肺がん1年放置で患者が死亡、主治医が画像診断報告書を見落とし
目次
ラジオ番組での解説
私がラジオ番組(ラブスタ法律相談所)で法律問題を解説するようになって3年になりました。
時事問題のほか、医療事故・交通事故なども取り上げるようにしています。
リスナーの耳に残りやすいように、問題の大きな掴みを分かりやすく説明するようにしています。
反面、時間の関係でどうしても言い足りないことも出てきますので、ブログで少し膨らませて解説していきたいと思います。
肺がん疑いを1年放置
1回目の番組で取り上げたのは医療事故。
先日大きく報道されていましたが、東京慈恵会医科大学病院が、肺がんの疑いがある検査結果を患者に伝えないまま1年以上放置したため、患者のがんが進行してしまったというケースです。
70代の男性患者が体調を崩して救急外来を受診した際に、CT検査で肺に影が見つかりました。
検査した医師が「がんの疑いがあり、早期検査必要」と報告書に記載していたにもかかわらず、主治医が見落として、がんの治療を開始しませんでした。
そのため1年後には肺がんが進行してしまい、患者は抗がん剤治療できない状態になって死亡したというケースです。
毎日新聞の記事によると、患者は14年前に妻も医療事故に合っており、それをきっかけに、医療安全を求めて活動し「自分の問題を契機に、全国で対策が徹底されてほしい」と願っていたといいます。ご冥福をお祈りしたいと思います。
C型肝炎が治癒したにもかかわらず・・
この患者さんはC型肝炎に罹患していましたが、肝炎治療は奏功していたといいます。
恐らくインターフェロン治療ないしインターフェロンフリー治療によって、C型肝炎ウイルスは排除(SVR化)されていたのでしょう。SVR後の癌発生もあるため経過観察は必要ですが、基本的に治癒したものと考えられます。
ですからもっと長く余命を全うできたはずで肺がんと知った時の患者さんの落胆、そして家族の無念さは想像を絶するものだったでしょう。
問題の背景
それではこのような単純、そして重篤なミスはどうして生じるのでしょうか?
実は、同種医療事故は少なくなく、日本医療機能評価機構の統計によると、2004年から2016年までに少なくとも40件も報告されています。
診断画像診断報告書では、主治医が予測していなかった領域の異常を指摘されることがあります。ですから画像診断報告書の内容の確認は極めて重要です。
ところが主治医が画像診断報告書を見なかったことによって、癌や癌を疑う所見を見落としてしまった結果、同種医療事故が多発しているのです。
画像診断報告書を見なかった事例の主な背景・要因として、日本医療機能評価機構は以下の6点を指摘しています。
1) 報告書は後日報告されるため検査日の外来では確認できない、
2) 緊急でCTを依頼したため検査当日には報告書を確認できなかった、
3) 報告書を当日または翌日に確認することとしていたが怠った、
4) 目的とした病 変の確認のみ行い、他部位の確認をしなかった、
5) 以前の検査で異常がなかった、
6) 主治医に 画像診断書を確認する意識が欠けていた、
いずれにしろチーム医療としての意識の欠如、主治医の治療に対する姿勢など複合的な要因があると思います。
高度に専門化そして分類された医療だからこそコミュニケーションや制度設計が必要ですが、それが欠けていたといえそうです。
医療機関の法的責任
このような場合、医療機関は、民法上の不法行為責任(民法709条)や債務不履行責任(民法415条)を負うことになります。
具体的には検査結果に基づき適時適切に診断し、速やかに適切な治療を開始すべき注意義務に違反することになって、病院は損害賠償責任を負担することになるわけです。
ただし、検査時点で治療を開始していれば、肺がんの進行がどれ位遅くなったのか、救命可能性はあったのか等、いわゆる因果関係が争われることもあります。
弁護士古賀が担当した同種医療事故
弁護士古賀克重が担当した類似ケースはいくつかあります。
そのうちの一つは、 胃内視鏡、その後の生検によって癌所見が出ているにもかかわらず、見落としによって患者に告知しなかったため、患者が胃癌の治療機会を喪失して胃癌が進行してしまったというケースでした。
この事案は私が遺族側の代理人として医療機関と示談交渉したところ、医療機関が責任を認めて、3000万円の示談に応じました。
このケースの患者さんは、黒色便が出たため、医療機関の診察を受け、胃内視鏡検査を受けることになりました。その結果、体上部後壁にH1stageの潰瘍が発見されたため、医療機関は生検も実施しました。
そして病理組織検査・報告書によると、「poorly differentiated adenocarcinoma(por2)」と記され、明確に腺癌の所見がありました。
ところが、医療機関は、その結果を患者に何ら報告せず、その後、癌治療を開始することもありませんでした。その結果、2年後に体の不調を訴えて患者が受診した際には、患者の胃癌は、未分化細胞癌(stageⅣ)にまで進展していたというものでした。
本件については、生検結果の見落としによる治療遅延という明白な注意義務違反があると主張し、医療機関も争いませんでした。
そこで、医療機関に対する損害賠償請求にあたっては、「明白な注意義務違反行為」と「stage進展という損害」との間に高度の蓋然性が認められる事案であるから、患者に生じた全損害を賠償する責任があると手厚く主張したところ、ほぼその主張が受け入れられ、3000万円で示談したものになります(詳細は省きますが、損害論の立証は工夫し、医療機関とかなり粘り強く交渉しました)。
再発防止のため必要な姿勢
検査結果の見落としはある意味、単純な医療事故類型ですが、患者・家族にとってはその無念さは逆に甚大です。
病と向き合う患者にとっては闘病する機会を失うことほど無念なことはないのです。そして自分の病と一緒に闘ってもらうパートナーというべき主治医の軽率な見落としで命を落とすことほど悔しいことはありません。
医療機関にとっては数多い患者の1人であっても、当該患者にとってはただ一度の「生」の長さがかかわる問題。決して珍しい事案でないことを肝に銘じて医療機関は再発防止に努めて欲しいものです。
最近、医療機関と医療過誤事件で示談交渉するときに、「守秘条項」を求められることが増えてきました。つまり、医療ミス(注意義務違反)を認めて示談するが、第三者に公表しないという示談条項を入れて欲しいという申し入れです。
私は基本的に守秘条項には一切応じていません。むしろ示談する際には、今後どのように再発防止に努めるのか、医療機関内でどのように医療事故の事実・示談の事実を共有するのか尋ねることさえあります。
医療機関、特に病院長、当事者である主治医や担当医師、担当看護師にとっては、ミスを公表されることや報道されることはかなり苦しいことでしょう。ですが人間が行う医療でありミスは避けられないものであるからこそ、その貴重な経験について、少なくとも当該医療機関内では共有して再発防止に真剣に向き合うことが必要だと思うのです。
外部の人間から見ると、再発防止の貴重な経験ととらえずに「なかったことにしたい」「自分の経歴から消したい」という保身を考える医療従事者がまだまだ多いように感じます。そしてそのような姿勢が単純な医療事故をまた引き起こしてしまう土壌の一つだと思えてなりません。