結節性硬化症の患者が継続的に歩行障害・嘔吐を訴えていた場合、医師に頭部CT検査を行う義務違反の過失を認めた事案
東京地方裁判所が、結節性硬化症の患者が継続的に歩行障害・嘔吐の訴えをしていた場合に、主治医に頭部CT検査を行う義務違反の過失があったとして、4500万円余りの損害賠償を命じています。
目次
事案
生後間もなく結節性硬化症と診断されていた7歳児の患者が、1月8日から足の震え、足を引きずったり、かばったりする、左ひざの痛みがあるなどと訴えました。
患者には前年末から反復して嘔吐症状も出ていましたが、特に足の症状が継続的に出た後1月26日からは4日間連続して嘔吐しました。
そのため、患者は1月27日、「昨日2回、本日1回の嘔吐があった」と訴え受診したほか、1月29日にも「昨日2回、本日1回嘔吐した」と受診していましたが、医療機関は検査を実施しませんでした。
1月30日には患者は、だらんとした状態であり、四肢に力が入らない状態だったため、直ちに受診しました。
この時点で医療機関が頭部CT検査を実施したところ、水頭症になっていたため、脳室ドレナージを即日に実施しました。
2月2日、医療機関が頭部MRI検査を実施したところ、腫瘍があることを認め、患者は障害1級と認定され、回復困難な高次脳機能障害を残したものです。
結節性硬化症とは
結節性硬化症とは、プリングル病ともいわれ、全身に過誤腫と呼ばれる良性の腫瘍ができ、主に皮膚と神経系に異常が見られます。
そして一部の人に見られる症状として、10歳前後に、脳に腫瘍ができるとされています。
争点に対する裁判所の判断
本件は、1月8日から29日までに脳腫瘍の存在を疑い、CTやMRIを撮影して、ドレナージなどの適切な治療を行う義務があったのか、義務違反があるとして因果関係があるのかが大きく争われました。
裁判所は、遅くとも1月29日の時点で、脳腫瘍の存在を疑い、諸検査を行うべきであった義務違反があると認定しました。
また、因果関係についても、「1月29日までにCTやMRI検査を撮影して、直ちに脳室ドレナージ等を行っていれば、すくなとも、現在生じている意識障害については避けられていた」と判断したものです。
原告は、結節性硬化症を患い、結節性硬化症の患者には、一定の割合で、10歳前後に上衣下巨細胞性星細胞腫が確認され、水頭症を併発することが知られていること、原告は、同年に入ってから診察の度に、歩行に異常があるように感じられることなどを訴えていること、1月27日・29日には嘔吐を訴えていること、その他にも排便排尿障害や体重減少、性格変化など、従前原告に見られたてんかん以外の新たな病変を示唆する所見が多くみられ、特に、水頭症の症状の一つである歩行障害と嘔吐を継続的に訴えており、これら訴えから脳腫瘍の存在を疑うことが困難であるとも思われないことからすると、医師には、脳腫瘍の損害の可能性を除外するに足りる所見が見られるなど特段の事情がない限り、遅くとも1月29日は、脳腫瘍の存在を疑い、頭部CT検査やMRI検査を行う義務があったというべきである
被告は、因果関係について、1月29日に画像読影していても、経過観察になったはずであるから、過失と結果との間に因果関係はないと主張していました。
これに対して、裁判所は、過失時期と認定した「1月29日」の翌日である30日には、CT検査を実施して、即日緊急に脳室ドレナージ術を行っていること、29日の腫瘍の大きさは30日と同程度になっていたと考えられることなどから、経過観察にとどまっていたとはおよそ考え難いと判断したものです。
ただし、損害については、原告は結節性硬化症の患者としては、生命予後は悪いと認められ、18歳から就労可能であったと認められないとして、逸失利益は認められないと判断するほか、将来介護費用についても、制限的に認定しています。
本件にように経過観察義務違反が争われることは医療過誤事案では少なくなく、一つの事案として参考になる裁判例です。
事実経過だけを見た時にはなかなか難しそうな印象を覚えましたが(特に因果関係)、原告代理人が丁寧に事実を拾い上げるとともに医学的知見を整理し、文献・医師証人などによる丁寧な立証を行い、裁判所がそれに応えた事案といえるでしょう。
なお医療機関は控訴しています。
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