破裂脳動脈瘤に対するクリッピング手術中に瘤の再破裂をきたして死亡した患者に対する瘤の剥離処置・止血処置が争われた裁判例
目次
◆事案
くも膜下出血で病院に搬送された患者(41歳・男性)が、翌日、前交通動脈瘤破裂と診断され、クリッピング術を受けました。その際、動脈瘤周囲の剥離操作時に動脈瘤からの再出血があり、出血の吸引操作をしながら止血のためのクリッピングを試みました。
しかし出血のコントロールが不良であり、急速な脳膨張が起きて視野が狭まったため、前交通動脈を挟み込む意図でクリッピングを行うことで止血を得た上で閉頭しました。患者は1年後、多臓器不全により死亡したという事案です。
◆原告の主張
原告は、破裂した脳動脈瘤についてクリッピング術を行う場合には、術中の動脈瘤の再破裂・再出血を防ぐ注意義務が課せられていると主張した上で、再破裂・再出血を予防するためには、仮クリップを掛けた上で剥離操作を行う方法や、一時クリップを掛けた上で剥離操作を行う方法があるにもかかわらず、その方法を適宜使用して再出血を防止すべき注意義務があったにもかかわらず、これを怠ったと主張しました。
◆裁判所の判断
これに対して、さいたま地裁平成26年1月30日判決(判例時報2231号74頁)は、「仮クリップ」について、証拠として提出された文献は単なるクリップの使用例の一つとして紹介されているにすぎず、ガイドラインに全く言及がないことから、一般的な注意義務として課せられているとは認められないと判断しました。
さらに、「一時クリップ」については、ガイドラインでも若干言及されていますが、エビデンスのレベルがⅢにとどまるとされており、未だ実験に基づき考察された結果として推奨される方法ではない等として、やはり一般的な注意義務ではないと判断して、原告の請求を棄却しました。
◆ガイドラインと医療水準
医療水準の認定は、医学教科書、医学雑誌、論文、ガイドライン等に基づいて行われます。
本判決は、「ガイドラインについて、医療水準を認定する証拠として証拠価値が高い」と判示した上で、各医学文献の信用性・証拠価値などを比較検討して、上記結論を導き出しています。
ガイドラインの法的位置づけについては患者サイド、医療機関サイドでも分析が進んできています。
2012年に福岡で開催した医療問題弁護団・研究会の全国交流集会においても、東京医療問題弁護団から、「法的責任の根拠としての診療ガイドライン~患者側代理人の留意点」という詳細な発表がなされ、意見交換が行われました。
ガイドラインに記載がなくても、直ちに医療水準にならないというものではなく、当然の医療行為故に記載がない場合もありますし、記載がないことの意味合いを十分調査した上、主張立証に反映していく必要があります。
この点、本件も原告側はガイドラインの記載がなかったり、記載が薄い点について、文献で補充を試みたようですが、裁判所が採用しなかったものになります。
◆その他裁判例の争点
なお、脳動脈瘤のクリッピング術に関しては比較的裁判例も多く、説明義務違反、手技ミスなどが争点となります。
私が担当した裁判では、未破裂脳動脈瘤の手術適応、説明義務違反を争ったケースがあります。担当医の尋問などの証拠調べを経た結果、和解調書に謝罪文言、今後当該医療機関において医療従事者が患者に対して適切な説明を行うように指導教育することなどの和解文言を盛り込んだ上で、800万円に和解した事例があります。(平成24年福岡地裁)