海外旅行のスキューバダイビング後に急性心筋梗塞で死亡した事案で急激かつ偶然の外来の事故を否認し傷害保険金請求を棄却した東京地裁判決
目次
事案の概要
被保険者の亡A(60代女性)は、B会社主催の海外旅行に参加しスキューバダイビングを行った後、胸の痛みを訴え、その後死亡しました。
そこで、Aの相続人である原告らが、B会社と傷害総合保険及び海外旅行総合保険契約を締結する損害保険会社に対し、傷害死亡保険金3000万円を求めて訴えを提起した事案です。
東京地方裁判所令和5年7月10日判決は、外部からの作用とAの急性心筋梗塞の発症との因果関係を否認し、Aは急激かつ偶然の外来の事故によって死亡したとは認められないとして、原告らの請求を棄却しました(控訴後和解。自保ジャーナル2161号172頁)。
急激かつ偶然な外来の事故とは
本件各保険契約では、傷害死亡保険金の支払事由について、被保険者が旅行行程中に急激かつ偶然な外来の事故によって身体傷害を被り、その直接の結果として、所定の期間内に死亡したことと定めていました。
ここにいう「外来の」とは、その文言上、被保険者の身体の外部からの作用によることと解釈されるとともに(最高裁平成19年7月6日第二小法廷判決)、保険契約に基づき傷害死亡保険金を請求する者が、事故が外来性のものであることを主張、・証することを要すると解釈されています。
以上を前提に東京地裁は、「本件各保険契約では、傷害死亡保険金の支払事由として別途外来性の要件が設けられていることや、本件各保険契約は旅行行程中の事故を対象とするものであること等に照らすと、上記の外来性が認められるためには、単に被保険者の身体に対して外部からの作用があったというのみでは足りず、そのような作用が、通常人にとって傷害又は死亡という結果を生じさせる危険性を有するものであることを要し、日常生活において通常体験する程度の外部的作用はこれに当たらないものと解すべきである」としました。
裁判所の判断
そして、本件ダイビングの後に発症した急性心筋梗塞について、本件ダイビングにおける外来的な要因、すなわち、この当時の海水温や水圧の変化等とは無関係に、本件ダイビングにおける手足の運動や海面から梯子を使ってボートに上がる際の運動など、日常生活においても通常体験する程度の運動をしたこと(更には、亡Aが本件ダイビングの当時その実施に不安を感じていたこと)により、血圧の上昇、心拍数の増加、心筋酸素需要の増大等が生じ、これにより急性心筋梗塞を発症した可能性が相当程度認められるものというべきであり、本件全証拠によっても、本件作用と急性心筋梗塞の発症との間に因果関係があると認めることはできないと判断しました。
また、当時亡Aがその既往症(頻脈性心房細動、高血圧症、非閉塞性肥大型心筋症疑い)により急性心筋梗塞を発症する危険性が高かったことや、本件ダイビングは減圧症等のリスクが極めて低い好条件の下で実施されたものであることに照らすと、仮に、亡Aの急性心筋梗塞の発症に、本件ダイビングにおける水圧の変化等の外来的要因が一定程度関与しているとしても、亡Aの急性心筋梗塞の発症に最も寄与したのがこれらの既往症であることに疑いの余地はなく、これらの既往症がなければ亡Aが急性心筋梗塞を発症することはなかったものと認められる。したがって、仮に、本件作用と亡Aの急性心筋梗塞の発症及びその死亡との間に何らかの関連性が認められたとしても、本件各保険契約における疾病免責条項に該当するものというべきであり、いずれにしても、原告らの請求は理由がないことに帰するとして、原告らの請求を棄却しました。
ポイント
保険実務上、傷害保険の約款では、一般に不慮の事故を「急激かつ偶然的な外来の事故」と定義し、保険金を支払うとしています。
保険金請求者は、急激性・偶然性・外来性の3要件を主張する必要があると解釈されています。本件はそのうち「外来性」の要件が争点になったものです。
事案に応じて様々な判例が集積している分野です。
例えば、自らの嘔吐物を誤嚥したケースでは、最高裁平成25年4月16日判決は「誤嚥は、嚥下した物が食道にではなく気管に入ることをいうのであり、身体の外部からの作用を当然に伴っている」と判断して、「外来性」を認めています。
この最高裁の判断に対しても、医学的用語の定義から誤嚥の外来性を認めているが消費者には分かりにくいのではないかという批判もあるところです(実際、ドイツやアメリカの裁判例では、嘔吐物の誤嚥は、身体的内部作用として外来要件を満たさないとされています)。
いずれにしろ「外来性」は、実務的には事案に応じて様々な見解の出てくる争いの多い要件になっています。
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