駐車中の暖機運転に伴う一酸化炭素中毒事故に自賠法上の「運行起因性」が認められるか、ジュリスト1586号119頁
目次
運行起因性とは
自動車損害賠償保障法第3条は、「自己のために自動車を運行の用に供する者は、その運行によって他人の生命又は身体を害したときは、これによって生じた損害を賠償する責に任ずる」と定めています。
この自賠法第3条の要件は、いわゆる運行起因性と言われており、自賠法以外の人身傷害保険など各種保険契約においても、約款上、保険金を支払うための要件となっています。
そこでこの要件充足性が実務で争われることが少ないのです。
今回は、ジュリストの商事判例研究(1586号119頁)で紹介された駐車中の暖機運転に伴う一酸化炭素中毒事故の場合に、自動車の「運行に起因する」事故に該当するか判断した福岡高裁令和2年9月10日判決を紹介します(自保ジャーナル2083号135頁)。
事案の概要
Xは、午前10時頃、当時住んでいた自宅アパート近くの駐車場に、エンジンが作動した状態で停車していた車両の運転席で意識不明の状態で発見されました。発見時、車両のドアは施錠されていませんでした。また、Xが座っていた運転席の座席は後方に45度程度倒された状態でした。Xは、急性一酸化炭素中毒による遅発性脳症・遷延性意識障害等の身体障害者1級の後遺障害を後遺しました。
そこでX(成年後見人)は、保険会社Yに対し、自動車の「運行に起因する」事故により傷害を負ったとして、保険契約に基く人身傷害保険金の支払を求めて約6160万円の請求を行ったという事案です。
争点
本件の主な争点は、本件事故が保険契約における車両の「運行に起因する」ものかになります。
原審(令和2年1月22日長崎地裁佐世保支部判決、自保ジャーナル2083号143頁)は、本件事故がXの出勤時に生じたものとは認められないとし、保険契約における「運行に起因する」事故であることを否認して、Xの保険金請求を棄却しました。
そこで、Xが福岡高等裁判所に控訴したものです。
裁判所の判断
裁判所は、まず、「本件保険契約における「運行」の意義は、自動車損害賠償保障法3条、2条2項の定義に従い、「自動車を当該装置の用い方に従い用いること」をいうと解される。…これを前提に、本件事故が、運行に起因するものといえるか否かを検討する」としました。
そして、「本件事故は、早くともXが発見される前日の夜、Xが午後11時40分頃にコンビニエンスストアで買い物をした後、車で約4分の自宅に帰宅する際に生じたものと認められる」としました。
さらに、「①Xは、購入したエッグベネディクトと焼うどんを、午後11時40分頃以降に完食できるような体調であったこと、②少なくとも、本件駐車場に到着した時点では、日常的に使用していた本件駐車場に、本件車両を普段と同じように駐車する操作ができるような体調であったこと、③通常、走行中に座席を45度ないしそれ以上に倒しているとは考えられず、本件においてXにそのような必要性があったというべき事情も、Xが日常的にそのような形で運転をしていたことを窺わせる事情も見当たらないことから、Xは、本件駐車場に停車してから座席を倒したものと考えるのが自然であること、④Xが、走行中から一定量の一酸化炭素を吸入していた可能性はあるとはいえ、…意識を失うという症状に至るまでにはさらにそこから一定時間曝露される必要があるところ、その間、Xが車を降りて帰宅することなく車内に留まっていたことに照らせば、Xは、本件駐車場に駐車後、自宅に帰らず、そのまま車内で過ごそうとしていたものと考えるのが合理的である」としました。
その上で、「Xは、帰宅するため本件駐車場に向かい、同所に駐車後、暖房をかけたまま車内で睡眠をとって過ごすためにエンジンをかけていたものと認められるところ、これを本件駐車場までの運転の延長として評価することはできない。また、Xに、その後、別途目的地に向かう予定があったとは認められないから、次の運転のための準備行為と評価することもできない。そうすると、かかる使用方法は、自動車を当該装置の用い方に従い用いたものとはいえないから、そのような形で本件車両を使用中に生じた本件事故は、本件保険契約における運行に起因する事故であるとは認められない。よって、XのYに対する本件保険契約に基づく保険金支払請求は認められない」と判断しました。
ポイント
「運行に起因する」事故に該当するか否かの前提として、Xがエンジンを作動させた目的は暖機運転(出勤準備)をするためであったのか、単に暖房をかけたまま車内で睡眠をとって過ごすためであったのかが争われています。
本判決は、本件事故がXの出勤時に生じたとは認められず、保険契約における「運行に起因する」事故ではないとして、Xの保険金請求を棄却したものになります。
Xがどうして駐車場からすぐ近くの自宅まで戻らなかったのかなど、Xが植物人間状態であり説明できないためその行動の動機が不明であることも、実務における判断を難しくしたものと思われます(原告代理人も様々な可能性を指摘していたようですが、原審でも、「代理人の推測の域を超えない」として排斥しています)。
証拠から認定できる事実関係からすると、結論は、裁判例の傾向とも合致して妥当といえるでしょう。
なお保険会社は本件車両を用いた実験結果を複数回実施しており、一審判決でも詳細に認定理由に引用されており、実務上、参考になります。
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