能障害の因果関係を認めず、原告請求を棄却し、そして控訴も棄却したものです。

福岡高裁も、控訴審における控訴人の補充主張をふまえて原判決を補正したほかは、地裁判断を基本的に踏襲しました。

まず福岡地裁は、「原告の画像所見上、高次脳機能障害の原因となる脳萎縮や脳室拡大の所見が認められないこと、症状の経過が脳外傷による高次脳機能障害とは整合しないことからすると、意識障害の程度が重篤なものであったことをもって、原告の主張する症状が、本件事故による脳外相を原因として高次脳機能障害が発症したものであると推認することは困難というべきである。したがって、本件事故と原告の主張する症状との因果関係が証明されたとはいえない」と判断しました。

なお福岡地裁は、念のためとして、「本件訴訟提起時点で本件事故日から20年以上が経過しているから、原告の損害賠償請求権は除斥期間の経過により消滅した」として除斥期間の適用も認めています。

福岡高裁では控訴人(原告)から医師意見に基づく補充主張がなされましたが、福岡高裁は、「医師は、慢性期の画像所見において脳室拡大、脳萎縮が認められないことや最終的な脳の損傷が少なかったことは、幼児の脳の可塑性によるものであるとの意見を述べている。しかし、外傷による脳室拡大、脳萎縮は、慢性期において固定したままで消失するものではないから、同医師の上記意見は医学的根拠があるものとはいえないし、同医師において高次脳機能障害の発症を裏付け得る画像所見を指摘することはできていないことに照らしても、当裁判所の判断を左右するものではない」と判断しました。

【ポイント】

交通事故の被害者が若年、特に幼児であった場合、心配した家族が症状固定に応じず、治療期間が相当に長期に渡るケースも少なくありません。

その場合、一定の時期を見計らって、加害者側から債務不存在確認訴訟を提起することが通常です。

これに対して、本件はいったん示談成立したため、その後、被害者側から予見できない後遺障害が発生したとして損害賠償請求しないまま、長期間が経過したものと思われます。

なお裁判所の認定した事実経過によると、原告は、本件事故後、小学校、中学校、高校の普通学級に入学して卒業し、また普通二輪免許や中型免許を取得し、会社に就職勤務して資格を取得しています。このような社会生活状況をふまえた上で、高次脳機能障害の機序にかかる医学的知見から相当因果関係を否認したものになります。

東京高裁 令和3年12月2日判決

車両離合時の軽微接触による頚椎捻挫等の受傷は、プロの格闘家で外力に対する抵抗力が通常の者より強い等からも通院を要する傷害を負ったとは認められないと否認した

解説

【事案の概要】

信号交差点を左折したところ、左折先の道路で停止していた対向貨物車が前進してきて接触し、頚椎捻挫及び左肘部打撲の傷害を負ったとする事案です。

原告(30代・男子)は3か月通院し、車両も損傷したとして、物的損害含めて約140万円の支払いを求めて訴えを提起した事案です。

【裁判所の判断】

原審は、本件事故による受傷を認定し、事故後20日で症状固定と判断していました。

これに対して、控訴審である東京高裁は、「Y車が低速でその右フロントタイヤをX車の右側後部に押し込むように1回接触したものであって、このような事故態様からすれば、Xが受けた衝撃はかなり小さいものであったと認められること、本件事故は、狭い道路で車両同士のすれ違いの際に発生したものであり、Xは、当然に他方の車両であるY車の動向を注視していたものと考えられることからして、およそ不意を突かれた予測不能な事故とは異なること、そして、Xは、プロのキックボクサーであり、そもそも外力に対する抵抗力が通常の者より強いと考えられること」を指摘しました。

さらに、東京高裁は、「Xは、本件事故の翌日以降頸部痛を訴えて通院していながら、当初は警察に本件事故を物損事故として届け出ており、人損事故に切り替えてくれるよう申し出たのは本件事故から約1か月半後であったこと、XがプロのキックボクサーであることやXが本件事故以前にも数回交通事故に遭っていることからすると、本件事故以外にもXの頸部痛等の原因は考えられる」ことを指摘した上、「Xが本件事故の翌日以降通院しているとの事実があるとしても、Xが本件事故により通院を要するような頚椎捻挫や左肘打撲の傷害を負ったと認めることはできない」として、Xの受傷を否認しました。

【ポイント】

一審と控訴審で評価が分かれた事案です。

控訴審は事故の態様と被害者の個性(プロのキックボクサー)であることを重視して心証を形成したものと思われます。

離合時の接触事故は千差万別であり、一概に軽微事故であるから人身被害ないとはいえません。一方、事案によっては様々な間接事実を拾い上げて、受傷の有無について検討する必要がでてきます。

大阪地裁 令和3年10月7日判決

原告主張の12級左肩関節痛及び左肩関節機能障害は他覚的所見に乏しいと否認し、14級頸部痛等は永続性を有するとは認められないと後遺障害の残存を否認した

解説

【事案の概要】

原告(男子)が運転する原動機付自転車が、白線(外側線)の左側を走行していたところ、被告自動二輪車が路外に出るため減速しながら左に寄りつつ、白線(外側線)の左側を走行し始めて衝突した事故です。

原告は、頸部挫傷、左肩挫傷等の傷害を負い、約半年通院して、14級9号頸部痛、12級13号左肩関節痛、12級6号左肩関節機能障害の後遺したとして、約1400万円の支払いを求めて訴えを提起した事案です。

【裁判所の判断】

大阪地裁は、後遺障害の残存を否認して、治療費・慰謝料等として既払金を除き、約19万円の支払い命じました(自保ジャーナル2113号115頁、確定)。

大阪地裁は、後遺障害について以下の通り判断しました。

まず、「頸部痛、左肩関節痛、左肩機能障害のいずれについても、画像所見、神経学的所見といった他覚的所見に乏しいものであることに照らすと、自賠法施行令別表第二第12級13号、同12級6号の後遺障害を認めることはできない」としました。

そして「診療録の経過記録欄を見ても、ほぼ一貫して記載があるのは左肩の症状のみであり、左肩の症状については、関節周囲炎の要素が入っているものである。現在の症状として原告の供述するところでも、何もしていなければ痛くはないというものであって、ほとんど常時疼痛を生じているものとはいえないものである。これらのことをふまえると、その症状が永続性を有するものと認めることはできないものと言わざるを得ず、したがって、頸部痛についても、左肩関節痛についても、自賠法14級9号の後遺障害を認めることはできない」と結論づけたものです。

なお事故態様は、白線左側を直進していた原動機付自転車と路外のコンビニ駐車場に出るために白線右側に寄ってきた自動二輪車の接触事故ですが、過失割合として原告30対被告70と判断しています。

【ポイント】

後遺障害の主張については、診療録の診療経過から、他覚的所見がないこと、常時疼痛を訴えていないこと等から、永続性を有する後遺障害とは認められないと判断したものです。

後遺障害の主張立証においては、診療録における診療経過がまずは基本的な資料となります。

また事故態様については、被告は、「路外のコンビニ駐車場に入ろうとしたところ車両あったので停止していた」と主張し、過失割合についても、「原告は通行区分に違反して路側帯を走行し、徐行し停止するなどの安全運転をしてないかった」として原告過失90%以上と主張しました。

裁判所は、両車両ともに白線の左側に入って生じた事故であり、「原告車両が路側帯内を走行したことをもって、一方的に原告に不利に過失割合を修正するべきものと認めることはできない」と判断しました。

進路変更車両同士の過失を念頭に30対70と判断しています(車両同士は判タ153図で30対70、四輪車対バイクは225図で20対80)。

大阪地裁 令和3年11月12日判決

停止中に追突され50メートル以上先まで移動した事故と右膝前十字靭帯損傷との因果関係を否認した

解説

【事案の概要】

原告(男子・40代)は、片側1車線道路で乗用車を運転して停止中、被告自動車に時速55~60キロで追突されました。その結果、原告は頚髄損傷、第6頚椎不全骨折、右膝前十字靭帯損傷の障害を負い、自賠責12級13号後頚部痛認定のほか、労災認定12級右膝痛から併合11級後遺障害を負ったとして、既払金を控除し約1800万円を求めて訴えを提起した事案です。

【裁判所の判断】

大阪地裁は、右膝前十字靭帯損傷と事故との因果関係を認めず、本件事故と因果関係のある治療期間を6か月に制限し(症状固定の主張時期は1年4ヶ月)、原告の請求を棄却しました(自保ジャーナル2112号73頁、控訴)。

大阪地裁は、前十字靭帯損傷と事故との因果関係につき、以下のように判断しました。

まず「原告の前十字靭帯損傷は、前内側繊維及び後外側繊維から成る前十字靭帯のうち前内側繊維が完全断裂したものであったから、軽傷ではなかった。このような前十字靭帯損傷が本件事故により発生したのであれば、本件事故の当日に運動良好で、前十字靭帯損傷に伴う可動域制限が出現せず、翌日に膝蓋腱反射の検査も行って、前十字靭帯損傷に伴う膨張が指摘されなかったことは不合理である」としました。

そして「また、本件事故の11日後、前十字靭帯損傷を鑑別する各種テストが行われた上で、疑う所見なしと診断された。原告の主治医は、前十字靭帯損傷が膝に直接外力がかからずとも(接触しなくとも)受傷することはスポーツにおいては高頻度に見られており、外観上右膝に出血や膨張が見られなかったからといって本件事故により前十字靭帯損傷を負ったことを否定することはできないとの意見を述べるものの、前十字靭帯損傷が非接触で発生することは、前十字靭帯損傷の発生に伴う諸症状が出現しないことの理由にならない。」としました。

さらに「原告の右膝の症状は、退院から1ヶ月以上経過した後に、急に増悪したり、膨張も出現しており、前十字靭帯再建術の時に明らかな異常が認められなかった外側半月板に、約6ヶ月後不全断裂が認められたように、本件事故以外の原因も十分考えられる。」、「原告は、病院において、畑仕事等に積極的であった旨の説明をしていたところ、本件訴訟において、子を祖父宅の畑で遊ばせるため連れて行って遠くから見ていただけとか、医師等に運動していることをアピールするために虚偽説明をしただけとか供述するから、このような原告が本件事故以外の原因となり得る事実はないと主張しても信用できない」として、前十字靭帯損傷について因果関係は認められないと判断したものです。

【ポイント】

前十字靭帯は後十字靭帯とともに、膝関節の関節腔内にある2本の靭帯の1つ。
大腿骨の外側顆の顆間窩面後方部から前下方に向かい、脛骨顆間隆起の前方に付着します。大腿骨に対して脛骨が前方に滑るのを抑制します(医学大辞典)。

膝関節軽度屈曲位でのジャンプや着地する場合や、急な方向転換時に、前十字靭帯に加わる力がその最大張力を上回ると前十字靭帯断裂が生じるとされています(医学大辞典)。

本件は、時速55~60㎞の車両から追突され、50メートル先まで移動したというものであり、事故自体の衝撃は小さくなかったようです。

しかしながら、事故直後から前十字靭帯損傷において通常発生する膨張や出血は認めれなかったことなど、診療経過を丁寧に拾い上げ事実認定した上、因果関係を否認したものです。

本件は、労災で、後頚部痛及び右膝痛等について、それぞれ「局部に頑固な神経症状を残すもの」(労災保険施行規則別表一12級の12)に該当すると判断されていました。労災は労働者保護の視点から自賠責よりも認定が緩やかな傾向があるため、必ずしも訴訟においてその判断が維持されるとは限りませんので事前に分析検討が必要不可欠になります。

大阪地裁 令和3年10月29日判決

12級右足関節痛及び14級腰臀部痛の後遺障害は医学的に説明可能な症状とは認められないと事故との因果関係を否認した

解説

【事案の概要】

有職主婦の原告(40代女性)が自転車で一方通行の路上を走行中、前方の被告車両(普通乗用車)が後退してきたため停止したところ、被告車両が後退を続けて衝突され、右足関節捻挫、腰椎捻挫等の傷害を負い、1年10か月通院した事案です。

後遺障害について自賠責は非該当でしたが、原告は、12級右足関節痛等及び14級腰臀部痛の後遺障害を残したとして、既払金を除き約1497万円を求めて訴えを提起しました(自保ジャーナル2110号98頁)。

【裁判所の判断】

大阪地方裁判所は、まず腰部について、「当初攣ったような痛みと表現されていたものが、4日後には改善し、尾骨の痛みとされたり、正常とされていた仙腸関節部にリハビリが処方されたり、骨萎縮を含めて他覚所見がなかったのに、医学的機序が明らかにされないまま、複合性局所性疼痛症候群と診断されたり、医学的に説明可能な症状とは認めれない」と判断しました。

また大阪地裁は、右足部についても、「本件事故直後は、独歩可能で、膨張なく、痛みも僅かであったし、パートタイム勤務も休業することなく、他覚所見もなかった(反訴原告は、腫れが醜くなったため本件事故当日に受診したと供述したり、陳述したりするものの、信用できない)。にもかかわらず、約2週間後、松葉杖が必要になり、症状も、右足関節外側に痛み僅か、外果前方軽度圧痛であったものが、約10日誤、足背関節部痛・足親指近くの甲の痛みに変わったり、約2ケ月後、踵や右足薬指足底部痛が加わったりするようになり、1年以上経過して行われたMRI検査で高信号域が認められた。下垂足(他動で関節可動域なし)の医学的機序も明らかでない。したがって、医学的に説明可能な症状とは認められない」と判断しました。

その上で、後遺障害について因果関係を認めないのが相当であると結論づけたものです(原告控訴中)。

【ポイント】

一方通行路を逆走するように後退した被告車両の速度は低速であり、衝突後、原告は転倒しませんでした。

原告の訴える症状は事故態様とも整合しないと思われます。

そして原告の訴える各症状が変遷したり、部位が変わったりしており、この点について医学的に説明可能な症状とは認めらないと判断したものになります。

同種裁判例とは、原告(50代男性)の頸部痛は、MRI検査での頚椎の所見が事故によって生じたと認めることはできないと否認し、腰痛についても医学的根拠があるとは認めることは困難であるとして後遺障害の残存を否認した神戸地裁平成28年9月26日判決(自保ジャーナル1988号)などがあります。

宇都宮地裁栃木支部 令和3年7月13日判決

原告主張の併合11級後遺障害は残存したことを認めるに足りる証拠はないと後遺障害の残存を否認した上、脊柱管狭窄症の既往歴から8割の素因減額を認定し請求棄却した

解説

【事案の概要】

家事従事者の原告(66歳女性)が、高速道路上を普通乗用車を運転して渋滞停車中、被告会社保有の大型貨物車が2台後方の大型貨物車に追突した結果、原告車が玉突き追突されました。そして原告は仙骨骨折、頚椎捻挫、腰椎捻挫、両肩挫傷及び両膝部挫傷等の傷害をおって約8ヶ月間通院し、12級13号頚部痛及び同左膝痛の他、12級6号左肩関節機能障害等の併合11級後遺障害を残したと主張して、既払金を控除し約1400万円を求めて訴えを提起しました(自保ジャーナル2103号108頁)。

【裁判所の判断】

まず宇都宮地裁栃木支部は、後遺障害については、原告提出の医師意見書の問題点を指摘して後遺障害の残存を否認しました。

例えば、「(4回目の診察時には)頚椎後屈制限残っているとの記載があり、前屈は改善したことがうかがえるにもかかわらず、意見書には、前屈・後屈:30/20度とのみ記載され、合理的な説明がされていない」、「腰椎に関しては、整形外科の診療録では初診時以外には何らの記載もないのであり、意見書の意見を基礎付ける検査結果等は存在しない」ことなどを指摘した上で、「E医師作成の上記意見書を信用することはできず、かつ、同意見書とおおむね同内容の後遺障害診断書もまた信用できない」として、「原告に後遺障害12級13号を含め、何らかの後遺障害が残存したことを認めるに足りる証拠はない」と判断して、原告の後遺障害の残存を否認しました。

つぎに素因減額については、同裁判所は、「平成20年頃から腰から足にかけてのしびれを感じ始め、遅くとも平成24年10月1日には大学病院にて脊柱管狭窄症の診断を受け、この脊柱管狭窄症により背部、腰部及び下肢に強い疼痛が出現しており、この前後の時期を通じてペインクリニックで平成26年5月頃まで週1回程度の頻度で定期的に腰部硬膜外ブロック注射を受けていたものの、同年6月5日には他病院にて上記脊柱管狭窄症に関して左L3下関節突起摘出の手術を受けるに至ったが、上記疼痛は改善されず、平成27年12月7日の他病院での診察時には、右腰の痛みに関しては立ち上がれないほどに痛くなっている状態であった」と認定し、「原告の本件事故後の腰部や下肢の疼痛には、脊柱管狭窄症の既往歴が大きく寄与しているものといわざるを得ない」と判断しました。

その上で、「原告の本件事故後の頚部、腰部、左下肢(特に左膝)の痛みに関しては、いずれも既往症や本件事故以前の症状が大きく寄与していたものといえることから、大幅な素因減額ないし寄与度減額を免れない」として、「その割合としては8割をもって相当と認める」と8割の素因減額を認定したものです。

以上を前提に、宇都宮地裁栃木支部は既払い金を除いて被告に賠償請求できる損害額はないとして、原告の請求を棄却しました(原告控訴)。

【ポイント】

被害者が後遺障害を主張する場合、特に自賠責保険にて非該当の場合には、医師意見書等にて立証する必要があります。ただしその医師意見書が診療録の記載から乖離していたり、信用性に問題があることも少なくありません。

脊柱管狭窄を既往とする素因減額事例としては、以下のような判決があり参考になります。

頚髄損傷から3級3号四肢不全麻痺を残し脊柱管狭窄を既往する47歳男子原告の素因減額につき、原告の頚髄損傷の発生又は拡大については、本件事故以外の要因として、脊柱管狭窄が寄与したと4割の素因減額を認定した(横浜地裁 平成30年10月23日判決 自保ジャーナル2036号)

脊柱管狭窄を有する58歳男子原告の素因減額につき、原告の後遺障害は、本件事故の態様に比して結果が重大といえ、その発生には、本件事故の前から有していた脊柱管の高度かつ広範な狭窄等の変性が大きく寄与したとして、5割の素因減額を認定した(水戸地裁 平成30年5月23日判決 自保ジャーナル2031号)

熊本地裁 令和3年3月23日判決

道路右端に佇立中の男性が対向被告乗用車の左サイドミラーに衝突され転倒し14級9号左肘痛等を残したとの主張は過大な賠償金を得ようとする意図がうかがえると転倒を否認し後遺障害の残存も否認した

解説

【事案の概要】

原告(30代男性)は、道路右端で両手に段ボールを持って佇立中、被告運転の対向普通乗用車の左サイドミラーにすれ違う際に左肘を衝突され転倒し、腰椎捻挫、左膝打撲傷、頸椎捻挫、左肘内側側副靭帯損傷等の傷害を負ったとして7カ月間通院しました。その後、自賠責非該当でしたが、原告が頸部痛、左上肢の痺れ、左肘痛等から14級9号後遺障害を残したと主張して、既払金を控除し約960万円を求めて訴えを提起したという事案です。

【裁判所の判断】

熊本地裁は、原告には本件事故を原因として過大な賠償金を得ようとする意図がうかがえると本件事故による転倒を否認し、後遺障害の残存及び休業損害の発生を否認しました(自保ジャーナル2099号・80頁。控訴後和解)。

まず、原告の転倒の有無については、以下のように判断しました。

原告は、「本件事故の衝撃で後ろに飛ばされるような形で転倒した」と供述しました。

これに対して、裁判所は、「本件事故当日に原告立会いの上で実施された実況見分の調書には、衝突後に立ち止まった地点が別紙見取図の【イ】の位置である旨の原告の指示説明が記載されており、原告が転倒したことをうかがわせるような記載は全くない」と実況見分調書の記載との矛盾点を指摘しました。

その上で、「原告が受診した病院の診療録の本件事故の2日後の欄には明確に「転倒していない」と記載されている」こと、「原告が本件訴訟において過去の事故歴について求釈明を受けたにも関わらず前件事故等を明らかにせず、右利きであるにも関わらず左利きであるなどと主張して休業損害を請求していることからすると、原告には本件事故を原因として過大な賠償金を得ようとする意図がうかがえる」として、「原告の上記供述は採用できず、原告が本件事故時に転倒したとは認められない」と原告の転倒を否認しました。

また、後遺障害の残存については、以下のように判断しました。

原告は、「クリニックに通院した当初の約2カ月半の間、頸椎捻挫、腰椎捻挫及び左膝打撲傷の診断のもとリハビリ治療等を受けていたものであり、左肘部の痛みを訴えた様子はうかがえないから、原告が本件事故後に一貫して左肘部の痛みを訴えていたとは認められず、その症状の推移や治療経過にかんがみると、将来においても回復が困難な後遺障害に該当すると認めることはできない」としました。

さらに、「原告が主張する頸部痛、左上肢の痺れ及び左膝痛については、頸椎捻挫及び左膝打撲傷の傷害に起因するものと考えられるところ、そもそも原告が本件事故により頸椎捻挫及び左膝打撲傷の傷害を負ったとは認められないから、原告に頸部痛、左上肢の痺れ及び左膝痛の症状が残存しているとしても、これらを本件事故による後遺障害と認めることはできない」として、「原告が本件事故による後遺障害を負ったと認めることはできない」と後遺障害の残存を否認しました。

【ポイント】

事故態様に照らして過大と思われる被害申告がなされるケースは少なくありません。

本件では、実況見分調書や診療録の記載との矛盾点とともに、過去の事故歴や利き手についての主張の不合理性から、裁判所が「原告が転倒したとは認められない」と認定したものであり、実務の参考になります。

広島高裁 令和2年10月7日判決

直進車両運転者が、対向右折乗用車との接触を避けようと急制動し、頚椎症性脊髄症等を受傷した非接触事故において、症状固定日を対症療法が中止となった事故の2年後と認め、損害賠償請求権は時効消滅したと請求を棄却

解説

【事案の概要】

原告(男子)は、青信号交差点を乗用車を運転して直進中、対向車線から右折してきた被告運転の乗用車を避けようとして、急制勤し運転席右側窓ガラスに頭部を強打する等したことから頸椎捻挫、頸椎症性脊髄症及び左肩関節打撲症等の傷害を負い、約3年5ヶ月間通院し、右前腕・手のしびれにより自賠責12級13号後遺障害認定を受け、既払金を控除し約1057万円を求めて訴えを提起した事案です。

【裁判所の判断】

広島高裁は、消滅時効の完成を認め、原告の請求を棄却しました(自保ジャーナル2095号122頁)。

広島高裁は、消滅時効につき、以下のように判断しました。
まず「C医師は、本件受傷の症状固定日について、本件症状固定診断書をもって、平成27年12月31日と判断している」が、「本件症状固定診断書には、本件受傷と異なる部位である左肩関節打撲症も傷病名に記載されており、左肩関節打撲症は、本件転倒事故によるものであることからすると、本件症状固定診断書の症状固定日をもって本件受傷の症状固定日と直ちにみなすことはできない」と判断しました。

その上で、「本件受傷の治療経過を見ると、平成24年11月13日の時点で本件受傷について既に手術適応と認められたにもかかわらず、その後は3年以上、手術を受けないまま対症療法的な治療が継続しており、経過観察にとどまっている」ことから、「本件症状固定診断書のみをもって、本件受傷の症状固定日を平成27年12月31日と認めることはできないといわざるを得ない」としました。

さらに、「Xは、本件受傷について、本件事故後約3ヶ月半経過した平成24年11月13日の時点で、手術適応と診断されたが、自らの意思でその後も手術を受けることなく、長期間にわたり、継続的にDクリニックにおいて対症療法を受けていたこと、同年12月の時点で一旦症状が増悪したものの、その後軽快し、平成25年6月からはE会社に再就職して稼働を開始し、Dクリニックヘの通院の頻度も減っていたこと、同年12月以降に症状は悪化し、再度休業を余儀なくされ、Dクリニックヘの通院頻度も増加したが、本件転倒事故による受傷の影響によるものであって、本件受傷自体にはその前後において著変は認められていないことなどの事情が認められる。そして、そうした経過をたどった後、平成26年7月18日には、本件事故を契機として最も通院回数の多いDクリニックの治療も中止となっている」ことから、「本件受傷については、かなり早い段階(平成24年11月時点)で手術による以外に治療の効果が望めず、それ以上の治療の効果が望めない状態であったにもかかわらず、その後もXの意思により手術を受けないまま長期間にわたりDクリニックを中心とした対症療法を受けていたのみであったというべきであり、遅くとも、その対症療法による治療も中止とされた平成26年7月18日の時点では、本件受傷は症状固定に至っていたものと解するのが相当である」としました。

「X主張の損害賠償請求権は、その全額について遅くとも症状固定時である平成26年7月18日から消滅時効が進行し、同日から3年後の平成29年7月18日の経過をもって、時効消滅したものと解するのが相当である」と消滅時効の完成を認定し、原告(被控訴人)の請求を棄却しました。

なお原告が上告しましたが、最高裁が上告を棄却して確定しています。

横浜地裁 令和3年2月3日判決

追突事故による頸椎捻挫は、いつでも停止できる極めて軽微な接触であり、6か月間の通院は自賠責保険の保険金額等を念頭において通院していた等から受傷を否認

解説

【事案の概要】

原告(40代男性)は、妻(40代女性)が同乗する普通乗用車を運転して停止中、被告運転の普通乗用車に追突され、頸椎捻挫等の傷害を負い、自賠責非該当も、半年通院して既払金120万円を控除し約49万円を求め、妻も同様に頸椎捻挫の傷害を負い、半年通院して既払金120万円を控除し約85万円を求めて訴えを起こした事案です。

【裁判所の判断】

横浜地裁は、原告ら主張の頸椎捻挫は被告車がいつでも停止できる程度の極めて軽微な接触であり、過去の事故同様に6ヶ月の通院期間は自賠責保険の保険金額を念頭において通院していたと原告らの受傷を否認し、請求を棄却しました(自保ジャーナル2094号64頁、確定)。

横浜地裁は、「本件事故は、被告が、前車である原告車が停止したのを見て、そのすぐ後方にぎりぎりまで寄せて停止しようとして前進していたところ、距離を見誤ったことにより、被告車の前部ナンバープレートのビス部分が原告車の後部バンパー中央付近に接触したというものであったと認められる。」と判断しました。

その上で、「被告車は、停止した原告車との車間距離を測りつつ、少しずつ接近したとみるのが自然であるから、接触直前の被告車の速度は、いつでも停止できる程度の低速であったと合理的に推認される。このことは、本件事故後に両車が接触したままの状態で停止していたこと、原告車の後部バンパーにみられた微細な塗装のはがれのほか、両車に損傷がなかったこと、両車が接触したような音や衝撃等はほとんど感じられなかったこと(だからこそ、原告ら及び被告は、事故後に接触の有無を殊更確認する言動に出たとみるのが自然である。これに反する原告の供述は、甚だ曖昧で具体性がないこと、同人が過去の事故についても事故態様を誇張して申告していたこと等に照らし、信用することができない。)、被告及び同乗者に全く怪我がなかったこと等の事情にもよく整合する」としました。

その結果、「本件事故は、被告車の前部ナンバープレートのビス部分のみが原告車の後部バンパー中央付近に、いつでも停止できる程度の低速で接触したという極めて軽微な態様であったから、本件事故が後方からの追突であったことを勘案しても、これにより原告らが主張するような傷害(原告らはいずれも頸椎捻挫により約6ヶ月間の通院治療を受けたと主張する。)を生じさせるほどの力が及んだとはおよそ考え難く、上記受傷の事実は認め難い。」としました。

加えて、原告らは「転院(本件事故の2ヶ月以上後)になって通院頻度が急激に増加したり、新たな症状を訴え始めるなど、原告らの治療・症状の経過は、事故による外傷のそれとしてはいささか不自然であること、本件事故における原告らの各通院期間は過去に遭ったという交通事故の大半と同じく約6ヶ月間であり、原告らが自賠責保険の保険金額(傷害につき120万円)を念頭において通院していたことがうかがわれること等の事情にも照らすと、原告らが上記の通り診断、治療を受けているからといって、本件事故により原告らが上記受傷をしたと推認することはできない」として、本件事故による受傷を否認しました。

【ポイント】

軽微接触による受傷を否認した裁判例は少なからずあります。

本件事故態様は、被告車が、交差点や横断歩道上に停止するのを避けるため、反訴原告車の後方ギリギリまで接近させようとしていたところ、誤って時速1キロメートル未満の速度でじりじりと前進させていたところ、全車である原告車両と接触したというものでした。

本件の特殊性は、原告が本件事故を含めて6件の交通事故歴があり、しかも自賠責保険に請求して支払いを受けていたこと、過去の事故の大半が約半年通院していたことになります。
裁判所はこの過去の請求歴も総合的に判断して受傷を否認したものになります。

大阪地裁 令和3年2月26日判決

走行中に動物を避けて石に衝突したとする自損事故は、運転者説明のハンドル操作が著しく合理的でなく、運転者の経済的状況から故意事故と認定した

解説

【事案の概要】

原告(会社代表取締役)は路上を運転中、右前方から出てきた動物を避けようとしてハンドルを切り、ブレーキを踏む等したところ、スリップして石に衝突し、頸椎捻挫等の傷害を負ったほか、本件車両が損傷したとして、自動車保険契約を締結する損害保険会社に対し、保険金約536万円を求めて訴えを提起した事案です。

原告は、時速30~40キロメートルで進行していたところ、2~3m右前方から動物が出てきたので、少し左にハンドルを切り、その後、ハンドルを右に戻し、動物との衝突を避け、さらに車両の右側ドア付近から衝突音が聞こえたことから、ハンドルを大きく左に切り、ブレーキを踏んだがスリップして、車両前方に存在していた石に衝突したと主張しました。

【裁判所の判断】

大阪地裁は、原告の説明するハンドル操作は衝突を避ける行動としては著しく合理的でなく、原告の会社事業の規模縮小や原告自身も抵当権設定の経済状況等から原告の故意事故と認定し、保険金請求を棄却しました(自保ジャーナル2093号146頁)。

問題となる事故状況について、大阪地裁は、「原告は、平成30年3月13日付説明書では、事故当時、左にハンドルを切り、その後、衝突時はハンドルをほぼ真っ直ぐに戻していたと説明し、ハンドル操作が2回である旨を述べていたが、同月28日に調査員との面談時には、(1)左にハンドルを切る、(2)右にハンドルを切る、(3)再度左にハンドルを切る、(4)ハンドルを真っ直ぐに戻す、という4回のハンドル操作をした旨を説明するに至っており、原告のハンドル操作に関する供述が変遷している。その上、変遷後の供述に従い、原告が、看板付近で動物を発見して4回のハンドル操作をしたとすれば、時速30ないし40キロメートルの速度で、40メートル程度の距離を走行する約3.6ないし4.8秒間のうちに、左の法面に衝突せず、右の道路外に逸脱せず、4回も細かくハンドル操作をすることになるから、その供述自体が不自然である」と指摘しました。

さらに、「右前方に動物がいるのが見えたことから4回のハンドル操作をしたとする原告主張の事故状況につき、調査員が本件事故現場で再現実験をしてみると、1回目のハンドル操作を本件交差点角の看板付近で行った場合、道路幅員が狭いことから、左側の法面に衝突したり右側の道路外に逸脱したりしないなら、本件事故現場に到達するかなり手前で全ハンドル操作を終え、ハンドル操作により本件事故を回避することが容易であるし、1回目のハンドル操作を本件交差点内で行った場合、本件事故現場に到達する前に全てのハンドル操作を終えてブレーキ操作により本件事故を回避することが容易であるというべきであるから、原告主張の事故状況により本件事故が発生したとは考え難い」としました。

そして、「原告の主張によれば、最終的には左に切っていたハンドルを真っ直ぐに戻したのであるから、本件車両は真っ直ぐに進むことになるが、石との衝突を避けるのであれば、ハンドルを右に戻して真つ直ぐにするのではなく、更に右に切らなければならないはずであり、原告が説明するハンドル操作は、衝突を避ける行動としては著しく合理的でない」としました。

【ポイント】

裁判所は、その他にも、本件車両を運行する必要性がなかったこと、経済的動機(オークションで150万円で購入したにもかかわらず、450~500万円で購入したと申告していたこと)、事故発生の半年前に2930万円を借り換えていたことなど、間接事実を丁寧に認定した上、原告の故意によって本件事故を生じさせたと認定し、保険約款上、支払義務がないとして原告の請求を棄却しました。

私が保険会社から依頼を受けた同種事案でも、小動物が道路を右から横切ってきたのでハンドルを左に切ったところ、道路わきの電柱に衝突して破損したとして多額の保険金請求を受けたものがありました。

複数回の調査を実施して丁寧に分析を重ねた上、運行状況及び事故状況の不自然さ等を指摘し、保険金を支払えない旨の文書を差し出して交渉した結果、相手方からの請求がなくなり解決したものがあります。

東京地裁 令和3年1月22日判決

自転車に右腕を接触された歩行者主張の右肩腱板断裂は、加齢性変形の可能性が高いとして事故との因果関係を否認した

解説

【事案の概要】

原告(40代男性)は歩道を歩行中、右側から追い抜こうとした被告搭乗の自転車後部のかごに右腕を接触され、右肘関節打撲、右肩関節捻挫、右肩腱板断裂の傷害を負い、約1年1ヶ月間通院したとして、約217万円強を求めて訴えを提起した事案です。

【裁判所の判断】

東京地裁は、原告主張の右肩腱板断裂については加齢性変性を原因とする可能性が高い等から、本件事故との因果関係を否認し、事故と因果関係のある治療期間を3ヶ月と認定しました(確定。自保ジャーナル2092号104頁)。

東京地裁は、右肩腱板断裂と本件事故との因果関係について、「原告には、MRI検査において、棘上筋腱結節付着部にて腫脹し、断裂/損傷と思われる高信号が指摘されるなどし、腱板断裂損傷であると認められた所見があり、腱板断裂があったことが認められる」としました。

その上で、「本件事故は、速度を落として走行する自転車の後部のかごが、歩行中の原告が振り上げた右の肘とぶつかったというもので、その時、被告車両が左に進路を変え、原告の右手を左に押し込んだ事実は認められないから、一時的に急激な外力が原告の右肩部に加えられたとは認められない」としました。

その結果、「原告は、本件事故当時46歳の男子であり、腱板の変性が進み易い1型糖尿病の既往症があったことからすると、原告の右肩腱板断裂は加齢性変性を原因とする可能性が高い。さらに、原告を本件事故の1年後から診察した医師が、それまでの治療経過を確認した上で、その時点の症状と本件事故との因果関係が不明であると判断したことも考慮すると、本件事故により原告の右肩腱板断裂が生じたと認めることはできない」として、本件事故と右肩腱板断裂との因果関係を否認しました。

裁判所は、「本件事故による原告の受傷は、本件事故当日に診断を受けた右肘打撲及び右肩捻挫の傷害であったと認められる」とし、「遅くとも本件事故から3ヶ月までで原告の症状は固定しており、その時点までの治療が本件事故と相当因果関係のある治療である」と判断したものです(請求額約217万円・認容額約69万円)。

【ポイント】

肩腱板は上腕骨と肩甲骨をつなぎ、前方の肩甲下筋腱・上方の棘上筋腱・後方の棘下筋腱・後下方の小円筋腱の4つの筋腱からなる1つの機能的なユニットとして働いていると考えられています。

腱板断裂は多くは50歳以上の年齢に好発し、年齢とともに無症候性の断裂が見つかる頻度が増えます。断裂の大きさと症状とは相関しないので、高齢者では特に無症状で経過している大断裂がたまたま見つかることが多いとされています。

そのため肩腱板断裂と交通事故との因果関係が争われた事例は少なくありません。

右肩腱板断裂により自賠責12級認定の原告(60代男性)について、原告が60代と比較的高齢であり、腱板断裂は中高年において日常生活でも生じ得ることも勘案すると、本件事故との因果関係を認めることはできないと否認した大阪地裁平成26年3月26日判決などがあります(自保ジャーナル1927号)。

京都地裁 令和3年1月12日判決

徐行中に後方から進行してきた車両の左ドアミラーと右ドアミラーの接触による運転手と同乗者の受傷を否認した

解説

【事案の概要】

片側2車線道路の第2車線を徐行で運転中、右後方からゼブラゾーンを進行して追越して来た車両の左ドアミラーと右ドアミラーが接触した事案です。

運転手(60代男性)と同乗していた女性(60代)が受傷したとして、6か月から7か月ほど通院して、損害賠償請求訴訟を提起したものです(自保ジャーナル2090号109頁)。

【裁判所の判断】

京都地裁は、「被告車両は、徐行していた原告車両の右後方を時速約30キロメートルないし40キロメートルで通過した際にドアミラー同士が接触したもので、車両本体への接触はなく、接触の衝撃は相当軽いものであったことが認められ、本件事故による原告らの身体に対する衝撃の程度はごく軽微なものであったということができる」としました。

その上で、京都地裁は、「本件事故により原告車両本体が左側に揺れるなどして動いたとは認めがたく、原告一郎が車体の運転席側(右側)ドアに頭や肩を打ち付け負傷したとか、原告花子が腰が浮いて前のめりになり左足を踏ん張り負傷した等とは認めがたい」として、原告らの請求を棄却したものです。

【ポイント】

原告車両の修理内容は、「右Frアウタリヤビューミラー及び同カバーの取替」であり、金額は3万3091円でした。

写真でも損傷状況は、左ドアミラーに微かな傷痕がみられる程度であり、修理はされていませんでした。

また事故直後の言動として、原告らは、本件事故直後に警察官に対して負傷はないと回答していました。

裁判所は、原告らの供述とドアミラーの損傷状況等の客観的証拠に整合しないと判断しています。

ドアミラーの接触による受傷を否認した裁判例は少なからずあり、大阪高裁令和元年9月5日判決なども、「車両に加わった衝撃は軽微で、この接触によって身体に大きな衝撃が加わるとは考え難い」として原告らの受傷を否認しています。

名古屋地裁 令和2年12月23日判決

50代男性調理師主張の12級13号左下肢痛は立ち仕事や既往症等の可能性を否定できないと本件事故との因果関係を否認した

解説

【事案の概要】

軽乗用車で信号待ち停止中、中型貨物車に追突され、軽乗用車の運転手である被害者(原告)が左下腿筋挫傷等の傷害を負った事案です。

労災は14級左下肢神経症状でしたが、自賠責は非該当。

原告は、12級13号左下肢痛を負ったとして、既払い金を控除して約1255万円の損害賠償請求訴訟を提起しました。

【裁判所の判断】

名古屋地裁は、本件事故と左下肢症状との因果関係を否認し、休業損害・傷害慰謝料等として約59万円の損害のみ認定しました(自保ジャーナル2088号76頁。控訴)

名古屋地裁は、「傷害は、MRI検査の結果に照らしても、筋損傷に由来するものであると認められる」とした上、「後遺障害とは、将来において回復が困難と見込まれる精神的又は身体的な毀損状態をいうところ、筋肉は、後遺障害なく治癒すると見込まれるのであり、現に原告の筋損傷は改善傾向を示していた」と認定しました。

その上で、「原告が調理師という立ち仕事に従事していること、膠原病に加え、少なくとも上肢にサフォー症候群、アレルギー性皮膚炎といった既往症があったことに照らすと、左下腿の症状については、本件事故以外の要因による可能性を否定できず、少なくとも本件事故と相当因果関係があると認めるに足りない」と判断して後遺障害を認めませんでした。

なおサフォー症候群(SAPHO症候群、サッフォー症候群)とは、慢性皮膚疾患に合併する骨関節病病変を一括した概念です。

1987年に報告され、現在では脊椎関節炎の範疇とされています。

エビデンスのある標準治療はないとされています(「今日の治療指針」など)。

【ポイント】

本件は、労災14級・自賠責非該当、被害者12級主張という事案ですが、裁判所は、MRI検査の結果や原告の仕事・既往症などから後遺障害の残存を認めませんでした。

労災認定はやや緩やかな傾向があるため、自賠責と判断を異にしたり、裁判において後遺障害が認められないことは実務的に少なくありません。

被害者の職業との関係で事故と後遺障害との因果関係が争われた裁判例としては、腰背部痛から自賠責14級9号の後遺障害認定を受ける原告について、職業運転手の持病の可能性もあるとして後遺障害を否認した名古屋地裁平成28年8月10日判決などがあります。

大阪地裁 令和2年10月30日判決

自賠責14級腰部痛の無職男性は生活保護受給から労働意欲及び就労の蓋然性は認められないと逸失利益を否認した

解説

【事案の概要】

60代の無職男性の自転車が、青色信号交差点の横断歩道を横断中、同一方向から左折してきた中型貨物車に衝突され、頚椎捻挫・腰椎捻挫の傷害を負い、腰部痛について自賠責14級9号認定を受けた事案です。

被害者は、本件事故当時無職であったものの、長年不動産業を営み、宅地建物取引士資格試験を受験したり、他の会社に就職したりして、労働能力及び労働意欲があるとして後遺障害逸失利益を主張しました。

【裁判所の判断】

大阪地裁は、年齢も考慮すれば、逸失利益を認めるに足りる労働能力、労働意欲及び就労の蓋然性は認められないとして、後遺障害逸失利益を否認しました(自保ジャーナル2085号110頁)。

被害者は、会社に勤務し、その関連会社にも勤務していたと主張し、源泉徴収票を証拠提出しました。

しかし裁判所は、「内容に合理性がなく、関連会社の顧問税理士が作成を否定していることから、信用できる書証ではない」と判断しました。

その上で、歩合給か、固定給か、臨時の手当があったかについても供述を変遷させているとして、「生活保護を受給していたことからすれば、被告の就労の主張は虚偽と認められる」として、後遺障害逸失利益を否認したものです。

【ポイント】

無職の高齢者であっても、就労の蓋然性があれば、賃金センサスの平均賃金額等を基礎として逸失利益が認定されます。また失業者であっても、労働能力及び労働意欲があり、就労の蓋然性があればやはり逸失利益が認められます。

本件は裁判所の事実認定によれば、被害者の提出書証に問題があり、証言も変遷して信用できないところが心証に大きく影響したようです。

なお生活保護受給者であっても(50代女性)、事故当時兄弟と相談し商売を始めることを考えており、就労意思と能力を有していたとして、後遺障害逸失利益を認定した神戸地裁平成6年11月24日判決などもあります。

逆に、松山地裁令和元年11月6日判決は、12級右肩痛を残したとする70代の求職中の男性について、本件事故当時に原告に就労の実態及び就労の意思があったとは認められないとして後遺障害逸失利益を否認しています(自保ジャーナル2064号)。

このように就労の実態及び就労の意思については、個別事情に基づく事実認定によって判断が分かれています。

東京地裁 令和2年9月23日判決

追突された被害者主張の後遺障害12級右肩腱板断裂と事故との因果関係を否認し、後遺障害の残存を否認した

解説

【事案の概要】

60代前半の男性の運転する車両が赤信号停止中、加害車両に衝突され、頚椎捻挫、右肩腱板損傷等の傷害を負った事案です。

自賠責は後遺障害非該当でしたが、被害者(原告)は、12級右肩関節機能障害、右肩痛、後縦靭帯骨化症の悪化等から併合11級後遺障害を後遺したとして、約2057万円の損害賠償請求訴訟を提起しました。

【裁判所の判断】

東京地裁は、右肩腱板断裂と本件事故との因果関係を否認し、後遺障害の残存も否認しました(自保ジャーナル2083号62頁)。

裁判所は、「事故直後のB病院において右肩については何ら診断を受けておらず、事故翌日のC整形外科でも肩凝りといった記載があるものの、右肩の診断は何らされていない上、D接骨院において右上腕部の痛みを訴えているものの、その後のC整形外科では右肩に関して何らの措置がされていない」ことを指摘しています。

その上で、裁判所は、「業務復帰後、(事故から約8か月後の)トランクサービスを行った際に右肩に激痛を感じたことを契機として、右肩腱板関節包断裂との診断を受けたのであって、外傷による肩腱板断裂の症状として強い痛みが出ることを併せ考えると、本件事故直後の仕事や生活によって腱板に損傷を受けた可 能性も否定できない」などとして、本件事故との因果関係を否認したものです(休業損害を一部認定するなどして、約105万円の損害認定)。

【ポイント】

被害者の受傷と事故との因果関係は、事故の状況、物損額、両車両の衝突の状況など様々な要素によって認定されますが、事故直後に症状(主訴)がないにもかかわらず、一定の時間経過後に症状を訴えたり、もしくは症状が不自然に変遷している場合には、因果関係を否認する方向での事情になります。

本件も、事故直後には右肩についてほとんど訴えがなかったにもかかわらず、8か月後に症状を訴えたこと、そして8か月後の生活における受傷についてエピソードがあることから因果関係を否認したものです。

裁判例でも、例えば札幌地裁平成28年11月1日判決は、事故から7年以上経過してから通院したケースについて、仮に同障害の残存が事実であるとしても、本件事故により生じたとは認められないと判断しています。

また名古屋地裁平成27年3月25日判決は、症状の経過に着目して、通常、外傷による症状は、受傷後が最も強く、次第に軽快するか不変という経過をたどるはずであるが、原告の症状はこれと異なるとして因果関係を否認しており、実務上、参考になります。

名古屋地裁 令和2年5月27日判決

センターオーバーした普通貨物車に衝突され右肩腱板断裂から右肩痛・右肩関節機能障害による後遺障害10級の主張を認めず、後遺障害の残存を否認した

解説

【事案の概要】

40代後半の男性が、乗用車を運転走行中、センターラインオーバーしてきた対向普通貨物車両に衝突された事案です。

自賠責は後遺障害非該当でしたが、被害者は、右肩関節前方脱臼・右肩腱板断裂の傷害を負い、10級10号右肩痛・右肩関節機能障害の後遺障害が残存したと主張して提訴したものです。

車両の速度・損傷状況は不明ですが、原告車両は、衝突直前、被告車両を避けるために、ブレーキをかけながらカーブする道路の左端に寄っていました。また衝突時、原告は両手でハンドルを握っており、本件事故によって右肩が車内に直接ぶつかるなどはしていませんでした。

【裁判所の判断】

名古屋地裁はまず、「右肩関節脱臼の有無」について、原告の症状や受傷機転と整合しないとして、右肩関節脱臼したという主張を認めませんでした。

裁判所は、原告主張のように、本件事故によって前下方関節唇損傷及び上腕骨頭後上方の骨傷が生じるような右肩関節の脱臼が発生し、その後自然修復したのであれば、事故時に強い痛みが生じて痛みが徐々におさまるという経過をたどることが通常であるのに、原告は事故3日後から通院開始し、事故当日はそこまでひどい痛みではなかったと述べていたことを「通常考えられる症状の経過と整合していない」と判断しました。

次に名古屋地裁は「右肩腱板断裂の有無」についても、原告被告双方から提出された医学意見書の内容をふまえて、「本件事故後のMRI画像の画像所見としては、右肩腱板の完全断裂までは認められないものの、右肩腱板の不全断裂の存在が認められる」と認定しました。

その上で、「本件事故により外傷由来の腱板断裂が生じたのであれば、受傷時である本件事故時に強く痛みを感じるのが通常と考えられることからすると、その後の日常生活で痛みに気が付いたといのは不自然である」としました。

また「原告のカルテには「重い物を持ってしまった・・・。」との記載があることからすると、本件事故後に何らかの重いものを持ってしまったことがその後の疼痛の悪化や残存の原因と考える方が自然である」と判断し、後遺障害の残存を否定したものです(自保ジャーナル2080号86頁)。

【ポイント】

後遺障害の残存を否定した自賠責の判断に対して、被害者(原告)は複数の鑑定意見書を提出し、それに対して、被告も医学意見書を提出しています。

被害者の訴える主訴・痛みが、事故の程度・態様に整合せず、また不自然な経過をたどる場合には、裁判所の判断に影響します。

本件も、裁判所の判断部分ではありませんが、当事者の主張においては、被告は、「原告が通院を開始したのは本件事故から3日目であり、本件事故後1週間以内にスポーツジムにも言っていた。さらに原告の症状は、本件事故後4か月間で大幅に回復していたにもかかわらず、その後悪化に転じており、症状の経過が不自然である」と主張していました。審理の過程でこのような経過も、裁判所の心証に一定の影響を与えたものと推察されます。

そもそも「腱板断裂は多くは50歳以上の年齢に好発し、年齢とともに無症候性の断裂が見つかる頻度が増える。断裂の大きさと症状とは相関しないので、高齢者では特に無症状で経過している大断裂がたまたま見つかることが多い」(今日の整形外科治療指針「肩腱板断裂の病態と診断」)とされており、事故との因果関係は慎重に判断する必要がある類型といえるでしょう。

大阪地裁 令和2年5月28日判決

自転車が進路変更中に後続原付自転車に接触したか、「危ない」との大声によって転倒受傷したとの主張を認めず請求を棄却した

解説自転車(50代女性)が片側1車線道路において、左側路側帯から右方に進路変更した際、後続を走行してきた原付自転車に接触されたか、原付自転車運転手の「危ない」との大声に驚いて転倒したとして、28日入院含む1年半通院し約599万円の請求を求めて提訴した事案です。

大阪地裁はまず「原告車の前輪右側側面部及び右側フロントフォーク、サドル右側面部、後輪荷台右側面部、後部や被告車の正面部など、仮に原告の主張どおり後方から接触されたのであれば何らかの痕跡が残って然るべき部位について顕著な損傷は認められなかった」として、「各車両が接触したと思料される痕跡すら認められなかった」と判示しました。

そのほか、実況見分の結果に不自然なことはないこと、原告車の右側面部の擦過痕は転倒したことによって生じた蓋然性が高いこと、被告車が何ら転倒することなく走行を継続していること等から、「被告車が原告車に後方から接触したと認めるには足りない」と判示しました。

次に大阪地裁は、原告は、被告が危ないと大声を出したので驚いて転倒したと主張するが、一方、体が右斜めになったときに後ろから何か押されたような感覚があって転倒した、びっくりする間もなく転倒したとも供述していることから、「原告が認識する事故の態様は、あくまで原告車の後ろに何らかの衝撃を受けてバランスを崩した」というものであって、被告の大声で転倒した事実も認められないと認定し、原告の請求を棄却したものです(自保ジャーナル2079号114頁・一審で確定)。

本件は両車両が接触した事実は認められないと丁寧に事実認定した上、「大声で転倒した」という主張も信用できないと排斥したものです。

なお非接触事案でも車の動静によって転倒した場合ですと、事故の因果関係を認めるのが裁判所の傾向です(例えば、路外から進入してきた車両との接触を避けるため、道路を直進していたバイクが急ブレーキを踏んで非接触だが自ら転倒した等)が、本件は、「危ないという大声に驚いた」という主張を排斥しており実務的に面白い裁判例になります。

千葉地裁 令和2年3月19日判決

カーブを曲がりきれず建物に衝突したが、被告が運転中に内因性脳出血を発症し責任弁識のない状態の事故であるとして請求を棄却した

解説高血圧を有する66歳の被告運転の乗用車が、カーブを曲がり切れずに、原告所有の建物に衝突破損したとして、原告が被告に対して1100万円強の損害賠償を請求した事案です。

被告は事故直後、意識障害があり、ドクターヘリで搬送されましたが、CTによって左被殻出血が発生していることが判明しました。なおドクターヘリが到着した時点で、被告の血圧は245/165でした。

ドクターヘリ診療録の診断名は「外傷性頭蓋内出血の疑い」、搬送先病院の入院時傷病名は「外傷性脳室内出血」、最終診断は「被殻出血(内因性)」であり、主治医の診断書には「高血圧性脳出血として矛盾しない」「出血を起こした時間は不明だが、おそらく事故直前と思われる」と記載されていました。

なお被殻出血の原因となるような脳動脈奇形(AVM)は存在していませんでした。

裁判所は、本件事故前に被告が慢性的な高血圧のリスクファクターがあったこと、救急搬送先において被告が異常な高血圧状態にあったこと、本件事故後2時間半以上経ってもなお、何度も降圧剤を投与されていたこと、頭部の外傷の程度が極めて軽かったこと等に照らして、被告の被殻出血の原因は、外傷性ではなく、内因性、すなわち高血圧によって生じたものと合理的に推認できると判断したものです。

その上で、被告は責任弁識能力がない状態で本件事故を起こしたことになるから、民法713条本文により賠償責任を負わないと判断しました。

外傷、つまり交通事故によって高血圧になって被殻出血を起こすこともありますから、当事者の健康状態・道路状況・事故前・事故後の状況・医療関係者の見解その他間接事実を総合考慮して、判断する必要があり、実務の参考になるでしょう。

なお判決文を読み限り、一審では医学意見書等は提出されていないようであり、医学立証によっては判断が微妙になることが多い類型だと思います。

松山地裁 令和元年11月6日判決

右肩腱板断裂と事故との因果関係を否認し、就労の意思も認められないとして休業損害及び後遺障害逸失利益を否認した

解説71歳男性が丁字路交差点を自転車で右折中、右側交差道路から進行してきた車両に衝突され、右橈骨遠位端骨折、外傷性右肩腱板損傷等の傷害を負った事案です。

被害者は右肩痛について自賠責14級認定を受けていましたが、右肩の可動域制限から12級13号後遺症を後遺したとして主張して提訴したものです。

裁判所は、「肩腱板断裂は、40歳以上の男性、右肩に好発し、発症年齢のピークは60歳代であり、明らかな外傷によるものが半数で、残りははっきりした原因がなく、日常生活動作の中で起きるとされ、肩の使い過ぎが原因と推測される。加齢とともに腱板は変性し、断裂が生じやすい」という医学的知見を認定した上で、原告が事故前に右肩痛を訴えていた事実はないのに対して、事故後、右橈骨遠位端骨折等、右肩に傷害がある旨の診断がされ、右肩に疼痛が残っていることから、自賠責と同様に14級後遺障害は認定しつつ、12級の主張は排斥しました。

主治医の陳述書等が証拠提出されたようですが、腱板断裂は発症しても無症状のまま推移することが少なくないこと、原告の画像上も、変形性肩関節症の所見が見られる一方、断裂が外傷によって生じたのであれば発症するはずの周囲組織の活動性炎症変化や関節液への血流成分の残存がないこと、仮に外傷によって生じた完全断裂であれば、必ず何らかの急性期画像変化があるはずだがないことから、裁判所は右肩腱板断裂と事故との因果関係を否認しています。

また、事故当時71歳と高齢であったことにくわえて、会社を退職した後事故まで3年半以上も主に年金で生活をしており、他に特段就労して収入を得た事実はないこと等から、「原告には、本件事故時において、症状固定日までの就労の蓋然性が認められないから、休業損害の発生は認められない」と判断するとともに、後遺障害逸失利益も否認しました。

大津地裁 令和元年9月27日判決

助手席床に落としたスマホを拾おうとして塀に衝突したのは原告の故意が推認できると保険金請求を棄却した

解説片側一車線道路の右カーブ地点で、ダッシュボードの固定装置から助手席側の床に落ちたスマートフォンを拾おうとしてコンクリート壁に衝突し、外傷性頸部症候群等の傷害を追ったとして、加入する保険会社に対して、人身傷害保険金及び車両保険金として約300万円の請求をした事案です。

裁判所は、「原告は合理的な理由なく、初めて走行する本件道路で、右カーブが続いているにもかかわらず、緊急を要するわけではないスマートフォンを拾うために、助手席側床に顔と視線を向けて手を伸ばすという、危険な行為にお酔いんでおり、本件事故は原告の重大な過失によって生じたものと認められる」と認定しました。

さらに、裁判所は、事故現場のカーブの状況、ハンドル操作の不自然さを詳細に事実認定した上で、本件車両が事故当時車検満了直前であったこと等の間接事実もふまえて、「本件事故は、原告の故意によるものと推認するのが相当である」と判断して、保険金請求を棄却しています。

重過失免責によって保険金請求を棄却した裁判例としては、夜間の高速道路を時速200キロメートルを超える走行して死亡した事案において、ほとんど故意に近い著しい欠如の状態であり重過失を認定した東京地裁平成29年12月1日判決、カーブで財布を移動させようと目をそらした際に横滑りしてガードレールに衝突した事案について重過失を認めた東京高裁平成30年12月6日判決などがあります。

大阪高裁 令和元年9月5日判決

ドアミラー同士の軽微接触事故は治療を要する傷害を負わせるものではないとして外傷性頸部症候群の発症を否認した

解説第1車線で普通乗用車を運転して停止中、後方から走行してきた普通貨物車の左ドアミラーが右ドアミラーに接触したという事案です。

ドアミラー同士の接触は6センチ程度にとどまり、ドアミラーが助手席側に折りたたまれたことからすると、本件事故による衝撃は極めて軽微なものと認められました。

そのため裁判所は、本件事故の衝撃は直ちに治療を要する傷害を負わせるものであったということはできないとした上、何らの神経学的所見も認められない治療経過などについても言及した上、本件事故と傷害の因果関係を否認しました。

ドアミラー接触による過大な人身請求について、因果関係を否認した裁判例としては、大阪高裁平成30年9月28日判決、東京高裁平成27年3月24日判決などがあります。

名古屋地裁 令和元年6月26日判決

多数の保険金請求歴を有する原告車両の追突は、被告と原告が共謀の上、故意に追突したとして請求を棄却した

解説原告がポルシェを運転して停車中に被告車両に追突されて、頚椎捻挫・腰椎捻挫等の傷害を負ったとして6か月通院した事案です。

裁判所は、原告が道路左端に寄せて停止したと述べているにもかかわらず、被告車両は6時方向から追突しており、通常の運転手であればあえてそのような通行をするとは考えにくいとしたうえで、被告が本件事故当日カードローン等の債務を抱えていたこと、原告が収入について公的な証明書を提出しないこと、原告が本件事故前に多額の保険金請求歴を有していることなど周辺事情を詳細に認定した上で、「被告は、原告と共謀の上、故意に被告車を原告車に追突させたものと認められる」と認定して、請求を棄却したものです。

ちなみに原告と被告はお互いに面識はなかったと主張してますが、双方ともに合理的な理由なく携帯電話の通話履歴の提出を拒否していることから、「互いに面識がなかったとする原告と被告の供述を採用するのは困難である」とも指摘しています。

大阪地裁 平成30年12月11日判決

17歳男子の整骨院施術費は医師の指示なく施術効果も判断できないから必要かつ相当とは認めがたいとして事故との因果関係を否認した

解説自動二輪が十字路交差点手前で展開した際、対向乗用車と衝突して、外傷性頚部症候群、腰椎・右足関節捻挫を負った事案です。

17歳の被害者は、事故3日後の医療機関ではレントゲン等にて異常所見認められず、何らの治療も行われませんでした。ところが1か月後、整骨院への通院を開始しました。
しかも整骨院への通院は約9か月・145回にも渡りました。

大阪地裁は「本件事故から1か月後まで通院しなかった合理的な理由は見当たらない」とした上、「高頻度で整骨院に通院しているが、初診以外に医師の診察を全く受けていないため、整骨院における施術は医師の指示等によるものではないし、その施術交差化についても客観的に判断できない」と判断しました。

その結果、整骨院における施術が本件事故により原告が負った症状に対する治療として必要かつ相当であるとは認めがたく、本件事故との相当因果関係を有するとは認められない」と判断したものです。

東京高裁 平成30年9月20日判決

軽微追突で医師が整骨院通院の必要性を認めなかったことから、整骨院施術費を否認した

解説信号停止中にタクシーに追突された被害者が、頚椎捻挫・右肩関節捻挫・腰部捻挫の傷害を負ったとして整骨院等に6か月通院した事案です。

一審の東京地裁は、整骨院施術費の3割に限って損害として認定しましたが、控訴審の東京高裁は、整骨院治療費のすべてについて相当因果関係がないとして損害として認めなかったものです。

東京高裁は、施術証明書には155日通院した記載がある一方で、整骨院の受付用紙には111日分しか記載がないことを認定して、通院日は「せいぜい90日の限度」と認定しました。

その上で、通院の必要性相当性について、医師が整骨院の治療を勧めておらず、自己の判断で通院するようにと述べるにとどまっていたこと、医師による診断がなされていない部位について施術が行われていたこと等から、「被控訴人の整骨院への通院の必要性は認めがたいものといわざるを得ず、本件事故との間に相当因果関係を見出すことは困難だる」と判断したものです。

神戸地裁 平成30年9月27日判決

料金所で停車中にクリープ現象の車両に追突され12級主張について後遺障害の残存を否認した

解説料金所で車両を停止中、後方車両のブレーキ操作が甘く、クリープ現象によって追突されたという事案です。

追突車両の運転手が頚椎捻挫・腰椎捻挫の障害を負ったとして約5か月通院し、12級の後遺障害を後遺したとして1900万円弱の損害賠償請求訴訟を提起したものです。

物損はバンパーに凹みが生じたとして修理に出され、修理はバンパー交換等により約30万円でした。なお加害車両には目立った損傷はなく、修理は行われませんでした。

裁判所はまず、治療経過・原告の訴える症状・本件事故の衝撃の程度から遅くとも初診から約4か月で症状固定と判断しました。

その上で、医師が作成した後遺障害診断書の可動域は、治療の結果、疼痛の軽減が見られているにもかかわらず、初診時よりも悪化しているという不自然さを指摘。

「後遺障害診断書記載の稼働域数値はにわかに信用できず、これをもって神経症状を裏付ける他覚的所見とみることはできない」、加えて、本件事故の軽微性、原告の供述によっても現時点での症状は、右上半身の違和感等であり、「日常生活には困らない程度になっている」と原告自身が医師に説明していることから、原告に「局部に神経症状を残すもの(14級9号)」ということもできないとして、後遺障害の残存を否認しました。

大阪高裁 平成30年7月26日判決

後頚部痛等の自賠責14級後遺障害認定を受ける搭乗者傷害保険金請求について、後遺障害を裏付ける医学的他覚所見が認められないとして控訴を棄却した

解説信号停止中に追突されて、104日実通院し、自賠責14級9号後頚部痛、同14級9号背・腰部痛から併合14級後遺障害認定を受けている事案です。

被害者が搭乗者傷害保険の支払いを求めて保険会社に訴訟を提起しました。大阪地裁は保険金請求を棄却していましたが、大阪高裁も控訴を棄却したものになります。

本件は自賠責の後遺障害認定を受けているケースですが、搭乗者傷害保険は各保険会社の約款に従って支払われますので、自賠責の後遺障害認定があれば必ず支払われるものではありません。

本件保険会社の契約約款によれば、「被保険者が症状を訴えている場合でもそれを裏付けるに足りる医学的他覚所見のない場合を除きます」、「(医学的所見)とは、理学的検査、神経学的検査・臨床検査、画像検査等により認められる異常所見をいいます」との記載があります。

被害者(控訴人)は、「自賠責保険ないし裁判実務の後遺障害等級認定の運用と搭乗者傷害保険上の保険金支払の運用を整合的に解釈し、後遺障害等級14級が認定された場合の搭乗者傷害保険上の「医学的他覚所見」については後遺障害等級12級が認定される際に必要とされるものより緩やかに解釈される必要があると主張しました。

しかしながら、裁判所は、「自賠責保険ないし裁判実務が控訴人ら主張のとおりの運用であるとは認められない」として、「保険契約に基づく保険金請求権の発生根拠としての後遺障害該当性は、契約条項の解釈により判断されるべきである」と判断しました。

その上で、裁判所は、「控訴人らの神経学的検査(関節可動域検査、ジャクソン・スパーリングテスト、知覚・神経反射検査、握力検査SLRテスト、ラセーグテスト)や画像検査等の結果では、外傷性の変化ではない軽度変形性変化以外の明らかな神経学的所見は認められていない。これらを総合すると、控訴人らの後遺障害診断書における所見は、これをもって後遺障害を裏付ける医学的他覚所見にあたると認めることはできない」と判断して、控訴を棄却したものです。

大阪地裁 平成30年6月15日判決

過失割合0対10とする誓約書について脅迫による取り消しを認めた

解説車線変更した自動二輪車と後続自動二輪車が衝突した事故です。

車線変更した自動二輪車の運転手(原告)は後方から進行してくる後続自動二輪車(被告)の動静を確認しておらず、かつ、方向指示器も出しておらず、原告の過失の方が大きな事案です。ところが事故後、被告の親族が原告に謝罪に赴いた際、原告の過失を0という誓約書が作成されたという事案です。

誓約書が作成された背景には一般的には原告の過失が大きいにもかかわらず、被告が事故後逃走したため、原告が立腹していたという事情がありました。

裁判所も、「逃走しており原告が立腹することは無理からぬことである。また話合いの中心となったのは被告の母であり、原告が誠意が感じられないというも何ら理由がないとまではいえない」としつつ、「原告が被告の母に対して、高圧的な態度をとるのにも許容されるべき限度がある」、「原告の発言は、被告の起こした本件事故を第三者に知らしめることで、被告の父親の社会的評価を低下させるという趣旨の害悪の告知に該当すると考えられる」と判断しました。

さらに裁判所は、「原告は、ごちゃごちゃ言って、ややこしくなるんやったら、出るところ(裁判)に出て、第三者の人に入ってもうて、決めてもらってもいいですよと何度も言っている」と事実認定し、「交通事故の損害賠償について、訴訟を提起することを告げることそのものは、正当な権利の行使を行うことの告知にすぎないが、被告の父についての発言が行われた上記発言は、息子(被告)の交通事故を広めるという趣旨を含む、害悪の告知の一環であると認めるのが相当である」として、本件合意における意思表示は、被告の脅迫を理由として取り消しを認めました。

そのうえで、裁判所は、原告の過失90と認定したものです。

名古屋高裁 平成30年2月9日判決

車両盗難による保険金請求は、古い車両のみ盗難されるなど不自然であるとし保険事故の外形的事実の立証がないとして請求を棄却した

解説土場から所有する3台の車両が盗難されたとして保険金650万円の支払を求めた事案です。

盗難があった車両は初年度登録が平成3年、平成6年、平成9年でしたが、その他にもより新しい平成12年登録のダンプや重機も置かれていました。

そして、原告(控訴人)は事故当時、仕事をしなくなっているほか、自動車保険料の支払い自体も引き落としが出来ないなど、経済的に余裕がない状態だったことが認められました。

さらに本件事故の2年前には、別の重機が同様に盗難被害にあったとして100万円の保険金の支払いを受けていました。

その他にも各車両の鍵の本数・保管状況・事故後の手交状況についても説明が変遷しました。

裁判所は、以上の事故の状況・事故前の状況・原告(控訴人)の経済状況など間接事実を仔細に認定した上で、「保険事故の外形的事実についての立証がなされていない」と判示したものです。

なお1審名古屋地裁判決も原告の請求を棄却していました。

名古屋高裁 平成30年2月27日判決

接骨院施術費用は医師の指示又は症状管理の下にされたものでない上、その必要性及び有効性も立証がないとして因果関係を否認した

解説渋滞停止中に追突され、頸椎捻挫・腰椎捻挫・右肩関節捻挫の傷害を負ったとして、整形外科に7日間、接骨院に69日間通院したという事案です。

裁判所はまず、「腰椎捻挫については既に整形外科において治癒した旨、診断されているから、腰部に対する接骨院の施術は必要性が認められない」と判断しました。

次に裁判所は、「右肩関節捻挫は、整形外科の診断において認められていなかったものであるから、これに対する接骨院の施術は、本件事故と相当因果関係のあるものとは認められない」としました。

さらに頸椎捻挫についても、「整形外科により痛みの軽減が認められ、後遺障害がない旨の診断までされたにもかかわらず、痛みが著明であるとして、通院終盤において通院頻度を従前以上に高くさせたものであって、その有効性には疑問がある」と判断して、接骨院施術費用は、必要性・有効性がないとして、事故との因果関係がないと判断したものです。

交通事故実務において最近、目立つのは接骨院における過剰と思われる施術です。最新の赤い本(2018年・下巻・講演録編)においても、「整骨院における施術費」が取り上げられています。

大阪地裁 平成30年2月13日判決

12トンの大型特殊自動車が追突された事案において運転手の受傷を否認した

解説12トンの大型特殊自動車が信号待ち停車中、軽四輪貨物車に追突され、大型特殊自動車の運転手が頸椎捻挫等による11級後遺障害を後遺したと主張した事案です。

大阪地裁は、「追突された原告車両後部には目立った損傷は見られないことから衝突の衝撃はそれほど大きなものであったとはいえない」「追突によって頸椎捻挫等のむち打ち症状が生じるためには、車両が前方に移動するのとは逆方向に乗員の上体が倒れて頸部が後方に過伸縮し、その反動で頸部が前方に過屈曲することで生じると考えられるところ、本件事故により原告の身体が揺れ動いたとは考えがたい」と判断しました。

さらに「最大10トンもの吊上性能を有するクレーンと一体となったコクピット部分は、大きな歯車で車体部分と固定されているのであり、車体部分が動いていないのに、コクピット部分のみが大きく揺れ動くとは考えがたい」と判断して、原告の頸部の症状が本件事故により生じたものとは認めがたいと判断しました。

軽微衝突から受傷を否認した事例としては、東京高裁平成27年9月17日判決が「車両に加わった衝撃力はクリープ現象による非常に微弱なもので、運転手の身体に負傷や不調を生じさせるようなものとは考えがたいと受傷を否認しています。

名古屋地裁 平成30年1月18日判決

84歳男性の転倒による心肺停止は、既往症が原因になった可能性があるとして因果関係を否認し傷害保険金請求を棄却した

解説80歳台の会社代表者が海外旅行から帰国後の空港ロビーで転倒し、四肢麻痺 等の後遺障害を後遺したとして、海外旅行傷害保険金として5000万円を請求した事案です。

男性は空港ロビーを歩行中に転倒し、鼻骨折・鼻出血等の傷害を負い、その後窒息して心肺停止となり、低酸素脳症・高度意識障害を後遺しました。

まず、男性が6か月前に労作性狭心症の疑いの診断を受けていたことなどから「外来の事故」であるかが争点となりました。

裁判所は、「帰国後本件空港内を手すり様のものにつかまりながら歩行中、空港職員から「大丈夫ですか」と声をかけられ、付近のベンチ方向へ誘導されて向かっていたことからうすると、相当に疲れており、つまずいて防御の体勢を取れずに転倒することも不自然ではない」として本件転倒を「外来の事故」と認定しました。

次に「傷害と後遺症との因果関係」については、「鼻出血による窒息が起こっていると推認される所見が認められなかったことからすれば、本件傷害による鼻出血が窒息を招来するほど大量であったとは認めることはできない」と判断した上で、「労作性狭心症、心拡大等の既往症があり、これらの既往症が本件転倒の発生に影響を与えた可能性があることは否定できないところ、、同様にこれらの既往症が心肺停止の原因となった可能性も否定できない」として、傷害と後遺障害の因果関係を否認して、保険金請求を棄却しました。

東京高裁 平成29年10月19日判決

スマートフォンを用いたインターネットによる自動車保険契約は事故直後の締結のいわゆるアフターロス契約として無効と認定した

解説アフターロス契約とは、保険実務の慣用語ですが、自動車直後に保険契約を締結して保険金を請求する不正事案をいいます。社会一般では信じられないかもしれませんが、保険実務的には相応の頻度で疑わしい事案に接します。その意味で実務的に参考になる裁判例といえるでしょう。

本件は、第1車線を走行中の貨物車両が、第2車線から車線変更してきた乗用車に衝突されたという事案です。乗用車運転手の保険契約締結が、事故前であるかが争点となりました。

スマートフォンを通じて保険契約の決裁終了時刻は、事故当日の「午後10時16分48秒」と認定されました。

これに対して事故は「午後10時10分から同20分ころ」に発生したものであり、事故前か事故後かが争われたものになります。

裁判所は、「乗用車の助手席にいた同乗者が車両から降りるまでしばらく時間があったこと」、「その後、同乗者が貨物車両運転手と話をしたこと」、「午後10時18分に運転手の免許証が写真撮影されていること」、「貨物車両運転手は車両内にとどまっていたためスマートフォンの操作が可能であったこと」、「午後10時17分23秒に交差点の信号が赤から青に変わってから、控訴人が写真撮影した午後10時18分までの1分間に、(1)信号待ちを終えた両車両がそれぞれ発進し、(2)交差点を通過して衝突し、(3)道路脇の標識・ポールに衝突して停止し、(4)同乗者が降車して貨物運転手と会話をして、(5)免許証の写真撮影したという時間の流れになり、これらの出来事がわずか1分程度の間に発生したとは考えられない」など事故前後の間接事実を丁寧に認定しました。

その上で、「本件契約は、本件事故発生後に申し込まれて締結されたものとみるほかないから、本件契約は無効であるとの損害保険会社の主張は理由がある」と判断したものです。

京都地裁 平成29年10月4日判決

駐車場内での軽微接触は多数の事故歴を有する原告らの故意行為を認め被告の不法行為責任を否認した

解説店舗駐車場内で原告乗用車が停止中、後退してきた被告乗用車に接触され、頸椎捻挫等を負ったとする事案です。

京都地方裁判所は、「原告Xには自賠責への保険金請求を行ったものだけでも、平成22年から平成25年まで12件の事故歴があり、それ以外にも事故を窺わせるものが10件あること、原告Yには自賠責への保険金請求を行ったものだけでも、平成24年から平成25年までに3件の事故歴があり、それ以外にも事故を窺わせるものが5件あること、そのうち原告Xが加害者で、原告Vが被害者となっている事故さえあることが認められるところ、原告Xと原告Vが、偶然、このような多数回の交通事故に遭遇するとは通常考えがたい」と判示しました。

さらに事故態様にも言及し、「本件事故は原告Xにとって十分回避可能な事故であるにもかかわらず、合理的な理由なく回避措置がとられずに発生していたこと」、「原告Xが、被告車が後退してくるのを認識しながら、故意に被告車の後方に原告車を進入させ、接触させた」と認定したものです。

故意行為を認定することは容易ではない一方、保険金請求歴や事故態様から不審な事故について請求棄却する裁判例も増えています。

津地裁 平成29年7月14日判決

被害者・加害者間には他者を介した結びつきがあり、経済的にも偽装事故を装う動機があるとして、通謀した故意事故と認定した

解説車両を運転中、前方不注視の車両に追突されたという事案です。

裁判所は「被害者は約6年3ケ月間で7回にも渡って追突事故に合っているが、その回数は多く不自然と言わざるを得ない」「事故態様もいずれも追突事故で追突される側であるこ点が同じである」「しかも本件事故は、当事者及び入庫先がいずれもつながりのある人物である」と認定しました。

一方、加害者についても、「約1年9ケ月間で3回の保険事故に合ったとして保険金の支払を受けており、期間に対して保険事故の回数が多く、不自然である」とも認定しました。

その上で、「経済的に余裕のない被害者らには経済的価値がなく、必要性が低い車両を使用し、本件事故を偽装し経済的利益を得ようとする動機がある」として偽装動機も認定したものです。

偽装事故が疑わしい事案は保険実務では少なからず散見しますが、ポイントは様々な間接事実を集めていくことになります。

本件も、被害者・加害者の過去の事故歴にくわえて、人的関係や間接事実について詳細に事実認定しています。例えば、加害者は本件事故当日の通話履歴のみを端末から抹消して、通話履歴の提出を拒否していること、裁判所が証人として呼出状を送付したにもかかわらず、受領を拒否して証言を拒否したことなどもふまえ、偽装事故と認定し故意免責の抗弁を認めた判決になります。

東京地裁 平成29年9月13日判決

実際の通院日数よりも多額の施術費を支払わせたとして原告と整骨院の共同不法行為を認定して損害保険会社の損害賠償請求を認めた

解説玉突き事故によって頸椎捻挫等の傷害を負ったとする原告が4か月通院した後、既払い金を除いた損害の支払を求めて訴訟提起した事案です。これに対して、損害保険会社は逆に、原告らと整骨院が共謀して保険金を詐取したとして、238万円の支払を求めて訴訟を提起しました。

東京地裁は、「原告らが、整骨院に通院していない日にも施術を受けたとして、実際の通院日数よりも多い日数を記載した施術証明書・施術費明細書を保険会社に提出して、実際の施術費よりも多い施術費を支払わせたと認められる」と認定した上、原告らと整骨院の共同不法行為を認定しました。

保険実務では、軽微事故であるにもかかわらず長期・濃密な施術を行う整骨院、実際の施術日と異なり施術日を水増しして請求する整骨院など、整骨院施術が問題となることが少なくありません。

余りにも不適切な整骨院治療を継続した場合、将来的に過失相当分はもとより、因果関係が裁判所に否認されるなど、被害者がかえって損失を被ることもありえます。弁護士が被害者から依頼を受けた場合には、被害回復のために十分な治療を求めることは当然としても、整骨院治療については、その施術内容・頻度・医師の指示の有無などを確認して、法律家としても適切な施術範囲内にとどめることが求められています。

本件は、整骨院が被害者と共謀して施術日を水増ししたという極めて悪質性の高い事案であり、裁判所としても警笛を鳴らしたということができるでしょう。

福岡高裁 平成29年6月25日判決

動物の飛び出しを避けて岩に衝突し受傷したとの人身傷害保険金等の請求は故意により発生したとして偶然な事故を否認して請求を棄却した

解説福岡県下の路上を運転中に道路から飛び出してきた動物を避けるためにハンドルを左に転把したところ、道路脇の岩に衝突して受傷したとして人身傷害保険金等の支払を求めて訴えを提起した事案です。

1審の福岡地方裁判所は、本件事故は原告の故意によるものと認定して請求を棄却しました。原告が控訴しましたが、控訴審である福岡高等裁判所も故意事故と認定して請求棄却しました。

裁判所は契約にまつわる間接事実(合計5回の交通事故を発生させていること、速度と事故状況の不一致、証言の不合理さ)を丁寧に認定して「故意」まで踏み込んだものです。

故意まで認定するかはともかく同種事案は少なくなくありません。

例えば名古屋地裁平成28年9月26日判決は、乗用車を運転中にダム湖に転落したとして傷害保険金請求した事案について、運転手が事故当時、本件道路を走行していた合理的な理由が考えがたいとして、事故は急激かつ偶然のものとは認めがたく、外形的事故であることの立証がされたといえないとして請求を棄却しています。

鹿児島地裁 平成29年9月19日判決

腰痛等で整形外科に500日以上入院した患者の入院保険金請求は、客観的な契約上の要件である「入院」該当性が認められないとして請求を棄却した

解説40代の男性が腰痛等で整形外科に入退院を繰り返して総日数500日以上入院したととして、入院保険金462万円を保険会社に対して請求した事案です。

まず鹿児島地方裁判所は、「本件保険契約における入院の定義(医師による治療が必要であり、かつ自宅等での治療が困難なため、病院又は診療所に入り、常に医師の管理下において治療に専念すること)からしても、単に当該入院が医師の判断によるということにとどまらず、同判断に客観的な合理性があるか、すなわち、患者の症状等に照らし、病院に入り常に医師の管理下において治療に専念しなければならないほどの医師による治療の必要性や自宅等での治療の困難性が客観的に認められるかという観点から判断されるべきもの」と判示しました。

その上で各入院期間の治療状況等について詳細に分析を加えて事実認定した上、全ての入院について客観的に医師の管理下において治療に専念しなければならない状態ではなかったとして、保険の要件該当性がないと判断して請求を棄却したものです。

保険実務では不要な入院による保険請求が少なくありません。医師・医療機関が医学的観点から慎重に判断すべきですが、中には漫然と入院を認める医療機関も少なくありません。国民皆保険制度を採用する日本の医療の歪みの一面ですが、保険請求として棄却される例も少なくありません。

福岡地裁 平成29年6月21日判決

普通乗用車を運転した原告が一時停止中に、被告運転の普通乗用車に追突された結果、頸椎捻挫・腰椎捻挫等の傷害を負ったとして人身損害約230万円等を請求した事案です。

解説福岡地方裁判所は、原告らに人身損害又は物的損害を生じさせる程度の衝突があったとは認められないとして請求を棄却したものです。

判断のポイントは、後部バンパーの損傷については、長さ55センチの微かなものであったこと、点状の擦過痕は証拠の写真を見てもなかなか分かりにくいものであること、原告車両と被告車両の突き合わせの際にも、原告車両の後部バンパーの損傷は明確でなかったこと、むしろ被告車両前部の形状からすると、原告車両後部と被告車両前部が衝突した場合は、被告車両前部のエンブレムが、原告車両後部のバックドアパネルに接触するのが自然であるにもかかわらず、原告車両後部の該当箇所には損傷が見当たらないこと等になります。

福岡地裁は以上のような間接事実も含めて丁寧に認定した上、原告らの請求を棄却したものです。

保険実務上、路上のみならず駐車場による軽微衝突等について長期の入通院による人身請求が後を絶ちません。保険料の公平な分担、そして真の被害者に対する十分な救済のためにも、司法においてもより細やかな事実認定が求められており、その意味でも参考になる裁判例といえるでしょう。

名古屋地裁 平成29年5月12日判決

衝突事故により座席からセミハードケース入りトランペット落下による損傷主張について損害を否認した

解説25歳の女性トランペット奏者が後方を進行してきた加害車両に左後部を衝突され、頸部挫傷の傷害をおって6か月通院した事案です。

被害者は人身損害にくわえてトランペットが後部座席から落下して損傷したとして38万5000円を請求しましたが、名古屋地裁は損害として認めませんでした。

まず裁判所は、「損傷したとする客観的な証拠はない」とした上、「原告の説明通りの積載方法、ケースの落下状況であったとしても、それで本件トランペットが損傷するものかそれ自体明らかでない」、「車両の損傷状況からすると、衝突それ自体で落下しのたか、衝突直後の制動措置で落下したのか不明であるが、座席から床部分までの高さはそれほどではない」と認定しました。

さらに裁判所は、「原告の説明する積載方法は、今回に限ってのこととは考えがたく、また、少し急な制動措置を講じた場合であっても同様の落下が生じると考えられることからすれば、本件事故以外の機会に損傷した可能性も否定できない」として、本件事故とトランペット物損との相当因果関係を否認したものです。

交通事故において車両掲載物について漫然と「事故で壊れた」「事故の影響があるはずである」等の主張がされることが少なくありませんが、同種事案において否定した裁判例も少なくありません。

例えば、平成22年7月15日横浜地裁判決は、信号待ち停車中の原告の車両に被告車両が追突して、搭載していた「カメラ損傷の買換費用150万円」を請求した事案について、「買換に150万円を要する事実についてはそれを認めるに足りる証拠は提出されていない」として否認しています。

東京地裁 平成29年2月14日判決

1年5か月前にも同種事故で保険金受領だったことから、本件事故は積荷固定方法に法令違反の重大な過失があるとして保険金請求を棄却した

解説18トンの荷物を積んだ大型トレーラーを運転中、前方車両が急ブレーキを掛けたことから、自らも急ブレーキをかけたところ、積荷が自車トレーラーのキャビン部分に衝突して損傷し、運転手医も負傷したとして、加入する保険会社に対して車両保険金172万6384円、人身傷害保険金74万4930円を求めて訴訟提起した事案です。

原告は、1年5か月前にも、前方車が急ブレーキをかけたため急ブレーキを踏んだ結果、積荷が前方に移動して損傷したと申告して保険金を受領した履歴がありました。

東京地裁は、「本件車両は時速50キロないし60キロという一般道路の法定速度の範囲内で走行していたものであるところ、その程度の速度で走行中に、前方車両が急ブレーキを掛けたことに対応するため、急制動を行うということは通常想定される事態であるから、その程度の衝撃に対して事故が発生しないように積荷を固定しておくことは、道路交通法上の義務として当然に要求されている」と認定しました。

そして荷台の溶接板の一部しか使用せず、ボルトも一部しか締めていなかったこと等から、「原告らには、法令違反が認められるのであって、そのような法令違反の上、本件事故を発生させたことについて過失が認められる」としました。

その上で、1年5か月前にも同種事故を起こしていたことをふまえて、原告らには重大な過失があるとして保険金請求を棄却したものです。

故意否認は認めませんでしたが、重大な過失があるとして保険金請求を棄却した裁判例として実務上、参考になります。

同様に重大な過失を認定した裁判例としては、東京高裁平成28年12月14日判決が、居眠り運転を継続して、対向車線に突入して電柱に衝突した事案について重大な過失があるとして保険金請求を棄却しています。

東京高裁 平成29年4月27日判決

弁護士費用特約に基づくXの保険金請求は保険金請求権者が弁護士費用等を支出したことが保険金請求権の要件であるとしてXに支出は認められず請求を棄却した

解説交通事故の被害者が、その損害賠償請求業務をX訴訟代理人に委任したことから、損害保険会社に対して、弁護士費用特約に基づいて弁護士報酬を求める事案です。

日弁連と保険会社との間では、弁護士特約に関する協定を締結しており、同協定書7項には、弁護士報酬についての保険金の支払について日弁連リーガル・アクセス・センターの弁護士報酬規程の基準を尊重する旨が定められています。

ところがX訴訟代理人は、同報酬規程に従わず、保険会社の既払金(治療費等)も経済的利益に該当すると主張して訴訟を提起したものです。

これに対して、東京高裁は、そもそも「弁護士特約による保険金請求権は、保険金請求権者が弁護士費用等を支出した時から発生し、これを行使することができるものと明記されているから、「被保険者が実際に費用を支出したこと」は、保険金請求権の要件であると解すべきである」と判断した上で、「確かに実務上、被保険者が実際に支出していない場合にも、保険金の支払が行われることはあるが、これは保険者と被保険者との合意によるものと解されるが、本件においてはそのような合意もない」と判断して、Xの請求を棄却しました。

弁護士特約に基づく弁護士報酬については、日弁連と保険会社との協定に従わなかったり、過大と思われる請求が時として実務上、問題になります。

日弁連は弁護士保険に関するADRを2018年1月から開始しますので、今後は、日弁連ADRにて検討されることが増えると予測されますが、実務上、参考になる裁判例といえるでしょう。

名古屋地裁 平成29年3月15日判決

三輪車搭乗中に被告乗用車と衝突した事故について、過去にも複数回の同種事故に遭うことから67歳女性には故意行為があり、被告の過失は認められないと請求を棄却した

解説67歳女性が搭乗する三輪自転車と一時停止道路から進入の被告乗用車との出会い頭衝突の事故です。

名古屋地裁は、「原告は、これまで複数回、交差点で出会い頭の事故に逢っており、交差点横断時の出会い頭事故の危険性については十分に把握していたはずである」とした上で、「そうでありながら、原告は、本件事故に際し、ごく低速で進行していた被告車両の動静を、被告車両が本件衝突地点に達する前から把握していたにもかかわらず、その停止を確認せず、自らも停止状態から発進し、目の前を被告車両が通過し始めているにもかかわらず、それに気付かず、制動措置を講ずることなもく、自らが被告車両の右側面に三輪車の前輪のみを折衝させて停止したことになる」として不自然であるとして、むしろ原告が被告車両の動静を把握しつつ、故意にこれに原告三輪車を衝突させたものであることが推認される態様である」として原告の故意行為であると認定したものです。

同種裁判例は複数ありますが、急ブレーキをかけたために後方車両に追突されたと申告する事案について、意図して故意に急ブレーキをかけたと認められるとして、事故の発生について後方車両運転手に過失があったと認めることはできないと判断した大阪地裁平成28年8月31日判決などがあります。

保険実務においては、一般には知られていないほど極めて不自然な事故が少なくありません。真の被害者が適切に救済されるためにも不正請求ないし不自然な請求については社会全体で毅然とした対応が求められているといえるでしょう。

東京地裁 平成28年12月21日判決

全13件の交通事故で多額の保険金受領歴のある原告主張の人身事故は加害者Yとの通謀により招致されたと否認し、その約5ケ月後の接触事故は事故の発生は認められないと請求を棄却した

解説4社と保険契約を締結する原告が、まず非追突事故を起こし(第1事故)、通院中の3か月後に衝突事故にあい(第2事故)、さらに5か月後にサイドミラーを接触される事故にあい(第3事故)、第3事故で通院中の非追突事故を超した(第4事故)というものです。

社会通念的には異常なほどの事故の多さですが、保険実務ではこのような多重契約者による多重・続発事故は見受けられます。

東京地裁は、原告が平成6年から平成25年まで合計13回、そのうち平成19年から平成25年までの約6年間に10回もの交通事故にあったこと、全13件の事故の合計として4600万円も受領していること、原告は同時に6ないし7社の保険契約を結んでいたこと等を詳細に事実認定して、第2事故については被害者と通謀して惹起したと認定して請求を棄却しました。

保険金請求者が通謀して故意に事故を発生させたとして保険金請求を棄却した裁判例は散見されています。

例えば大阪地裁平成25年3月25日判決は、中古車販売業者XがベンツをYに販売し、Yが保険契約を締結した4か月後に、急停止したXベンツにYベンツが追突した事案について、Xの事故歴が多く、利益目的の疑い等から、X及びYが通謀して故意に発生させたとして請求を棄却しました。

さいたま地裁熊谷支部 平成29年1月25日判決

X受傷の頸部捻挫等は原告接骨院初診時には症状固定として施術の必要性・相当性は認められないと請求を棄却した

解説信号ない交差点を直進中、一時停止無視の乗用車に衝突されて、全身打撲・頸椎捻挫・胸骨骨折等の傷害を負ったとして、整骨院において7か月・166回の施術を行ったというケースです。

被害者の被告に対する損害賠償請求権について債権譲渡を受けたとする整骨院が原告として、治療費122万9510円を請求したものです。

裁判所は、胸骨骨折について「傷害を負ったと認めるに足りる証拠はない」とした上、頸部捻挫・腰部捻挫について、「初診日から14日間の加療を要する見込みであると診断されていたばかりでなく、Xは、医師に安静にしていればよいと指導されたことが不満で、原告接骨院に通院したこと、Xが接骨院に通院したのは、後遺障害を予防する目的であったことが認められる」から、「Xが少なくとも原告石膏珍で初診を受けたとき(平成24年11月20日)において、各傷害については症状が固定していたというべきであるとして、本件事故による施術として必要性・相当性がないと判断したものです。

整骨院による過剰診療は社会的に問題になっていますが、保険実務においても、非常識な整骨院が少なからず見受けられます。被害者としても漫然と整骨院の言うがままに治療を継続して、後に自己負担を迫られるということがないように注意していく必要があります。

大阪地裁堺支部 平成29年2月13日判決

整形外科を受診せずに交友関係のある整骨院での治療費は施術が有効かつ相当な症状であったとは認められないと否認した

解説原告は丁字路交差点を進行中、一方通行路を後退してきた加害車両と衝突して、左足関節打撲・左膝関節打撲擦過傷・頸椎捻挫等の傷害を負ったとして、病院に3日・整骨院に115日通院したとして、人身損害として273万01267円(うち整骨院治療費126万2050円)を求めて訴えを提起しました。

これに対して、裁判所は、「原告が、病院において整形外科の受診を指示されているにもかかわらず、整形外科の受診をせずに、原告と個人的な交友関係のあることがうかがわれる者が経営する整骨院にばかり頻繁に通ったこと、病院における診断書及び診療録の記載からして、整骨院における施術が有効かつ相当な症状であったことをうかがわせる事情はない」として、整骨院治療費を損害として認めませんでした。

整骨院治療費については争いになることが少なくなく、福岡高裁平成27年5月13日判決も、「本件傷害は他覚所見のない外傷性頸部症候群及び腰椎捻挫であったことをふまえると、整骨院での施術が有効かつ相当であったとは認められない」として否認しています。

名古屋地裁 平成28年12月15日判決

初度登録9年のベンツに消化剤散布事故での保険金請求は、犯人の行為が合理的でないこと、1年半前にも傷つけられたとして保険金請求していること等から故意事故として請求棄却した

解説自車ベンツを防犯設備付きガレージに駐車中、第三者に消化剤を散布されたため全損したとして保険金請求した事案です。

まず、犯行態様です。「犯人は、消化器と工具を所持してガレージの出入口扉から内部に侵入して、狭くて照明のない本件ガレージ内をわざわざ反対側の助手席側に回り込み、窓ガラスに穴を開けて消化器を噴射したことになる」という行動について、「合理的とは言いがたい」と判断しました。

次に、過去の請求履歴と事故後の行動です。原告は本件事故の1年5か付き前に、本件自動車の全周に傷をつけられたとして車両保険金を請求して支払を受けていました。ところが、本件事故後の調査会社調査員との面談においても、この過去の保険金請求履歴を秘匿しました。

そのほかにも、ガレージ内にて異変を感じた後の認識や行動についても、供述が変遷して曖昧であること等もふまえて、裁判所は、「原告の配偶者以外の第三者による本件犯行の可能性は低いのに対して、配偶者が原告に保険金を取得させる目的で本件損傷行為に及んだと推認するのが相当である」として保険金請求を棄却したものです。

名古屋地裁 平成28年9月26日判決

夜間、高速度で山間部走行乗用車の崖転落死は外形的事実の立証なく傷害保険金請求を棄却した

解説原告会社代表者が乗用車を運転中に崖からダム湖に転落して死亡したため、損害保険会社に対して傷害保険金を請求したケースです。

裁判所は、「(代表者が)自殺する意図を有していたとまではいえないが、およそ自殺を考えるような状況になかったともいえない」とした上で、詳細に運行経路・動機を認定していきます。

「本件事故現場は、A市からB温泉、C県方面に向かう一般道である。・・携帯電話の電波が確認された時点で、既にB温泉への渡し船の乗船時間は終わっているが、B温泉に予約を入れていなかった」、「温泉好きであらかじめB温泉にうちて自宅で調べていた代表者が、日帰り入浴をしようと考えていたのであれば、渡し船の乗船時間を事前に把握していなかったとは考えがたい」と認定して、代表者がB温泉に向かっていたとは言いがたいと判断します。

その他の当日の行動についても詳細に認定して、「代表者が本件事故当時、本件道路を走行していた合理的な理由が考えがたい」として、本件事故は、急激かつ偶然のものとは認めがたいとして請求を棄却したものです。

車両事故による保険金請求を棄却した事例は多数ありますが、例えば、名古屋高裁金沢支部平成28年1月27日判決は、普通貨物車を運転する71歳男子会社代表者が岸壁から海中に転落・死亡したケースについて、事故の態様自体から、故意に港に落下した自殺目的であったことが強く推認されると偶然性を否認して、請求を棄却しています。

札幌地裁 平成28年8月22日判決

鑑定とは異なる供述等、前事故の保険金請求歴を有する原告には動機が認められるとして、請求を棄却した

解説事案は、午後8時50分頃、札幌市内を走行していた普通乗用車が、橋の欄干に衝突する単独事故を起こしたとして、保険会社に177万6800円の支払を求めて訴訟提起したものです。

これに対して札幌地裁は、原告の故意によって惹起した事故と認定して請求を棄却しました。

まず事故態様については、裁判所は、「鑑定書における速度の工学鑑定の結果は、判断内容・方法ともに合理性があるから、導き出された推定速度(時速24キロ)は信用できる」と判断しました。

そして、「原告は、調査会社に対しては時速50キロメートル程度、法廷での供述においては時速60キロメートル程度とそれぞれ供述しているが、前記認定した速度とは大きく異なる」と指摘しました。

そして、「少なくとも原告は1回、レッカーを要する車両の物損事故を起こしており、それにより保険金を得た事実が認められる」という事故歴も指摘しつつ、「原告の説明する運転状況は、客観的状況に符号しておらず、不合理なものといえる。これに加えて、原告の供述の齟齬や動機も認められること等を考え合わせると、本件事故が原告の故意により引き起こされたものと解するのが相当である」として請求を棄却したものです。

松山地裁今治支部 平成28年2月9日判決

廃品回収業男子の「頻繁な不在ないし外出・外泊は入院継続の必要性を疑わせる」と入院との因果関係を否認した

解説40代の男性の運転する乗用車が路外から進入してきた軽四貨物に衝突されて男性が受傷したと主張する事案です。

7月7日事故の後、7月9日受診して頸部痛・腰痛について投薬治療を受け、11日に再度受診して患者が入院を希望しました。原告は入院心療計画書において3~4週間の入院加療の見込みとされていましたが、7月28日病院に不在、29日から30日まで外泊、8月10日・11日の日中病院に不在・・というように外出ないし外泊を繰り返していました。

裁判所は、これほど頻繁な不在ないし外出・外泊は入院継続の必要性を疑わせる事情として、8月10日以降の入院については事故と相当因果関係はないと判断したものです。

関連した裁判例としては、右肩打撲から過換気症候群等で入通院した事案について、「本件入院治療が本件事故との関係で必要かつ相当な治療であったと認めるに足りない」とし、入院損害を否認した金沢地裁平成23年3月4日判決があります。

名古屋地裁 平成28年4月18日判決

被保険ベンツの海中転落は「事故の発生が認められない」として請求棄却した

解説原告会社が所有し、Xが運転する改造ベンツが平成25年10月3日、愛知県下の船着場の船舶入水用のスロープから海中に転落・全損したとして、1300万円の保険金請求がなされた事案です。

名古屋地裁は、まず転落現場について、「本件事故現場は、Xが直前まで走行してきた幹線道路からは目的地と反対方向になる上に、道路から海岸に乗り入れた後、わざわざ右左折を繰り返し、塗装された道路ではなく途中に凸凹のある路面まで乗り越えた上で到達した場所である」、「しかも道中、駐車に適した場所コンビニの駐車場等多数あるのでるから、仮眠をとるために本件事故現場付近まで赴いたというのは不自然と言わざるをえない」、「売却予定の原告車両をわざわざキズの生じるかもしれない未舗装道路に乗り入れる理由も不明である」と指摘しました。

そのほかにも、原告主張の事故態様について、客観的状態とXの主張が一致しないこと等も詳細に指摘した上で、「Xの述べるところは、これら客観的な事情と齟齬しているだけでなく、これらの客観的な事情は、原告車両が本件事故と別の機会に、別の形で水没させられたことをうかがわせるものである」と認定して、原告の請求を棄却したものです。

神戸地裁 平成28年4月27日判決

ドライブレコーダーの映像等から原告女子の受傷を否認して請求を棄却した

解説女子介護職員がタクシー後部座席に同乗中、タクシーが縁石に乗り上げた際に頸椎捻挫・腰部捻挫等の傷害を負ったとして、62日間通院した上、左上肢の腫れ、左手尺骨神経障害等から14級9号後遺障害を後遺したと主張して、約370万円を請求した事案です。

神戸地裁は、「原告が本件事故によって腰部捻挫を受傷した事実を認めるには疑問が残る」として受傷を否認し、請求を棄却しました。

ドライブレコーダーの車内映像からは、原告の身体が上下に揺さぶられた状況は認められるものの、車両天井に頭部を打ち付けた様子は見当たらず、左後部ドアに左肘や左肩を打ち付けた様子も見受けられませんでした。

また、当日、女性がタクシーを降車するまでの間、受傷したり、痛みが発生したとの訴えもありませんでした。

そもそも本件事故は、タクシーが、わずか約6.1から9.4キロメートルの速度で高さ15cmの縁石に乗り上げたというものにすぎず、「原告が受傷するような外力が原告の体に加わったというには疑問が残る」としたものです。

同様に事故による受傷を否認した裁判例としては、後続車両に追突されて頸椎損傷を負ったという主張に対して、「クリープ現象による非常に微弱なもので、体に負傷や不調を生じさせるようなものとは考えがたい」として受傷を否認した東京高裁平成27年9月17日判決、「追突された後部バンパーの損傷はごく軽微で、画像上も異常所見認められない」として事故による受傷を否認した大阪地裁平成27年10月30日判決などがあります。

東京地裁 平成28年2月4日判決

事故発生時刻、事故態様が原告供述以外になく、供述の信用性認めがたいと保険金請求、不法行為責任を否認した

解説60代の女性の運転する乗用車が衝突を避けるために急ブレーキをかけて、助手席の35歳娘とともに受傷したとして1000万円を超える請求がされた事案です。

東京地裁は、事故の発生自体は認めましたが、供述の信用性等に疑問を呈して請求を棄却しました。

事故直後に原告(被害を主張する両名)は警察に通報せずに自動車を運転して用件を済ませて帰宅していました。帰宅後すぐに保険代理店に電話しましたが、つながらずに翌日に事故の報告をしていました。

裁判所は事故の発生時刻など事故の重要な事実について供述が変遷しており信用性はないと判断したほか、看護記録の記載をもとに行動との矛盾点を指摘しています。そして「交差点付近において、原告は、被告が運転する車両との接触を避けるため、急ブレーキをかけて本件自動車を停止させたことが認められる」と認定した上で、「しかしながら、本件事故の発生時刻につき、原告らは午後4時30分ころである旨主張するものの、当該発生事故を裏付けるものは原告らの供述のみであり、原告らの供述を信用することはできず、本件契約1が発動する平成22年1月1日午後4時以降に本件事故が発生したことを認めることができない」と判断しました。

福岡地裁 平成28年2月22日判決

44歳男性の入院を伴う保険金請求は症状が客観的に重いとはいえず、「入院」に該当するとは認められないとして請求を棄却した

解説44歳男性が運転する自転車と普通貨物車が接触し、男性が転倒して入院を必要とする受傷を負ったとして、入院給付金等170万円の保険金を請求した事案です。

福岡地方裁判所は、約款に規定する「入院」には該当しないとして、原告の請求を棄却しました。

裁判所は、約款における入院の定義について、「本件各保険契約における保険金の支払事由としての入院に該当するかの判断は、契約上の要件の該当性の判断であり、本件保険契約における入院の定義(医師による治療が必要であり、かつ自宅等での治療が困難なため、病院又は診療所に入り、常に医師の管理下において治療に専念すること)からしても、単に当該入院が医師の判断によるにとどまらず、同判断に客観的な合理性があるか、すなわち、患者の症状等に照らし、病院に入り常に医師の管理下において治療に専念しなければならないほどの医師による治療の必要性や自宅等での治療の困難性が客観的に認められるかという観点から判断されるべきものと解される」と判断しました。

要するに、患者が入院を希望し、担当した医師が入院を許容したからといって、医師による治療が必要な入院とはいえないとして請求を棄却したものになります。

入院の必要性が争われた同種事案としては、入院の4日目から外泊し、外泊回数が全入院期間84日中の3分の1を越えることから、入院加療の必要性がないとした熊本地裁平成25年3月14日判決などがあります。

平成28年1月15日名古屋地裁判決

玉突き事故での傷害保険の通院保険金請求は頸部挫傷等の客観的医学所見はなく、疼痛が認められない等から保険金請求を棄却した

解説男性Aは平成21年、玉突き追突されて頸部挫傷・頸部捻挫等を傷害を負ったとして4年2月に渡り679回通院した事案です。

しかもAは、平成24年と平成25年にも追突加害事故を起こして、頸椎捻挫等の傷害を負ったとして7か月通院しました上、184万円を求めて訴訟を提起しました。

これに対して、裁判所は、「客観的な医学所見は、後縦靱帯骨化症のMRI検査結果のみであり、診療録の記載をみても、頸部挫傷等に関する客観的医学所見はない」と判断しました。

また、診療録の記載からも、「通常業務疲れやすい」との記載はあるが、日常動作制限を指示されたこともうかがわれないことなどを理由に、請求を棄却しました。

最近は濃厚治療による請求が増えていますが、損害の公平な分担という不法行為制度の趣旨からして、適切かつ相当な治療期間をベースに解決を図る必要があります。加害者(保険会社)川は当然争わざるを得ないような事案といえるでしょう。一方、被害者側としても、通常医学的に認められる通院期間をベースにしないと、実際の痛みのために通院していても不必要な治療だったと判断されて思わぬ不利益を受ける恐れがあります。

最高裁 平成27年12月17日決定(東京高裁 平成27年7月23日判決)

14級後遺障害残存を主張する女子は事故後12日間受診していない等から事故と受傷との因果関係を否認して請求を棄却した

解説派遣会社勤務の女性が、乗用車を運転中に一時停止後に発進した右折乗用車に衝突され、14級後遺障害を残存したとして608万円を求める訴訟を提起した事案です。

1審判決も、控訴審判決(東京高裁)も、女性の受傷を否認して請求を棄却しました。

否認したポイントとしては、軽微な衝突であって事故が身体に大きな衝撃を与えたとは言いがたいこと、事故翌日から8日間、通常通り勤務していたこと、医療機関を受診したのは事故12日後であったこと、その受診も事故とは無関係な疾病に対する薬剤処方が目的であったこと等を指摘しています。

1審判決は診療録の存在・記載についても問題点を指摘しています。

「通常、診療録に高い信用性が認められるのは、紛争が顕在化する前に、医師が日常の診療における診断の内容・検査結果等を、診療の都度、正確に記載することが一般的であるところによるが、本件カルテには、本訴に係る受傷の原因、受診の経緯が紛争として顕在化した後に、患者に有利な立証をするため事後的に作成されば部分があり、その症状及び後遺症の有無・程度を判断するために必要な検査結果についても正確に記載されていない疑いがあること・・・・から本件カルテ等は信用しがたい」と判断したものです。

交通事故は損害の公平な分担を図る不法行為制度(民法709条)によって解決されますが、事故後の診療経過から緻密に分析しており妥当な判決と言えるでしょう。

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