損害保険会社が保険料不払いを理由とし、自ら示談代行した示談金の支払いを拒絶することが信義則に反しないと判断した裁判例
目次
保険料不払いによる特約が主張された裁判例
実務的に珍しい争点の交通事故訴訟の判決(静岡地裁令和5年4月28日判決・判例時報2564号27頁)を紹介します。
自動車保険の契約者が初回保険料の支払いを怠っている状況で、示談代行を行う保険会社が被害者との間で示談を成立させたという事案です。
保険会社が被害者に対して、初回保険料の不払いを理由とする保険金支払免責の主張をすることが信義則に反するとはいえないと判断した判例になります。
後述のように、一審と二審で判断が分かれています。
争点
主たる争点は、被害者(原告)の直接請求権行使に対して、加害者の加入していた被告保険会社が不払特約に基づく支払拒絶ができるか、そして不払特約の主張をすることが信義則に反しないかという点です。
保険料不払いの場合の保険契約の効力について、保険約款によって不払い特約があるのが通例です(表現や規定の仕方などは保険会社によって差が見受けられます)。
例えば、約款に定める一定の期間内に保険料の支払いがない場合には、保険期間の初日から将来に向かって効力を生じないという趣旨の特約が定められています。
事案の概要
令和元年9月25日、訴外B(使用者A)の運転する大型貨物が、原告車両に追突した結果、原告車両は修理代金46万3573円、代車費用13万2000円の合計59万5573円の損害を被りました。
訴外Aが事故前の令和元年8月7日に締結していた保険契約に基づいて、被告保険会社は、原告と示談交渉を行い、11月11日に電話示談が成立しました。
ところが、訴外Aは、12回の分割支払いだった保険料の初回支払(9月26日)、2回目支払(10月26日)もしないため、被告保険会社は、不払い特約に基づいて支払いを拒絶しました。
そのため、原告の加入する保険会社が、原告に対して、免責10万円を控除した49万5573円を支払いました。
以上をふまえて、原告が免責10万円分の支払いを求めた訴訟になります(原告保険会社が49万5573円の支払いを求めた求償分については、一審も、信義則違反はないとして請求棄却し、原告保険会社も控訴せず確定しています)。
控訴審の判断
まず控訴審である静岡地裁は、初回保険料3万9700円を契約に定める日までに支払っていないことから、「控訴人(被告保険会社)は、本件不払特約により、被保険者であるAに対し、初回保険料領収前に発生した本件事故による損害についての保険金の支払責任を負わないと認められる」と判断しました。
その上で裁判所は、本件不払特約の主張をすることが信義則に反するとは言えないと判断したものです。
つまり裁判所は、「控訴人は、初回保険料の払込期日の属する月の翌々月末である令和元年11月末日までは、保険契約者であるAから初回保険料の払込みがなされて保険金の支払責任を負うことを前提に示談交渉等を代行せざるを得ず、また、初回保険料3万9700円が本件事故の損害賠償額57万5573円あるいは本件保険契約に基づく保険金46万3573円に比べて極めて低額であって、Aにとって初回保険料を払い込むことで損害賠償の負担が相当程度軽減できることからすると、Aが初回保険料を払い込まないことによって保険金を支払わないことになるという事態を想定することは非常に困難であった」としました。
さらに裁判所は、「他方、・・本件保険契約の普通保険約款対物賠償責任条項に基づき、控訴人が被控訴人とAとの間の示談交渉を代行したことにより、被控訴人が被控訴人に対して損害賠償義務を負っているAからではなく、控訴人から本件事故の損害賠償金の支払いを受けられると期待したとしても、それはあくまで本件保険契約の存在を前提とする事実上のものにとどまると言わざるを得ない。また、控訴人が、同日までに、被控訴人に対し、被控訴人とAとの間の事情であるAからの初回保険料の払込みに関する不確定な事実関係を説明すべき義務があるとはいえない」と判断して、不払特約の主張をすることは信義則に反しないと結論づけました。
一審判決と二審判決が異なったポイント
一審である清水簡裁も、約款上、保険料領収前の事故については保険金を支払わないとする特約があることから、「被告において、本件事故に関して、特段の事由のない限り、保険金支払義務はない」と判断していました。
その上で、電話示談した11月11日の時点で保険料未払いの事実の調査が容易に可能であったこと、損害保険会社が口頭で示談の合意をさせてハガキの送付まで送付している一方、原告において保険金が支払われ、損害の填補がなされると強い期待を持ったとしても無理からぬものになるから、特段の事由があって特約主張をするのは信義則に反して許されないと判断していました。
まず控訴審が認定しているように、そもそも初回保険料の支払期限は11月末でしたからその点において一審の判断は前提が崩れます。
また示談代行する保険会社が電話示談することは、保険会社を問わず実務的に行われている慣行ですし、ハガキの送付も行われます。一審のようにその点をもって「被害者において強い期待を持った」と導くと、そもそも保険料不払い特約が特約としては機能しないことになってしまいます。
さらに実務的観点からいえば、保険会社の示談代行する社員の部署と保険料を管理する部署は異なっています。日々多数の保険事故を取り扱っている社員が、保険料の支払い状況まで目を光らせるというのは困難と言わざるを得ません。仮にそこまで求めると、結局、保険料支払いを確認するまで示談代行ができないことになり、かえって被害者保護に反することになりかねません。
以上からしますと、理由及び結論ともに地裁判決が妥当といえるでしょう。
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