原動機付自転車を原動機を止めた状態で下り坂を惰力を用いて走行させたことが道路交通法の「運転」に当たるとされた事例、福岡高裁令和4年11月30日判決
目次
原動機を止めて下り坂を惰力を用いた走行が道路交通法の「運転」に当たるか
原動機付自転車を原動機を止めた状態で下り坂を惰力を用いて走行させたことが、道路交通法の「運転」に当たるとした福岡高裁令和4年11月30日判決が出ていますので紹介します(判例タイムズ1508号125頁)。
道路交通法の「運転」とは(同法2条1項17号)、「道路において、車両・・をその本来の用い方に従って用いることをいう。」と定義されています。
そして、「本来の用い方に従って用いる」とは、運転者が乗車し、自動車等で原動機を用い、各種装置を操作して発進し一定の方向へ、一定速度を維持し、変更し、停止する等走行について必要な措置を取ることをいう」と解釈されています(執務資料道路交通法解説等)。
そこで下り坂において原動機付自転車の原動機を止めた状態で下り坂を下りる行為が「運転」にあたるかが争われたという実務的にも珍しい事案になります。
事案の概要
Xは、当時短大生であり、自宅からバスと電車を乗り継いで通学していました。最寄りのバス停が遠いたため、無免許でしたが、バス停まで日常的に原動機付自転車を利用していました。
Xはガソリン代の節約等のため、登校時に①自宅前付近に駐車していた本件車両に乗って、原動機を始動させて路上での運転を開始し(87m)、②道路が下り坂になる地点で原動機を止めて惰力で走行し(405m)、③大きな道路との交差点付近で降車して本件車両を押しながら徒歩で交差点を渡り(44m)、④再び本件車両に乗って、原動機を始動させることなく、下り坂を惰力で走行し(186m)、⑤その後再び、原動機を始動させて、最寄りのバス点付近の駐輪場まで走行していました。
検察官は①②④の合計678mの無免許運転を主張したのに対して、弁護人は、原動機を始動させて走行した距離は数十mなので可罰的違法性がなく無罪と主張しました。
原審は、検察官主張の事実を認定して懲役4月の実刑に処していました。
それに対する控訴審判決になります。
福岡高裁の判断
福岡高等裁判所も原審とおおむね同じ事実を認定した上、控訴を棄却しました。
福岡高裁は、「①が「運転」にあたることは論を待たず、②も惰力を用いているとはいえ、①の運転に接続するものであるから「運転」に当たるというべきである」と判断しました。
その上で、福岡高裁は、「これに対し、③が「運転」に当たらないことは明らかであり、④もそれを単独で見れば、「運転」とみることは困難である。思うに、被告人は、Bバス停からバスに乗車するため、同バス停付近の駐車場所である公民館の敷地へ向かうべく本件犯行に及んだのであるから、①ないし④は一連の行為と見るべきところ、③の距離が①ないし④の合計約722mの1割にも満たないことなどを踏まえると、④は③によって分断されず、①及び②と一体をなすものとして「運転」に当たると解するのが相当である。そうすると、被告人が、本件で無免許運転をした距離は、①、②及び④の合計である約678mと認められるから、本件犯行の可罰的違法性が乏しいとは到底いえない」と判断しました。
ポイント
原動機を用いない惰力運転が道路交通法の「運転」に当たるかという論点は、執務資料道路交通法解説(17訂版56頁)等でも項目を設けて解説されています。
執務資料道路交通法解説では、「登り坂や平坦部では原動機を使いその力で走行するが、下り坂にくると原動機を使用しないで惰力で下るというような場合は、それらを一連の行為としてみて、運転に当たると解すべきである」と説明されています。
原審及び福岡高裁とも基本的にはこの「一連の行為としてみる」という見解に立ちつつ、事案の①②③④の距離関係をふまえて個別具体的に判断しているものになります。
なおXは上告しています。
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参考文献
執務資料道路交通法解説(東京法令出版)