特別養護老人ホームの入所者が食事する際、常時見守るべき注意義務に違反したと認定した名古屋地裁令和5年2月28日判決
目次
事案の概要
特別養護老人ホームの入所者(当時80代)が、食事の提供を受けていた際に意識不明になり死亡した事案です。
相続人らが、食事を全介助するか、少なくともこれを常時見守るべき注意義務があるのに怠ったとして、債務不履行ないし不法行為に基づく損害賠償を求めました。名古屋地裁は常時見守るべき注意義務に違反したと損害賠償を認める一方、被害者側の過失として5割の過失相殺をして約689万円の支払いを命じました(控訴)。
裁判所の判断
まず、名古屋地裁は、被告の負担する注意義務の内容について以下の通り認定しました。
「被告は、地域密着型介護老人福祉施設(特別養護老人ホーム(入所定員が29人以下であるもの)であって、入所する要介護者に対し、入浴、排せつ、食事等の介護その他の日常生活上の世話等を行うことを目的とする施設。介護保険法8条22項)を運営する者として、入所契約を締結した要介護者に対し、当該契約に基づき、上記日常生活上の世話等を行う過程において、その生命及び身体等を危険から保護するよう配慮すべき義務(以下「安全配慮義務」という。)を負うものと解される」。
その上で名古屋地裁は、以下の通り、注意義務違反があると判断しました。
「これを本件についてみると、前記認定事実によれば、令和元年12月当時、Aは、その認知能力が著しく低下しており、食べ物で遊んで食事をしないことがある一方、隣の利用者の食事まで食べることもあり、介護を拒否することもしばしばあった。また、Aは、かき込んで食べることがあり、度々嘔吐をしていたもので、被告自身、Aの食事に関する問題点として、かき込み食べがあり、むせ込みからの嘔吐があることを認識していた。そして、被告は、平成30年7月に医師の指示を受けてAの食事形態を「米食+常菜」から「全粥+刻み食」に変更したにもかかわらず、原告X1の意向を受けて、主食の食事形態を「全粥」から「軟飯に近い普通食」に変更したものである。」
「そうすると、被告の職員において、Aが食事をかき込み食べることにより嘔吐し、その吐物を誤嚥し窒息する危険性があることを予見することができたものであるから、被告は、Aに対し、本件入所契約に基づく安全配慮義務の具体的内容として、Aが食事する際には、職員をしてこれを常時見守らせるべき注意義務を負っていたものというべきである。」、「しかるに、被告は、上記注意義務を怠り、本件事故の際、Aの食事を常時見守っていた職員はいなかったものである。この注意義務違反行為は、債務不履行を構成するとともに、Aの生命・身体を侵害する不法行為を構成するものというべきである。」
一方で、本件では、相続人らが「普通の食事に戻してほしい」という要望を出しており、それに従って、主食を「全粥」から「軟食に近い普通食」に変更していたという経過がありました。
名古屋地裁は、「被告がAの食事形態を「全粥」+刻み食にしていたという経緯、Aが誤嚥による窒息で死亡したという事実に照らして、上記の食事形態の変更がAの死亡という結果の発生に相当寄与していたものというべきであるから、被告の過失が重大なものであることなどを最大限考慮しても、被害者側の過失として5割の過失相殺をするのが相当である」と判断しています。
ポイント
介護事故の裁判例は、類型ごとにかなり集積されつつあります。
「転倒」「転落」「誤嚥」「異食」「褥瘡」「徘徊・無断外出」「身体拘束」「入浴」などの類型です。
その中でも「誤嚥」は相談の多い類型といえますが、当該養護施設の性格・規模・人員配置、そして当該入所者の身体的状況・精神的状況、家族の希望など個別事情によって判断してくことになります。そのため、誤嚥については事案に応じて、責任認容例・否定例が分かれています。
本件は相続人が「普通の食事に戻してほしい」という希望を出していたという点に特殊性がうかがわれます。
過失相殺については、Aが刺身とうなぎを常食で提供して欲しいと希望したとしても、当時のAに誤嚥の危険性等を判断する十分な能力を有していたとは考え難いとして過失相殺を否定した水戸地裁平成23年6月16日判決などもあります。
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