慢性心房細動患者に対しワーファリンに代えイグザレルトを処方する際の過失を認めた東京地裁令和5年9月29日判決
目次
事案の概要
慢性心房細動患者(当時85歳)は被告クリニックに通院して、20年以上、抗凝固薬であるワーファリンを服用していました。被告医師は、抗凝固薬をワーファリンからイグザレルトに切り替えることにして、令和3年10月27日、患者に対して、ワーファリン服用中止を指示し、1か月後の次回診察日に血液凝固能検査を行った上でイグザレルトを処方する旨説明しました。
ところが、患者は11月11日、吐き気を訴えて救急搬送されましたが帰宅します。被告医師は12日、患者にイグザレルトを処方しましたが、同日夜、心原性脳梗塞を発症し再び救急搬送。
患者は重度の左片麻痺等が残存する状態になり、令和4年6月10日、仙骨部褥瘡感染を原因とする敗血症によって死亡したという事案です。
患者の妻及び子らが訴訟を提起し、東京地裁は、過失・因果関係を認めて、損害として約3465万円を認定したものです(判例タイムズ1514号185頁。一審で確定)。
裁判所の判断
東京地裁は、イグザレルトの添付文書等の記載内容に加えて、ワーファリンの臨床的に意義のある抗凝固効果は投与後84時間ないし120時間持続するとの医学的知見に照らせば、ワーファリンに代えてイグザレルトを処方するに当たっては、ワーファリンを休業してから遅くとも5日以内には血液凝固能検査を実施して、血液凝固能が治療域の下限を下回ったことを確認した場合には、可及的速やかにイグザレルトの投与を開始することが求められると判断しました。
そして、東京地裁は、因果関係についても、ワーファリン・イグザレルトの効能、患者が20年前後、ワーファリンを継続使用してTTRが良好に保たれていたこと、ワーファリンの休薬後、手術等の身体侵襲を受けたものでなく、本件注意義務違反のほかに心原性脳梗塞の発症につながる直接的な要因があったことはうかがわれないとして、患者が11月2日頃にイグザレルトを服用していれば、死亡した6月10日になお生存していた高度の蓋然性が認められると判断したものです。
ポイント
ワーファリンについては、患者の今後の治療等を勘案して、休薬したり、薬を切り替えることがあります。その前後に何らかの医療事故が発生したケースについて医療相談を受けることは少なくありません。
過失や因果関係が認められそうにない事案(既往症や治療が複雑に絡んで認定が難しい事案)も多いのですが、患者や家族にとってみれば、休薬やその後の治療、そして事前説明の内容に対して不信感を持つことも比較的多くなっています。
ワーファリンからDOACに切り替えるにあたっては、休薬の翌日からDOACを投与したり、あるいは、ワーファリンを休薬せずに減量して投与する医療機関も多いようです。
事案、そして判断ともに実務的に参考になる裁判例です。
裁判例
その他の裁判例としては、内視鏡検査のために抗凝固薬ワーファリンの休薬を指示したことにより、患者が脳梗塞により死亡したとして訴訟提起した事案について、横浜地裁平成23年1月20日判決は、ワーファリンの休薬を指示したこと自体は、当時の医療水準に照らして合理的な根拠に基づくものであり、休薬期間につき3~5日を超える設定とすることが直ちに注意義務に違反するものでないとして、原告の請求を棄却しています(なお同判決は、平成21年のガイドライン改訂前の事案であり、現在の医学的知見であれば注意義務違反になりえるという指摘もあります)。
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