戦後薬害集団訴訟の出発点「サリドマイド訴訟」~薬害根絶フォーラムシリーズ3
目次
サリドマイド事件とは
サリドマイド剤は、西ドイツの製薬会社で開発され、世界40ケ国以上で販売されました。日本においても1958年1月から販売された鎮静、睡眠剤です。
日本では主に大日本製薬が「クセがなく、小児・妊産婦など誰にでも勧められる安全な睡眠薬」と宣伝して販売したため、多数の妊婦も服用しました。
妊娠初期に服用した母親から生まれた子に、手・足・耳・内臓などに先天性奇形などの重大な副作用を発生させました。
このサリドマイド催奇形性によって、世界で1万人、日本で1000人の胎児が被害にあったと推定され、日本でも309名の被害者が認定されています。
1961年、西ドイツのレンツ博士が副作用の危険性を警告しましたが、レンツ警告を受けた対応はヨーロッパと日本で大きく分かれました。
つまり、西ドイツでは警告からわずか12日後にサリドマイド剤の回収が開始されました。ところが日本では、製薬会社および厚生省は、レンツ警告翌月には情報を入手したにもかかわらず、具体的な対策を取らず、半年後の1962年5月になってようやく国が出荷停止を製薬会社に勧告し、さらに、同年9月になって製薬会社が回収を開始するなど対応が遅れたため、被害を拡大させたのです。
日本におけるサリドマイド被害者数は1960年25人、1961年58人、1962年162人、1963年47人と推移しましたから、レンツ警告時に回収を徹底していれば、少なくとも1962年9月以降の被害は避けられたものだったのです。
サリドマイド訴訟の経緯
サリドマイド訴訟は、サリドマイド剤の被害者らが、1963年6月、大日本製薬を被告として、名古屋地裁に訴訟を提起してスタート。1964年12月、大日本製薬にくわえ国も被告として京都地裁に、1965年11月、東京地裁に訴訟を提起しました。その後も、名古屋、岐阜、大阪、岡山、広島、福岡(小倉支部)など8地裁で、大日本製薬および国を被告として、損害賠償を求めた事案です。
原告らは、サリドマイド剤発売時の安全性確認義務違反、発売後の宣伝・広告が事実の裏付けを欠く誇大なものであることを理由とする表示責任(国は、会社の宣伝・広告を放置した責任)、1961年11月のレンツ警告後の回収遅滞の責任を主張しました。
被告国と製薬企業は過失・因果関係など法的責任を強く争いました。
しかし東京地裁をモデルコートとして審理が進められた結果、全国サリドマイド訴訟統一原告団(全国8地裁62家族)は、1974年10月13日、厚生省及び大日本製薬株式会社と確認書を調印。
同月26日、東京地裁において初の和解が成立しました。その後、残りの各地裁においても順次和解が成立しました(古賀克重著「集団訴訟実務マニュアル」240頁)。
サリドマイド訴訟との関わり
私が弁護士になったのはサリドマイド和解成立から20年後の1995年ですから、サリドマイド訴訟自体には直接係わっていません。
サリドマイド被害はメディア等で知っていましたが、実際の被害者にお会いしたのは薬害肝炎訴訟を通じてでした。
2002年、薬害肝炎九州弁護団の事務局長に就任して訴訟の支援を求める中で、大分の徳田靖之弁護士(司法修習21期。薬害エイズ九州弁護団代表・ハンセン病違憲国賠訴訟弁護団代表)の長年の活動で築かれたたネットワークから、多数の支援者が福岡地裁の傍聴に来てくれるようになりました。
その中にサリドマイド被害者のSさんがおられたのです。
Sさんは大分の支援者とマイクロバスで毎回傍聴に駆けつけてくれ、「古賀先生、来たよ!」といつも笑顔で声をかけて下さいました。Sさんは支援者MLでも積極的に情報提供してくれ、薬害肝炎原告団を励ましてくれたことを思い出します。
またサリドマイド被害者は現在の薬被連の活動でも中核を担っています。例えば増山ゆかりさんには薬害肝炎九州原告団弁護団が主催したシンポジウム「あなたは薬を信じますか」にも登壇して頂いて、貴重なコメントを頂きました。
サリドマイド訴訟の意義
それではこのようなサリドマイド訴訟の意義はどのような点にあるでしょうか。
まずサリドマイド訴訟では、和解による損害賠償の一貫として製薬企業が基金5億円を拠出して、サリドマイド被害者の福祉センター「いしずえ」が設立されたことが指摘できます。
サリドマイド被害者・家族は、日常生活はもちろん、学校教育・医療・職業・将来の生活等、長期にわたって対応が必要になりました。裁判の賠償だけでは充たされない全人格的な被害だったからです。そして全人格的な被害については被害者・家族だけで対応するには限界があるため、支援するための財団法人が立ち上げられることになったものであり極めて大きな意義がありました。
このような考え方はその後の集団訴訟においても参考とされ、例えば薬害エイズ訴訟や薬害ヤコブ訴訟などにおいても様々な取り組みを生み出していくことになりました。
また薬害訴訟において、国を初めて被告にした点も指摘できます。
最初に起こされた名古屋訴訟では製薬企業のみが被告でしたが、その後は、法的責任の明確化や再発防止のためには国の責任を問うことが不可避という判断から、国も被告にしていきました。その後の薬害訴訟では当然、国も被告にしており、その後の流れを作ったといえるでしょう。
さらに、集団訴訟の弁護団的運営的な視点からすると、戦後20年弱という時期にスタートした集団訴訟であるにもかかわらず、全国サリドマイド訴訟統一原告団(全国8地裁62家族)を構成して国・製薬企業と折衝するなど、現代の集団訴訟的な取り組みも既に行われていたことには驚きを禁じ得ません。
全国に散在する被害家族がまず原告レベルで交流しあう中で緩やかな結合である「全国サリドマイド訴訟統一原告団」を結成したのでした。
それに合わせるように主力となった東京弁護団に、京都弁護団が協力しあう中で、他の地裁の弁護団とも連絡を取って「連絡会議」をもって協調体制をとっていったのでした「サリドマイド裁判(第1編総括)11頁)。
特に特徴的な審理は、東京地裁では因果関係総論と法的責任に関する立証が行われる一方、各地地裁では個別因果関係と損害論立証が行われたということです。このように「本件では東京地裁をモデルコートとして事実上、統一的集団訴訟が行われた」(同11頁)のでした。
「裁判(官)の独立」の問題があるため、スモン訴訟等ではかえって最高裁が訴訟全体をコントロールしようとしたことに批判が出て、その後の集団訴訟では一般化しませんでした。
それでも多数の被害者(原告)が共通原因について共通被害を訴える訴訟において、効率的に審理していこうという訴訟当事者の一つの先進的な取り組みとしては意義があったと思います。
「薬事法の大改正」は薬害スモン訴訟の解決を、「年1回の大臣協議など継続的な協議」という取り組みは薬害エイズ訴訟の登場を待たなければいけませんでしたが、まさに戦後薬害集団訴訟の「萌芽」として評価されるべき弁護団活動だったといえます。
裁判史「サリドマイド訴訟」において「将来の課題」として記された下記の分析は、まさに後の薬害スモン訴訟後の薬事法大改正に結びついたといえます。
「法律家も事後的救済だけでなく将来の薬害防止に関わっていくべき」という提言からは、半世紀後の今にも通じる弁護団活動の質の高さが伺われるといえるでしょう。
福祉に関連する施策の意義と積極面が右のとおりであったにせよ、これをもって直ちに被害者の多面的要求をすべて満たしたことにはならない。
特に、薬害被害者の悲願ともいうべき「薬害の再発防止体制の確立」は、現行法制の十分なる活用と運用の改善をもってしてもいまだ十分とはいえない。
サリドマイド事件発生を契機に、諸外国、アメリカ合衆国においては(厚生教育省のケルシー女史の活躍により未然にサリドマイド禍を防止したにもかかわらず)、直ちに医薬品の製造承認手続について議会で詳細な審議を行い、薬事法改正を実現している(一九六二年キーフォーバー・ハリス法)。医薬品の安全性と有効性の第一次的な挙証責任は製薬企業が負うべきであろうが、薬務行政を担う政府は、国民の健康保持の観点から、国独自の審査体制をとり、自らの責任において確認調査義務を負うべきである。
また承認後、国独自の追試をおこない、疑わしい場合は、直ちに販売を中止し、市場からの回収をはかった上、再審査をおこなうよう法制上改善すべきである。これらの諸点は、単に薬事法の抜本的改正にとどまらず、営利中心主義と外国の模倣に終始しているわが国の製薬産業の根本的な体質改善を伴なわなければならないであろう。
われわれ法律家も、発生した薬害の事後的救済ばかりでなく、将来あるべき立法構想を真剣に考慮しなければならない(サリドマイド裁判第1編16頁、ジュリスト・五七七号)
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関連文献
・「サリドマイド裁判第1編」(全国サリドマイド訴訟統一原告団・サイリドマイド訴訟弁護団編・株式会社総合図書)
・「集団訴訟実務マニュアル」(古賀克重・日本評論社)
・「知っておきたい薬害の教訓~再発防止を願う被害者からの声」(医薬品医療機器レギュラトリーサイエンス財団)
・「温故知新~薬害から学ぶ~サリドマイド」(医薬品医療機器レギュラトリーサイエンス財団)