医療界と法曹界の相互理解のためのシンポジウムが開催
目次
◆6回目のシンポジウム
「医療界と法曹界の相互理解のためのシンポジウム」の結果が、判例タイムズ1404号に掲載されました。
このシンポジウムは平成20年に第1回が東京地裁にて開催され、今回で既に6回目となります。なお1404号(2014年11月号)に掲載されましたが、開催されたのはちょうど1年前の平成25年10月18日です。
順天堂大学、東京医科歯科大学医学部付属病院、東京大学医学部付属病院、昭和大学、慶応義塾大学病院などから12名の医療関係者、東京3会から患者側・医療機関側から合わせて9名の弁護士、東京地裁から所長含めて6名の裁判官が出席しています。
第6回目の今回は過失・注意義務違反が取り上げられました。
具体的事案をベースにした模擬ケースを取り上げ、医療機関側からの説明、患者側弁護士が訴訟する場合の主張、医療機関側弁護士の反論の主張をそれぞれ発表して意見交換するというものです。
◆事案の概要
事案の概要は、急性腹症で救急外来を受診した患者が、造影CTの検査中に不穏・体動を発症し、その後ショックになり、蘇生を試みるものの、最終的には死亡したというものです。
設定された病院は、都内にある200床程度でほぼ全ての診療科がそろっている総合病院。二次救急として年間2500件程度の救急車をとり、当直は4人体制という設定です。
それなりの人的体制もあるアクティブな病院というイメージです。
◆診療経過
患者の設定は37歳の男性。
0時8分に腹痛・嘔吐・下痢・発疹を主訴に来院したが、夕食にアイナメの刺身を17時過ぎに摂取後、数時間して腹痛発症して救急車にて家族とともに来院したもの。
左腹部に圧痛があり、前胸から全身に著明な発疹がありました。
薬物アレルギー・喘息既往ともありませんが、鯖の刺身で同様の経験がありました。
2時45分、単純CTにて腹水貯留・腸管壁肥厚の所見があり、上腸間膜動脈血栓症を除外診断するため、担当医の判断で造影CTを行うことにします。
3時7分に造影剤を注入したところ、3時8分、撮影中に患者が胸をかきむしり、胸の熱感を訴えて検査を中止。
3時12分に内科医が気管挿管を開始しますが、咽頭浮腫がありうまく入りませんでした。そこでハイドロコートン500ミリグラム静注します。
3時18分、全身チアノーゼ、SPO2感知せず、心臓マッサージを開始するとともに、ボスミン1A。
3時25分 全身筋弛緩、心電図フラットになり、その後も蘇生を継続しますが死亡が確認されたものです。
◆医療機関側のコメント
医療機関側の率直なコメントも出されてなかなかおもしろいやりとりになっています。
まず先にステロイドを投与し、ボスミンの投与が遅れた点についてです。
アナフィラキシーになっていると思ったときに、アドレナリンとかをすぐに投与していないというのはちょっと残念だなと思います
ステロイドの選択が間違いということは全然ないと思います・・ただ、若干ボスミンに行くタイミングが遅かったなというのは感じます
次に、気管挿管が難しかった時に、輪状甲状靱帯の穿刺・切開をすべきではなかったかという点についてです。
やはり外科の先生でもそう簡単には輪状甲状靱帯の穿刺・切開というのは難しいのではないでしょうか
やっぱりここを切るというのは、全部何をやっても死ぬので、どれを選ぶかという究極の立場で医師はやっているところがあって、思ったより簡単ではない
今働いている医師ができるかできないかといえば難しい。今後は卒業研修になると思うが、臨床研修の場などで積極的に外科的な気道確保についてのシュミレーターなどを用いたトレーニングが必要だろう
◆論点
患者・遺族から相談を受けるケースにおいても、救命場面で「ボスミンの投与がやや遅れているのではないか」、という事案は少なくありません。
この協議会でも「修羅場のような場面でやや遅れるのはやむを得ないのでは」というコメントがあり、示談交渉や訴訟において、実際そのような主張を受けることもあります。
ただし、今回の医療機関側のコメントの方向性としては、ボスミン投与が遅れたという方向性で一致していました。
「要するに喉頭浮腫を起こしてしまったら、緊急の外科的気道確保ができる医師がたまたま横にいるということでもない限り、この状態になってしまったらもう気道確保は無理。気道確保ができなければ人は10分で確実に死にますから、もう無理だろうと。ですからその前に何ができるかとすると、ボスミンを一刻も早く投与すべきだった」というコメントが全体の議論を総括していると思います。
一方、「輪状甲状靱帯の穿刺・切開」については、ガイドライン・文献では気管挿管が困難な場合には実施すべきとなっていますが、実務においてはなかなか踏み切れない処置であるという意見になっていました。
私が担当した事案においても、若い男性が急性喉頭蓋炎になり、診察中に呼吸停止になったため、医師が気管挿管を数回試みるも失敗したケースがあります。文献等を根拠に輪状甲状靱帯の穿刺・切開をすべきだったと主張しましたが、示談段階で医療機関側が責任を否定してきました。
今回の協議会は実際の訴訟になったケースを簡略化して模擬ケースにしたものですが、様々な深い論点を含んでおり、医療機関側の本音や思考方法も垣間見えてなかなかおもしろい内容でした。