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交通事故 裁判例・解説

交通事故 裁判例・解説- 逸失利益 -

大阪地裁 令和4年7月26日判決

自賠責1級両下肢麻痺及び神経因性膀胱直腸障害等を残す10代女子の後遺障害逸失利益をセンサス男女計全年齢平均を基礎収入に認め、将来介護費を母親67歳以降は職業介護により日額1万5000円で平均余命まで認定した

解説

【事案の概要】

原告(10代女子)は、片側1車線道路を原告母が運転する普通乗用車の後部座席に同乗して走行中、被告運転の普通乗用車が対向車線から進入してきて正面衝突され、脊髄損傷、第2腰椎破裂骨折、腰椎脱臼骨折等の傷害を負い、約2年間通院し、両下肢麻痺及び神経因性膀胱直腸障害等から自賠責1級認定の後遺障害を残して、既払金を控除し約2億1200万円を求め、訴えを提起しました(自保ジャーナル2131号1頁)。

【裁判所の判断】

大阪地裁は、「原告は車椅子自走ができるため、独りで外出することが将来にわたって不可能であるとはいえないが、自宅付近に急勾配の坂道や狭路があること等を踏まえると、外出の際には原則的に送迎や付添の必要性があるということができる。また、車椅子からの移乗は自立しているとはいえ、移乗には転倒・転落の危険を伴い、特に原告には下肢の強い痙性(脊髄の障害のために手足が突っ張るようになり、手足を曲げられない、関節が屈曲・伸展してしまい思うように動かせないなどの運動障害のもとになる症状)が頻回に出現していると認められ、痙性が出現しているときには自力での移乗は困難であろうし、移乗の際に痙性が出現する場合に備えて見守りをすることも必要であると考えられ、長下肢装具装着下での立位・歩行訓練を行う際にも見守りが必須であるといえる。さらに、食事や更衣が一応自立しているとはいえ、起立・歩行ができない以上、その前提としての配膳や着衣の準備等の助力が必要であると考えられ、起立・歩行ができないことによる制約や支障は日常生活全般に広く及ぶものである。このように、原告に対しては、入浴や下肢更衣、摘便だけにとどまらず、日常生活全般に助力や見守りが必要な状況にあるということができ、母の他、褥瘡予防のため夜間の体位交換を行うこともあるというのである。そうすると、主たる介護者である原告母においては、入浴介助や摘便をしているだけではなく、原告を学校に送迎するほか、原告の在宅時には常時の介助や見守りをしているものと考えられ、かつ、その必要性があるというべきである。したがって、原告につき、症状固定日までの524日(入院期間を除く)について自宅付添看護、症状固定日以降、平均余命までの期間に係る将来介護の必要性が認められる」と判断しました。

その上で、「看護費ないし介護費の金額(日額)は、近親者による介護期間については日額8000円(近親者による常時介護)、現在の主たる介護者である原告母が介護負担をすることが困難になると想定される年齢(67歳)にまで達した後は職業介護によるものとして日額1万5000円とするのが相当である」と判断しました。

また、後遺障害逸失利益の基礎収入については、「原告は、症状固定日時点で12歳の年少女子であるから、後遺障害逸失利益の算定にあたっての基礎収入は、男女計学歴計全年齢平均賃金を用いるのが相当である。本件では、原告が主張する497万2000円(平成30年男女計学歴計全年齢平均賃金)を基礎収入とする。この点、被告は、女子全年齢平均賃金を基礎収入とするべき旨主張するが、年少者について事故による後遺障害がなかった場合にどのような学歴を重ね、就労することになったかを適確に予想することは極めて困難である上、女性の社会進出が一層進むことも想定され、現在の男女間の賃金格差が現状のまま将来において固定化し続けるものとは直ちにいえないことによれば、原告が将来において得る蓋然性のあった収入額が女子全年齢平均賃金額にとどまるものとするのは相当でなく、被告の上記主張は採用できない」と判断しました。

【ポイント】

被害者の症状に基づいて、個別具体的な立証をしたものであり、裁判所が約2億円の賠償金を認め、判決は確定しています。

後遺障害1級と言っても、年齢・性別・職業・家族環境で多種多様な被害が生じるものであり、実情に応じた主張立証が賠償請求のポイントとなります。

札幌高裁 令和2年12月4日判決

開業医の尺骨神経障害を14級9号認定し役員報酬6割を基礎収入に5年5%の労働能力喪失で逸失利益を認めた

解説

【事案の概要】

法人理事長及び開業医である男性医師(内科医・神経内科医)が片側1車線道路を直進中、左方の路外駐車場から右折進入してきた車両に衝突され、頚椎捻挫・左肩打撲・左上肢打撲等の傷害を負い、約8か月間通院したという事案です。

自賠責は後遺障害非該当でしたが、男性医師は、肘部管症候群の発症等による左上肢のしびれ、放散痛から14級9号後遺障害を負ったとして、既払い金16万円を控除して約1091万円の損害賠償請求訴訟を提起しました。

【裁判所の判断】

札幌地裁は後遺障害を否認しましたが、控訴審である札幌高裁は、尺骨神経障害について14級9号を認定しました(自保ジャーナル2087号44頁)。

札幌地裁は、「本件事故の衝撃の程度や受傷時の原告の体勢を考慮しても、本件事故によって、頚椎捻挫による神経根障害や、左上肢の肘部管における尺骨神経の損傷が生じたというには疑問を差し挟む余地がある」として後遺障害を認定しませんでした。

これに対して、原告は控訴し、控訴審において後遺障害に関する追加主張を行いました。神経伝達速度検査の結果を証拠提出してそれに基づいて主張したものです。

札幌高裁は、医学的文献に基づく医学的知見を認定した上で、「控訴人には、本件事故直後の時点で、Tinel様徴候が認められていること、環指・小指のしびれ及び知覚過敏が認められていること、に加え、左肘関節部遠位と左肘関節部近位との間の運動神経伝達速度の有意な低下が認められることからすれば、控訴人は、本件事故により、肘部管症候群(尺骨神経障害)を発症したものと考えられる」と判断したものです。

なお後遺障害逸失利益の基礎収入について、会社役員の場合、労務提供の対価部分が認定されます(赤い本など)。

本件は、年額3600万円の役員報酬を得ていたところ、控訴人が法人の理事長であること、法人の開設するクリニックの唯一の常勤医師であること、クリニックの従業員数は9名であることから、役員報酬の60%に相当する額を労務対価部分として認定しています。

【ポイント】

肘部管症候群(ちゅうぶかんしょうこうぐん)は、尺骨神経溝における絞扼性神経障害です。

変形から発症まで数十年以上を要することもあり、特に遅発性尺骨神経麻痺とも呼ばれています。

肘部管症候群は、肘の使用とともに徐々に神経圧迫が進行する病態と考えられており、原則的には手術治療が勧められています。

本件は原告の控訴審における主張立証によって後遺障害が一部認定された事案になります。

なお肘部管症候群の場合、前記の通り、原則的には手術治療になることから、被控訴人は、より積極的な治療を実施すべきだったのであり、損害軽減義務違反があると主張しましたが排斥されています(なお被控訴人が最高裁に上告)。

医師の後遺障害14級認定事案においては、大阪地裁令和2年2月5日判決が役員報酬の1割を基礎収入に5年・5%認定、東京地裁平成25年7月16日判決が申告所得額を基礎収入に5年・5%認定した判決などがあります。

横浜地裁 平成29年6月29日判決

右上肢の神経症状等から後遺障害12級を請求した女子美容師の逸失利益について自賠責認定14級10年間5%の限度で労働能力喪失を認めた

解説後遺障害14級の後遺障害認定を自賠責から受けた女子美容師が、訴訟を提起して後遺障害12級を主張した事案です。

裁判所は「本件事故に起因する骨折等の外傷性の異常所見は認められないこと、受傷当初の診断書等には右肩部の傷病名は認められないこと等に鑑みれば、後遺障害は14級9号に該当すると認められる」として後遺障害12級の主張を認めませんでした。

また原告は、労働能力喪失率についても、「繊細に手先を利用して稼働する美容師であること等から14%とすべきである」と主張しましたが、裁判所は、「手先を利用する職業は、パソコンのキーボード操作を必須とする職業など他にも多数ある」とした上、労働能力喪失率は5%の限度で認めたものです。

14級9号後遺障害を後遺した事案において喪失期間を10年間とする裁判例としては、右足関節内果骨折による14級9号後遺障害を後遺する女子美容院店長の逸失歴について10年間・5%を認めた神戸地裁平成26年5月23日判決があります。

大阪地裁 平成27年10月9日判決

81歳女子医師の労働内容は夫の監護として賃金センサス女子学歴計70歳以上を基礎収入と認定した

解説81歳の女子医師(病院副院長経験)Xが横断歩道を歩行中、車両に衝突され、121日入院後に死亡した事案です。

裁判所は「平成21年以降(注:事故は平成24年)は医師としての労働はなく給与収入はなく、事故当時のXの労働内容は、夫の監護である」とした上、センサス女子学歴計70歳以上平均を基礎収入として認定しました。

Xは病院の副院長経験者であり、家庭裁判所からの依頼で鑑定を行ったり、複数の病院の非常勤として勤務し、平成3年から8年にかけては2000万円前後の給与収入があったものの、平成13年から平成18年前後には400万円から700万円、平成19年は157万、平成20年は8万円、平成21年以降は給与収入は0という状況だったケースです。

なお慰謝料については、Xの死亡慰謝料2200万円、夫・子2名の各固有の慰謝料として100万円、合計2500万円の慰謝料を認めています。

同種裁判例としては、息子経営の会社の監査役の78歳女子について、監査役は名目的にすぎないとして否認され、家事労働分としてセンサス65歳以上の70%と認定した東京地裁判決などがあります。

高齢者の収入については資格・肩書きなどで形式的に算定するのではなく、実態に着目して実質的に算定し損害の公平な分担を図るのが裁判例の傾向と言えるでしょう。

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