幼稚園で4歳園児が昼食中に誤嚥窒息による重篤な後遺症を負い、園長らに適時に心肺蘇生法を実施しなかった過失を認めたさいたま地裁令和5年3月23日判決
目次
事案の概要
幼稚園の年長組に所属していた園児(当時4歳)が、幼稚園での昼食時に、持参した弁当に入っていたウインナーを誤嚥して窒息し、低酸素性虚血性脳症等の重篤な後遺症を負ったという事故です。
園児らは、救護に当たった園長・教諭らに対して、適時適切に心肺蘇生法を実施しなかった過失、適時適切な異物除去措置をしなかった過失等を主張して、不法行為又は債務不履行に基づく損害賠償として約5億1750万円の支払いを求めたものです。
さいたま地裁は、園長らに適時に心肺蘇生法を実施しなかった過失があるとした上、因果関係については、重篤な後遺症が残らなかった相当程度の可能性が侵害されたとして、550万円の支払いを命じました(判例時報2584号89頁。控訴)。
裁判所の判断(過失について)
裁判所は、時間軸に沿って過失の有無を検討し、「2階ホールから運び出される時点」での過失を認定しました。
まず、裁判所は、「その後、被告Y4は原告X1の処置から離脱する一方、訴外Eが2階ホールに駆け付け、原告X1の顔を観察したところ、原告X1の目はとろんとして唇が真っ青で小刻みに震え、体は動いていなかった。まもなく被告Y2も2階ホールに駆け付け、訴外Eが原告X1の足を持ち、頭を低くした姿勢で被告Y2が強い力で原告X1の背中4~5回を叩いた。それでも原告X1の喉から異物は出てこなかった」と事実認定しました。
その上で、裁判所は、「この時点において、原告X1の周囲に居合わせた被告Y2らにとって、原告X1の顔貌や様子から、その意識・反応がないことは容易に認識することができたというべきである。また、喉に詰まっているものを吐き出させることが先決だと考えたとしても、119番通報をする前から一貫して喉の異物の除去は奏功しておらず、被告Y2が原告X1の頭を低くして強く背中を叩いても異物が出てこなかったのであるから、この時点では、背部叩打法を継続して気道異物の除去を試みる合理性は既に乏しかったといえる。本件事故発生時から事態が好転せずに時間が経過していたことをも併せ鑑みれば、この時点に至っては、医療従事者でない被告Y2らにとっても、少しでも早く心肺蘇生法を実施すべき状況にあったものと認められる。したがって、この時点、すなわち被告Y2による背部叩打が終わった時点で、原告X1の周辺にいた被告Y2らは、直ちにその場で心肺蘇生法を講じるべき注意義務があったというべきである。」としました。
そして、「それにもかかわらず、被告Y2らは、原告X1に心肺蘇生法を施さずに2階ホールから1階事務室へ移動させたところ、AEDの設置場所、救急隊の到着場所等を考慮したとしても、一刻を争う事態であるにもかかわらず、階段を下る必要のある1階事務室(甲90の1、90の2)に原告X1を運ぼうとすることは、時間を空費しかねず、合理的な対応であったとはいえない。したがって、この時点で、被告Y2らには、原告X1に心肺蘇生法を実施しなかった過失又は安全配慮義務違反認められる。」と判断したものです。
裁判所の判断(因果関係について)
一方で、裁判所は原告の予後については、正しく心肺蘇生法を実施すれば脳に酸素が行き渡り、後遺障害の残存率が下がるとはいえるが、少なくとも3分間CPRが行われなかった原告X1の具体的な救命率に関しては、カーラーの救命曲線を参照しても救命率が50%、Abramson論文を基にしても、神経学的な回復を示す確率は50%程度であるとしました。
さらに、本件は単なる心停止事例ではなく、誤嚥窒息による心停止事例であり、低酸素脳症を発症する蓋然性がより高い点にも鑑みて、更に悪くなることが推認される等として、被告Y2らに過失又は安全配慮義務違反が認められる時点において、仮に原告X1に対して心肺蘇生法を実施していれば、原告X1に重篤な後遺症が残らなかったといえる高度の蓋然性が存するとまでは認められないと判断しました。
その上で、論文によって誤嚥窒息事例のうち6例中1例は生存していることや、原告X1が小児であり、他の世代と比べて回復可能性が高いと認められること等から、仮に被告Y2らが、2階ホールから原告X1を運び出す前に心肺蘇生法を実施していれば、原告X1は、心停止後であっても、脳への血流が確保され、その結果、原告に重篤な後遺症が残存しなかった相当程度の可能性があったと判断しました。
ポイント
幼稚園の4歳児が被害者という大変痛ましい事案です。
裁判所は時間軸に沿って丁寧に事実認定して過失の有無を検討しています。医学的知見に基づく医療水準としての救命措置・誤嚥対処措置が、必ずしも幼稚園・保育園の職員の注意義務と一致するものではないため、具体的事案において具体的に検討していくことになります。
また因果関係については、裁判所は高度の蓋然性を認めませんでしたが、医療過誤判例で事例が積み重なっている「相当程度の可能性」侵害による賠償を命じたものになります。
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関連情報
蘇生ガイドライン2020
救急蘇生法の指針(厚生労働省)
日本版救急蘇生ガイドライン(総務省消防庁)