重症熱傷患者の転院義務違反を認めた宮崎地裁判決、一部勝訴のポイントと遺族の思い
目次
宮崎地裁の一部勝訴判決
宮崎地裁が平成29年1月25日、重症熱傷患者の転院義務違反を認めて、被告の宮崎県(宮崎県立宮崎病院)に対して220万円の損害賠償の支払を命じる判決を下しました(一審で確定)。
原告代理人弁護士として担当した事件ですのでポイントについて触れてみたいと思います。
争点と医学的知見
事案は30台の男性が自宅風呂浴槽に浸かってるうちに意識消失してしまい、家族が発見して宮崎県立宮崎病院に救急車で搬送されたというものです。宮崎県病院は3月22日の初診時にⅡ度の熱傷90%と診察して、10日間患者の経過観察をした後、3月31日に宮崎大学病院に転送。宮崎大学では熱傷面積76%と診断され、その後、外科的壊死組織切除術(デブリドマン)などの手術を行いましたが4月20日に死亡したというケースでした。
宮崎県立宮崎病院が無責として示談を拒否したため提訴。訴訟では主に、転院義務違反があったか、仮に早期に転院したとして救命できた高度の蓋然性(因果関係)があったかが争われました。
この点、熱傷治療においては、重症熱傷による損傷部の範囲が拡大していくことを避けるために、急性期の全身管理が重要とされています。そして、Ⅱ度・Ⅲ度の重症熱傷に対しては外科的壊死組織切除術と植皮術が適応となります(いわゆるデブリドマン)。
このように重症熱傷例は、壊死組織の速やかな除去が予後を左右するため、医療機関は、患者の全身状態を観察し、デブリドマンを実施するタイミングを逸しないことが求められているのです。
そして重症熱傷の治療を行う施設は専門分化しているので、重症度を的確に判断し、より高次の適切な医療機関に患者を搬送することが、救命につながるため速やかに転院について判断しなければなりません。
以上の知見は各種ガイドラインのみならず、かなり古くから医学生の教科書レベルに出てくる基本的な医学的知見として位置づけられています。
一方、重症熱傷患者の予後については、各種統計があります。BI(burn index。Ⅲ度熱傷面積+1/2Ⅱ度熱傷面積)やBIに年齢を加味したPBI(prognostic burn index。年齢+BI)などです。
このPBIは簡便に計算でき、熱傷の重症度を臨床的にかなり正確に反映する数値と言われています。そして、PBI70以下が救命の可能性が高く、100以下では生命予後が不良とされているところ、患者のPBIは69でした。
熱傷の範囲、年齢などにより救命可能性がある程度予測できますが、具体的な当該患者の状態に照らして救命の高度の蓋然性まで認容できるかが問題となるわけです。
専門医へのアプローチと主治医反対尋問
原告側としては第三者の専門医にアプローチして意見書の作成を行いました。
初めてお会いする専門医でしたが、関東地方の医療機関における豊富な勤務経験があり、重症熱傷患者に対する治療経験、デブリドマン経験も豊富な医師でした。
診療録等をもとに意見をお聞きしたところ、「救急搬送された後、いやにのんびりしてますね・・」「自分ならより早くデブリドマンに踏み切ります」という率直なコメントがありました。そして数回面談した後、熱傷治療に関する客観的な医学的知見について意見書を作成して頂けることになりました。
また主治医の反対尋問前には、主治医の陳述書にも目を通して頂いて、医学的に不確かな点、医学的知見をふまえず言い過ぎである部分などについて指摘して頂きました。
反対尋問、特に医師に対するそれはなかなか難しいものです。本件ではそもそも患者に対してデブリドマンを実施できたか否かという重要なポイントについて医療機関の主張が変遷したこと、主治医の陳述書でも医学的知見に不正確な点が見受けられたことからかなりつき崩すことが出来ました。そして転院のタイミングについては以下の通りの証言を引き出すことが出来ました。
古賀:3月22日(転院)の時点でデブリドマンはできない、これは転院も考えないといかんとはお考えになりましたか?
主治医: (うなずく)
古賀:3月22日の初診の段階から、これは転院がポイントになるなとは思っておられましたか。
主治医:はい
古賀:デブリドマンはなるべく早くやったほうがいいと言われています。証人の判断からしても、29日・30日の時点でデブリドマンができるよう準備しておくことが必要だったのではないですか。
主治医:準備することは必要だと思います。
古賀:自分の医療機関でデブリドマンはできないと22日の時点で判断できたのであれば、早めに大学病院に連絡して打ち合わせておくことは可能だったのではないですか。
主治医:可能だったかもしれません。
古賀:3月22日の時点でデブリドマンできないということであれば、大学病院に早めに相談して診療情報提供書を渡しておくことも可能でしたね。
主治医:可能ではあります。
古賀:そうすると28日29日30日という状態が一番良かったタイミングで、大学病院でデブリドマンできた可能性もありましたね
主治医:今になっていうと不可能ではなかったと思います。
因果関係のハードル
本件で一部勝訴を勝ち取れたのは専門医の協力と反対尋問で主治医から証言を引き出したことが大きなポイントになりました。
それでも救命できた高度の蓋然性という因果関係の立証は難しいものがあります。前述のように統計数字的にはそれなりの可能性が指摘されていますが、当該患者の具体的状況に照らしてどうかという立証はハードルが高いものです(実際、協力医も意見書において、早期手術に踏み切れば救命できたとまでは言及されていません)。
その結果、一審判決は転院(転送)義務違反を認めた上、救命できた高度の蓋然性は認めずに、いわゆる相当程度の可能性を認定したものです。
判決を受け入れるまでの遺族の葛藤
宮崎地裁判決が出た後、控訴するかについて、控訴審での鑑定申請も含め打ち合わせました。ご家族も最後の最後まで悩まれていましたが、最終的に一審判決を受け入れることにしたものです(宮崎県立宮崎病院からも控訴なく確定しました)。
熱傷の医療過誤判例は敗訴判決も少なくなく、色々と難しい点もあるケースでしたが、ご遺族の「どうしても納得できない」「何かおかしい」という強い想いに引っ張られて解決に到達できました(本来転院を検討着手すべき時期に、看護師が笑って「もうすぐアイスクリームを食べられますから安心して下さい」と話すなど悠長な対応が際立っていました)。
控訴するか最後まで悩まれたご遺族も、1審判決を受け入れる決断をした際には、「古賀弁護士に会えてお願いできて良かったです」と言って下さりました。
医療事故・医療過誤では、患者・家族は、「法律相談」、「医療調査」、「損害賠償」、そして「訴訟」・・そのいずれかのタイミングで何らかの決断を迫られます。生命・健康に支障が出た場合の決断は、それが示談による解決であれ、判決による解決であれ、想像を超えた非常に苦しいものです。しかしその決断を通じてこそ区切りを付けていくこと(医療事故・医療過誤を乗り越えていくこと)が可能になるともいえるのです。
患者さんのご冥福を改めてお祈りするとともに、専門医が指摘したように、宮崎県の救急医療がこの判決を一つのきっかけに進展することも期待したいと思います。