「医療現場に残された現代的課題」~40年前の医療に巣くう病根と比較して
目次
シンポジウム「医療現場に残された課題」
医療問題弁護団が、先日開催した40周年記念シンポジウムの資料を公表しました。
医療問題弁護団とは1977年9月3日、医療事故の被害救済と再発防止を目的として結成された弁護士の団体です。いわゆる医療被害者救済を目指して、弁護士のスキルアップを目指す団体の先駆けといえるでしょう。
1977年に結成した直後、医療問題弁護団は医療事故が起こる原因として、4つの問題点を指摘しました。
1点目は、「医師、医療従事者と患者の関係が対等平等ではないこと」、2点目は、「保険診療の制約が医療安全を阻害していること」、3点目は、「医師の養成・再教育が不十分であること」、そして4点目は、「医師、医療従事者の長時間・過密労働」です。
そしてこの4点について「医療に巣くう病根」と呼んで問題提起したのでした。
一瞬、現在の視点からまとめたのかと思うほど、現代にも当てはまる課題であり、40年前の指摘がいかに正鵠を得ていたかが分かります。
例えば医師、医療従事者の長時間・過密労働問題は40年前から改善が進んでいないことは周知の事実であり、それがひいては医療安全、そして患者の人権に深刻な影響を及ぼしています。
医療問題弁護団代表の安原幸彦弁護士は、今回のシンポジウムにおいて、40年前に指摘した「医療に巣くう病根」をあえて取り上げた理由について以下のように述べています。
この指摘は、医療事故被害と向き合った自分たちの実践から導いたものではありましたが、いかんせん、結成から間もない時期に取りまとめたものでもあり、その後の実践を通した検証が必要でした。
また、医療を取りまく環境や医療政策の変化、それに伴う患者や社会の意識変化などにも対応する必要がありました。現在弁護団員も250名に達しています。その団員が40年にわたって様々な活動を積み重ねる中で、医療事故の原因と防止策に
ついて、考え、学ぶところが多くありました。
そこで、私たちは結成40周年を迎えるにあたり、「医療に巣くう病根」として取りまとめた分析を出発点としつつ、それを現代的課題として整理する試みを行いました(巻頭言・安原幸彦)
詳細は200頁を越える「シンポジウム資料」を読んで頂くとして、ここでは私が関心を覚えた「医師・患者関係」について資料を要約しつつ、取り上げてみたいと思います。
40年前の医師と患者の関係とは
40年前から、医師と患者の関係のあり方は大きく取り上げられていた課題です。
この問題の背景は、そもそも師と患者との間の関係に対する認識のギャップに起因していたものと思われました。
つまり、医師と患者の人間関係における40年前の「病根」とは、医師の特権意識・パターナリズムに基づく「説明不足」にあったと考えられるのです。
一面それは、医師の患者に対する責任感(医師がすべての責任を負って決める)の現れでもあったといえますが、結果的に医療事故・医療紛争の原因にもなっていたというわけです。
その後、これまでの40年の間にインフォームド・コンセントの概念が広く普及し、説明義務違反についての判例も蓄積されています。
これは、医師と患者の人間関係における「病根」が除去された結果と評価することができるのでしょうか。それとも、「病根」は40年前のまま、あるいは、新しい形として今なお存在しているのでしょうか(資料24頁)。
そこが問われることになります。
医師と患者の関係の新しい課題
医療問題弁護団では説明義務・自己決定権の展開について理論的に検討し、そして裁判例の分析を通じて詳細に整理していきます。さらに最近相談の多い、美容医療・先進医療における説明義務についても検討を加えていきます。
その上で、医師に対して実施したインフォームドコンセントに関するアンケート結果を取り上げて、以下の点に注目します。
「インフォームドコンセントが医療現場に与えると考える影響について」という選択肢において、「医療の質の向上」が6名、「医師と患者の信頼関係の醸成」が15名とあるだけでなく、「医療側と患者側の紛争防止」とする医師が11名もいたことです。
つまり、インフォームドコンセントについて、「紛争防止」という回答数が「医療の質の向上」の回答数の2倍になっていたのです。
このアンケートは、医療問題弁護団が患者側に理解の深いと思われる医師らを対象に実施したもの。ですから無作為に母数が広がればこの傾向はより顕著になると予測されます。
これは、医療現場では、「医師と患者による共同の意思決定と医療の質の向上」というインフォームドコンセントの本質がまだ十分理解されておらず、むしろ医師にとっては、紛争の事前防止・責任回避のためという視点が強いことを示唆しているといえるでしょう。
その結果、医師がインフォームドコンセントについて免責のための説明との認識しかもたない場合、ややもすると説明が形式化し、それにより、実質的な説明が不十分な事案がいまだに存在している可能性もあるわけです。
以上をふまえて、医療問題弁護団は、「医師の患者に対する特権関係・パターナリズム」という40年前の病根は、「ICの本質に対する無理解」「免責を志向することによる説明の形式化」という形で今なお課題が残っていると考えざるを得ない」と結論づけています。
医療従事者は、患者に最も近いパートナーとして、患者の自己決定権の保護者でなければならない。そのためには、医師が患者を守るために医療政策について発言し、患者の権利を守るための医療を実現するために努めていかなければならないであろう。
これらの状況を改善し、真のあるべきICを実現するためには、法規制や法的義務という外部からの強制力で説明を実現するのではなく、医師全体において、医療は患者・社会のためにあるということ、そのために治療については患者と情報のみならず決断まで共有する必要があることを自律的に認識することが重要であり、それによって、最低限の説明義務を超えたあるべきICと医療事故防止が実現できるのではないか(資料38頁)。
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