森友学園・加計学園問題から考える公文書管理法の改正
目次
公文書管理法制定の背景
陸上自衛隊の南スーダンPKO活動の日報、森本学園の土地取引に関する交渉記録、安倍総理夫人付職員のFAX、そして国家戦力特区における獣医学部新設に関する内部文書・・・
今国会ほど国の取り扱う文書の在り方が問われたことはなかったかもしれません。
公文書等の管理に関する法律(公文書管理法)は2009年6月成立、11年4月に施行されました。
政府が保存・公開すべき公文書については、以下のように定義しています。
「行政機関の職員が職務上作成し、または取得した文書であって、当該行政機関の職員が組織的に用いるものとして、当該行政機関が保有しているもの」(第2条4項本文)
この公文書管理法は、政権交代前の自民党政権時代、2009年の第171回国会で審議されました。
5月27日の内閣委員会から審議がスタート。公文書管理の在り方等に関する有識者会議の最終報告をベースに議論がなされています。
5月29日の内閣委員会において、三宅弘参考人は、この10年間において政府において情報隠しと言われかねない自体が生じたとして「社会保険庁における年金記録の不適切な管理やC型肝炎の関係資料の倉庫への放置などが代表例です」と指摘しました(5月29日内閣委員会・議事録)。
「2007年には、消えた年金記録問題、会場自衛隊補給艦「とわだ」の船舶日誌の保存期間満了前の廃棄、C型肝炎関連資料の放置等、文書管理の不適切さを示す事件が社会の耳目を集めていた」(ジュリスト1393号・座談会「文書管理法をめぐって」5頁)ことが公文書管理法制定の背景にありました。
薬害肝炎の418リストとは
このように公文書管理法制定の一つの背景となった薬害C型肝炎関連資料の放置とは、いわゆる「418リスト」のことです。
各医療機関から製薬企業に報告された薬害C型肝炎の原因となった血液製剤フィブリノゲンによる急性肝炎発症症例418例の一覧表をいいます。
418リストそのものには被害者の氏名は記載されていません。
しかし製薬企業は、投与医療機関からの報告によって、被害者の氏名・住所などの情報を把握していました。従って国も製薬企業に対する指導等を行いさえすれば、被害者に対して、フィブリノゲン製剤投与の事実、C型肝炎の感染告知も容易に行えました。
ところが国・製薬企業ともに、418リストを活用することなく被害者に対して連絡・告知することはありませんでした。
国は公文書として適正に管理せず、ただ放置していたのでした。
この問題が発覚したのは偶然でした。
大阪原告の一人が提訴後に418リストの一人だったことが判明したのでした(詳細は、薬害肝炎全国弁護団編「薬害肝炎裁判史」日本評論社・293頁以下)。
この原告は告知さえ受けていれば早期に治療できたはずですが、投与の事実も感染の事実も知らないままに長年が経過して、提訴した時点ではC型肝炎はかなり進行してしまっていたのです。
薬害肝炎全国原告団は、418人の「命のリスト」を放置したとして訴えて、福田総理の全面解決の決断の大きな引き金になったのです。
公文書の意義とは
このような「公文書」をどう定義づけるかは、その意義から考える必要があります。
当時の小渕国務大臣は、公文書の意義について、「過去、歴史から教訓を学ぶとともに、未来に生きる国民に対する説明責任を果たすために必要不可欠な国民の貴重な共有財産であると認識をしております」(2009年5月27日内閣委員会議事録)と述べました。
最終報告も「経緯も含めた意思形成過程や事務・事業の実績を合理的に跡づけることができるように文書を作成すべきである」と方向性を示していました。
5月29日の内閣委員会には複数の参考人が招かれています。
公文書管理の在り方等に関する有識者会議の座長だった尾崎護参考人は、「公文書に対する公務員の心構えが問題だ、日本公務員文化を変えるのが公文書管理法ではないかと考えている」と発言しています。
その上で、「意思形成過程については本当に強い意見であった。圧倒的に皆さんがそういう意見だったからかなりはっきりと(報告書に)書いている。非常に強い意見であったということを承知の上で法律を作って欲しい」とも明言していました。
このように「公務員の匿名性、組織的決定を理由とする個々の公務員の無責任体制はもはや許されず・・公務員の責任の所在を明確にするため、意思形成過程についても文書を作成し、誰がどのようにその意思決定に関与したかを記録しておくことが必要になる」のです(宇賀克也「逐条解説 公文書等の管理に関する法律(第3版)」第一法規・35頁)。
アメリカの公文書管理体制との比較
また2009年の国会審議の中で一つ面白かったのは、アメリカとの比較についてでした。
アメリカの公文書館の館長は「公文書館は、社会がどれだけ民主的であるかをはかるバロメーターになるんだ。アメリカが百年後も民主的な社会でいられるかどうかのかぎを握っている。公文書館の衰退は民主主義の衰退を意味する」と述べているそうです。
そして日本の公文書館の職員は42名、本棚の延長は48キロにすぎないのに対して、アメリカは職員2500名、書庫の延長は930キロに達することも指摘されています。
国民の財産と意識して、公文書の保存管理の問題に向き合う姿勢が、日本では(予算含めて)足りないようにも思われます。
公文書管理法改正の必要性と方向性
この点、4野党が2017年6月9日、文書管理法改正案を提出しましたが、残念ながら実質的な国会論戦が行われることはありませんでした。
4野党の改正案は、行政文書について「組織的に用いるもの」という要件を削除することを提案しています。その結果、行政機関の職員が書いた個人メモ、例えば職務上作成した想定問答なども行政文書として取り扱われることになります。電子データの保存期間についても下限を1年以上として、内閣府のチェックがなければ廃棄できないように提案しています。
また日本維新の党も公文書管理法の改正案を提出しており、組織的に用いるものではない文書についても「行政文書」として位置づけることを提案しています。
以上のように各野党の提案する改正の方向性として、「行政文書の拡大」という点では一致しているようです。
実は、2007年の衆議院内閣委員会における修正協議において、組織共用の要件は不要として、職務上作成または取得した文書はすべて対象とすべきではないかという意見が主張され、修正協議でも一つの論点になっていました。
しかし「行政文書」の定義の再検討を行うことは短期間では困難だということから、修正が見送られてしまったという経緯があるのです(宇賀克也「逐条解説 公文書等の管理に関する法律(第3版)」第一法規・48頁)。
このように2007年の法制定時の修正協議においても組織共用の要件については問題視され、時間が足りないという理由で見送られたわけですから、改正に向け国会で時間をかけて議論していく必要性があることは論を待たないように思います。
行政文書が民主主義の根幹であり、国民の共有資産であるという基本に立ち返るならば、「行政文書」の定義を広げることはもとより、管理について行政職員の裁量の幅を狭めること、そして職員以外の第三者による監視を導入するなど、より多角的・多面的に検討すべきでしょう。
2007年の年金問題・C型肝炎問題を背景に成立した法律の下、ちょうど10年後の今年に問題が発覚したわけですが、今の法律・現在の運用のままでは、同じような問題がフラッシュバックのように5年後、そして10年後と繰り返し発生するだけだと思います。