民事裁判IT化の1歩・民事裁判でのWEB会議がスタート、チームズのウェブ会議の使用感とは
目次
民事裁判のIT化とは
民事裁判のIT化という言葉が良く聞かれるようになってきました。報道でも目にすることが増えています。
ただ「民事裁判のIT化」という言葉は広い概念であり、従来からもIT化の試み自体は行われてきました(ジュリスト1543号62頁「裁判手続きとIT化の重要論点」①民事裁判のIT化」など)。
1996年(平成8年)改正で争点整理に電話会議システムが導入されました。そして弁論準備手続きでは、一方当事者の出頭が前提とされましたが(民事訴訟法170条3項)、書面による準備手続による電話協議は、双方当事者が不出頭でも行うことができるようになりました(民事訴訟法176条3項)。
また2001年(平成13年)の司法制度改革審議会意見書では、「裁判所等への情報通信技術(IT)の導入」が提言され、平成15年民訴法改正では鑑定人質問にテレビ会議システムが、平成16年民訴法改正では督促手続きのオンライン化が図られましたが、その後は、司法におけるIT化は進展しませんでした。
このような停滞した状況を変えるきっかけの一つは、「外圧」だったともいわれています。
例えば世界銀行の「Doing Business」2017年版において、日本の司法手続きのIT面について厳しい国際的な評価が下されました。
それを受けて2017年(平成29年)6月に閣議決定された「未来投資戦略2017」が司法のIT化を推進するように提言したのでした(前記ジュリスト63頁など)。
その後十数年IT化は全く進展していない。・・・まさに「失われた15年」とも呼ぶことができ、日本の司法のIT化は、2000年代初頭までは(米国やシンガポール等と並んで)世界最先端の状況にあったようにみえるが、現在では(韓国や更にはドイツ等にも抜かれ)IT後進国に転落したものと評価できよう(ジュリスト1543号63頁)
日本が目指す全面IT化「3つのe」とスケジュール
以上の流れを受けて、2017年(平成29年)10月、「裁判手続等のIT化検討会」が内閣官房に設置されて、2018年3月には報告書を取りまとめました。
検討会報告書は、最終目標として民事裁判の全面IT化を掲げました。
具体的には、「e提出」(主張・証拠のオンライン提出など)、「e事件管理」(主張・証拠のオンラインアクセスなど)、「e法廷」(ウェブ会議の導入・拡大、第1回期日の見直し、争点整理段階におけるITツールの活用)という「3つのe」が目標になっています。
そしてスケジュールとしては3段階、フェーズ1、フェーズ2、フェーズ3と設定されています。
現在はフェーズ1段階です。現行法の下でウェブ会議等の運用を通じた「e法廷の実現」に着手したところになるわけです。
今後、フェーズ2は新しい法律の制定によるさらなる「e法廷」の実現を、フェース3は立法措置かつ予算措置を伴う制度設計によって「e提出」「e事件管理」の実現を-目指すことになります。
パネルディスカッション「民事裁判手続等のIT化」
2020年1月16日、福岡県弁護士会において開催された民事手続協議会は、「民事裁判手続等のIT化」として民事裁判のIT化をテーマに取り上げました。
裁判官のコーディネーターとともに、2名の裁判官及び2名の弁護士がパネリストとして登壇し、フェーズ1の概要・運用ルールを弁護士及び裁判官に説明した上で、パネルディスカッションを行うものでした。
私も弁護士会側のパネリストの1人として裁判官らと登壇して発言しました。
私はウェブ会議の有効利用が想定される場面として、「例えば交通事故訴訟であれば、診療録の文書送付嘱託をかけたがまだ到着していない。到着したが大部で証拠提出はしたが書面提出は次回という場合」、「裁判所から和解案を打診されているが、正式回答は次回期日。ただし裁判所から少し補足説明したいという場合」、「和解案について、一方当事者がもう少し時間が欲しいという場合」、「和解見通しだが、和解条項についてもう少し当事者・裁判所の確認が必要な場合」などを例に上げました。
そしてパネルディスカッション最後のコメントでは、フェーズ1に期待することとして、「ウェブ会議を利用することで柔軟な期日設定とともに弁護士業務の効率化を図れるのではないか」、「表情や雰囲気を見ながら話せるので、電話会議よりもコミュニケーションとしての質が上がるのではないか」ということを指摘しました。
2020年2月から福岡地方裁判所ほか8地裁にてウェブ会議を利用した争点整理手続きが開始しましたので、実際の使用感を見ていきましょう。
古賀克重法律事務所の民事裁判におけるweb会議の利用状況
古賀克重法律事務所では2020年2月から3月の2か月間で、民事裁判におけるウェブ会議(WEB会議)を利用した件数は、福岡地裁2件、高松地裁1件の3件となりました(福岡地裁全体では2月24件、3月68件)。
そのほかウェブ会議の利用を申し込んでいる裁判として、福岡地裁2件・高松地裁1件があり、さらに神戸地裁に継続中の裁判1件にも申し入れる予定ですので(神戸地裁は、横浜・さいたま・千葉・京都ととに令和2年5月以降開始)、これらがスタートすると合計7件程度になります。
いずれも交通事故訴訟になり、予測されていたように、交通事故訴訟とは親和性が高いように思われます。
弁論準備期日当日の裁判官の様子や相手方弁護士の雰囲気が分かり、コミュニケーション精度としては(当然ですが)電話会議を上回ることを改めて実感しています。
映像・音声ともに問題なく利用できています。私が感じたのは、裁判所がウェブ会議の運用時間(OFFICE365の利用可能時間)を平日午前8時30分から午後8時30分までに制限した影響です。午前8時30分から午前9時ころは、全国の書記官が一斉にアクセスするためか、チームズが開きにくい時もあります(2020年4月現在の8地裁から全国の地裁に広がった場合の影響は若干気にする必要がありそうです)。働き方改革で様々な労働スタイルが法曹界(特に弁護士業界)にも広がっていますし、運用時間はもう少し柔軟に設定しておいた方がシステム的にも安定するのではないかと思います。
一方、相手方弁護士がつまづいていた点としては、「マイクロソフトチームズの使い方が良く分からず映像までたどり着けず、弁論準備期日中にきゅうきょ、相手方弁護士だけ電話会議に切り替えた」(*複数当事者の事件で、1名が出頭、私がウェブ会議、そして1名がウェブ会議から電話会議に切り替え)、「複数の弁護士がいる法律事務所の勤務弁護士が『事務所全体としてどのようにアプローチするか決定しておらずまだ利用できない』という意見を述べ、ウェブ会議の利用が開始できない(*双方が同意してMicrosoft Teamsに登録することが利用の前提であるため)」というケースがありました。
個人的な利用経験がなく初めてチームズを利用する弁護士は、期日前に書記官に相談して通信テストを行ったり、他の弁護士等と通信テストをしていたほうが良いかもしれません。複数弁護士がいる事務所では運用ルールを早めに決めておく必要もあるでしょう。
なお弁護士側(特に事務職員)から危惧されていたマイクロソフトチームズのチャット機能は、基本的に利用しなくなりました(チャットによる連絡になると、他の様々な業務<電話・接客・書類作成・証拠作成・裁判所や弁護士会・公務所に外出>に並行的に追われている事務職員がチャットによる連絡に速やかに対応できず、また管理できなくなる恐れが指摘されていた)。つまり書記官から法律事務所への連絡は従前どおり、電話かファックスになります。
ですからフェーズ1は、結局のところ、弁論準備期日におけるウェブ会議利用(+ファイルの一部共有)に収斂していくと思われます。慣れてしまえば技術に難しいことは何もなく、使い勝手の良さが勝りますから、ウェブ会議利用を中心にしてまずまず滞りなく、緩やかに全国の裁判所に広がっていくことでしょう。
ちなみに交通事故の弁護士特約(LAC)でタイムチャージ(時間制報酬)で契約した場合、裁判所への出頭するための時間(事務所から裁判所までの移動時間)もタイムチャージの対象として計上できますが、ウェブ会議ですと当然その時間がなくなることになります。
このようにフェーズ1の着地点は何となく見えてきましたので、今後の焦点は、新法の成立を伴うフェーズ2、そして予算措置を伴うフェーズ3において、日本の司法がどこまで遠くに、かつ、どこまで安全に到達できるか・・ということになっていきそうです。
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